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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
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5話 イノチノウタ

 ――

「みんな、ありがとー!」

 私立華茶花学園校庭の特設ライブステージに立つひとりの少女。惜しみなく贈られる拍手は彼女の歌と、そして彼女自身に。

「あたし、今日本当に今まで歌ってて良かったって思った!そしてみんながあたしの歌を必要だって言ってくれるならいつだって歌うよ。

『能力者』もそれ以外の人もみんな虜にしてあげるんだから!」

 わあっと歓声が上がる。

「はい、じゃあアンコールいっちゃうよ!遅れずについてきなさいよね!」

 その掛け声に反応するように再び曲が流れ出し、少女は音と歓声の波に呑まれていった。


 その頃、少し離れた場所で青年がひとり、歌声に耳を傾けていた。

「……音楽なんて耳障りだと思っていた。人間なんて嫌いだし、アイドルなんてくだらないと思っていた……けど、音羽だけは……あいつだけは例外になった、のかもな」

 彼はそう呟いて、木にもたれて瞳を閉じた。


 ――

 時はひと月ほど遡る。

「……五月蠅い」

 夏休みまっただ中ではあるが、彼――京極 鴇は華茶花学園の一室で黙々と作業をしていた。その部屋には『知能機械製作部』のプレートがかかっている。部室のようだが、他に人影はない。

 それもそのはずで、この部の部員は実質、彼ひとりだけだ。かつては部員もいたのだが、鴇と折り合いがつかずに次々と辞めていった。もっとも、元々機械以外に興味を持たず、極度の人間嫌いである彼はそのことを気にすることもなかったのだが。

 夏休み中に開かれるいわゆる「ロボットコンテスト」に向けて、今はロボットの製作を行っている。とはいっても機体自体は既に完成しており、今、鴇が行っているのはプログラミングの方だ。そして彼はあることに酷くいらだっていた。


 校庭から聞こえてくる、音楽。部室はエアコン完備で、窓も閉めてはいる。しかしそれでも聞こえてくるのだ。

(音量が大きいというよりは……能力によるものなんだろうが……)

 鴇はプログラミングを続けようとしたが、集中力は戻りそうにない。

「……文句でも言ってやろうか」

 その時ちょうど正午を知らせるチャイムが鳴った――



「単刀直入に言おう。お前の歌が五月蠅い。作業に集中できない」

「はあ?い、いきなり何なのよあんた!?」

 夏休みの人もまばらなカフェテリアで、鴇は迷うことなく相手にそう告げた。

「深海 音羽。お前は『歌』の能力者なんだろう。だから耳栓をしていても効果がない。つまりお前に歌うのを止めてもらうしかない」

「……誰が止めるもんですか。今月末に校内ライブがあるのよ。今から準備しなきゃいいライブになんないの!」

 音羽はそう言うと食べていた冷やし中華を急いでかきこんで立ち上がる。そして最後に鴇をくるりと振り返り、強い口調で言った。

「あたしは……もう『歌えない』のは嫌なの!誰かの都合で歌えないなんて絶対嫌よ!じゃあね!」

「…………」

 ひとり残された鴇は食べかけていたあんぱんをふたたびかじり始める。

(去り際にあいつが言ったのは……どういう意味だ?)

 他人に興味がないはずの彼だが、彼女のその台詞だけはどこか頭にひっかかっていた――



 ――

「もう、こんな時間か」

 窓から見える空が暮れかけていることに気づいて、鴇は作業の手を止めた。『マヨイゴ』が出没している現在、夜間の外出は基本的に推奨されていない。特に今のような満月の時期には。

「……続きはまた、明日か」

 結局、音羽と会話してから作業はあまり進まなかった。何故か、彼女の言葉が離れてくれなくて。

「……くそ……」

 鴇はそう悪態をついてから、部室に鍵をかけ、校舎を後にした。LEDライトのつけられた廊下を鞄を片手に進んでいき、靴箱へ向かう途中で、ふと足を止めた。


 泣き声が聞こえた。

「だめだ……あたしは……歌うことしかできなくて……歌えるからここにいて……ここにいるから歌えるのに……どうしても上手く……歌えないよ……」

(音羽……か)

