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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
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最終話 そしてまた陽は昇る

──

 鏡界で最終決戦が行われている頃。もうひとつの最終決戦が現世でも行われていた。

 場所は京都山中某所。もっとも、本当に京都の山中なのかは定かではないが。

 現世と鏡界の狭間に足を踏み入れた者たちは、豪奢な洋館を目にした。

「ここが、黒橡の本拠地か」

 月輪真赭は後ろに並ぶ者たちを振り