 基本的に人付き合いをしない鴇でも、彼女が「学生アイドル」であることは知っている。ゴスロリ風の衣装に身を包み、勝ち気で常に強気な発言をする、ということも。

「……おい……」

「!?」

 彼の声に音羽はびくっと身を震わせる。

「……ハンカチ。それとまだカフェテリア、やってるよな。少し……話がしたい」

「あ……う、うん……」

 音羽は差し出されたハンカチで涙をぬぐうと、鴇の後についてカフェテリアへ向かった。



 ――

「単刀直入に言おう……悪かった。その……昼間のことだ」

「え……」

「とりあえずお詫びも兼ねてここは奢る。好きなものを頼んでいい」

「あ、えっと……じゃあストロベリィパフェ……ひとつ」

「わかった」

 鴇はそう言うと注文するために席を立ち、すぐに戻ってきた。

「……あ、あのさ。誰にも言わないで。泣いてたこと……あたしは『音羽』なの……勝ち気で強い女の子なの……」

「心配しなくても、言うような友達もいない。聞いたことあるだろう。京極 鴇は『機械しか愛せない男』だと」

「う、うん……だから、あたし今の状況がすごく意外なんだけど」

 運ばれてきたストロベリィパフェを口にしながら、音羽は言う。

「変な話なんだが……お前が去り際に言った言葉が気になってな……昔からどうも無意識に人の地雷を踏み抜いてしまうらしくて」


「……あたしね……昔から歌が大好きだった」

 音羽はひと呼吸置いてからゆっくりと話し出した。

「あたしの母さんは……「歌」。そして父さんは「氷」の能力者で、あたしは母さんの能力を継いだの」

「能力者の両親か……僕とは違うな。なんでも僕は『突然変異』だから」

「そうだね。でも多分『突然変異』のが『能力者』の割合としては高いんじゃないかな?だから、両親が戸惑ってしまって 虐待とか育児放棄につながってしまう……ってケースも多いらしいけど……うちはそれはなかったよ。制御方法も教えてもらえたし」

「……虐待……か……いや、やめておこう。続けて」

「あたし、昔は北海道の田舎で暮らしてたの。そこではいくら歌っても誰にも文句を言われなかったから毎日のように歌ってたわ 。

 だけどね、両親の仕事の都合で本土に来てからは……歌えなくなった。あたしが『能力者』だとわかって、『歌』にも力があることがわかったから……『精霊歌』とかの特別な歌じゃなくても発動してしまうから」

「……」

「それに鴇だってわかったと思うけど、あたしの『歌』は絶対に聞こえるの。だから『五月蠅いから歌うな』って言われて……」

「それで、あの時……ああ言ったんだな」

 音羽はこくんと頷く。

「あたしは生まれた時からずっと歌ってきたの。歌がない生活なんて本当に考えられないのに、『能力者』だって理由だけで、大好きな歌が歌えなくなった……辛くて……死んでしまおうとまで考えたわ。ただでさえ風当たりの強い『能力者』のあたしには両親以外には理解者はいなかったし、本土には友達もいなかったから…………」

「…………そこは同じなんだな。僕も…………メカづくりを止めさせられたら……耐えられないな」

「だけどね、ここはそうじゃないの。『能力者』だけの学校で能力を使っても誰も何も言わない。むしろ『学生アイドル』としてみんなあたしとあたしの歌を好きだって言ってくれる。思いっきり歌えるの!」

 そう言った音羽の瞳から大粒の涙が落ちた。

「だから……誰にもあたしの歌は奪えない……ううん、奪わせない!そのためなら辛い練習だって何だってあたしは耐えられる」

「……ごめん。音羽」

 鴇はそう言うと彼女の肩にぽん、と手を置いた。

「あはは……何でこんなこと話しちゃったんだろうね?あたし。何だか……似た匂いがしたからかも」

 彼女はそう言うとぺろっと舌を出した。

「……そうだな……僕も少しだけ。単純なことさ。『突然変異』の僕を両親は虐待した、それだけだ。だから僕は人間が嫌いなんだ……」

「……鴇」

「見えないところに……まだ傷が残ってる。機械は僕を裏切らないし、いたぶることもないから……好きなんだよ」

 鴇はそう言うと席を立った。

「思いのほか話し込んでしまったな。寮まで送ろう」

「…………鴇もありがと……大丈夫だよ……きっといつか……鴇を愛してくれる人に出会えるから……」

 鴇はそれには答えず、そっと音羽の手を引いた。


 ――

 カフェテリアは華茶花学園の敷地内では端の方の小さな森の中にある。そのため、陽が落ちてしまうとLEDライトがあるとはいえ、薄暗い。

 そして今日は、満月。

「……伏せろ!」

「え?きゃあっ!」

 闇の中から現れた狼の姿をした『マヨイゴ』が鴇と音羽に襲い掛かった。

「怪我はないか?音羽」

「あたしは大丈夫…………けど、鴇」

 鴇の腕は鋭い爪で切り裂かれ、3本の筋から血が流れ落ちている。

「利き腕じゃないから大丈夫だ。音羽……頼みがある。歌って欲しい」

「……言われなくても。これがあたしの……イノチノウタ!」

 音羽は大きく息を吸い込んで、歌いだす。澄んだ歌声が月夜に響き、そして鴇を守るように光の盾が現れた。そして、巨大な影がもうひとつ。

「西洋の剣と……盾?これは何だ?」

 その剣と盾は満月の光に白く煌めき、澄んだ輝きを纏って鴇と音羽を守るように狼の前に立ち塞がった。

<満月の光と澄んだ歌に導かれ、石妖『金剛石』(アダマス)ここに馳せ参じた…………わが主よ、命令を>

 そして鴇の脳内に直接、威厳を持った声が響く。

「……では命じよう。眼前の『意思無きマヨイゴ』を掃討せよ!」

<御意>

 鴇の声に応え、西洋剣がひとりでに浮かび上がると、迷いなく狼を一閃する。断末魔を遺して、意思無きマヨイゴは塵となった。

「……鴇。今のは――」

<歌姫よ、礼を言おう。その歌声があったからこそ我らは主を守ることができた>

「ふえ!?あ、ありがとうございます」

 『金剛石』は音羽の脳内に語り掛けた後、再び鴇の目の前に音もなく舞い降りた。

「助かった。能力者と言っても利き腕がこの状態では本気は出せなかっただろうからな」

「え?さっき、利き腕じゃないって……は、早く治療しないと……ロボット作れなくなっちゃう!」

「大丈夫だ…………お前は気にするな」

<主よ。どうか契約を。我らは主の剣と盾となるべく界の狭間を越えてきました>

 鴇は小さく頷く。

「ああ、契約しよう。僕はずっと自分を守る剣と盾が欲しかった。それに……お前が気に入っているらしい歌姫を守るのも悪くない」

<では、こちらを>

 鴇の掌に金剛石の勾玉が現れ、彼はそれを大事そうにズボンのポケットにしまった。同時に『金剛石』はその場から姿を消した。

「……きっと僕は……初めて自分以外の誰かを守ったけれど……悪く……ないな……」

「鴇!」

 それを見届けると、鴇はその場で気を失った。



 ――

 歌が聞こえた。澄んだ、優しく透き通るような旋律。不思議なことに、音に身を任せていると、少しずつ負ったはずの傷の痛みが引いていく。

 眠りの淵で彼は思う。

 ――ああ、これが『イノチノウタ』だと。


「……ここは……」

 鴇が目を覚ましたのは満月の光が差し込む保健室のベッドの上だった。

(……あ……)

 そして彼は左手を包む温もりに気づく。

「……ありがとう」

 彼はそう小さく呟くと、上半身を起こして眠る彼女の手にそっと触れた。



 ――

 そして時は流れ、現在。あの後、鴇は生徒会長に呼び出され、『桜導』のメンバーに加わることとなった。

(正直、まだ人間は嫌いだ。だけど、あいつを守れるなら、悪くはないと思える)

 歌のせいもあるのか、それとも腕が上がったのか、鴇はロボットコンテストで見事優勝した。そのロボットにOTOHAと名付けたのは、ふたりだけの秘密である。


 ライブが終わった校庭はどこか物悲しく、風は季節が変わることを告げていた。

 カナカナカナ……ヒグラシと赤とんぼが夏の終わりを物語る。

「季節が変わる……僕も少しずつ、変わっていけたら」

 鴇はそう呟いて、立ち上がる。


 遠くで新たな仲間たちと彼女が手を振っていた。

「今、行くよ」

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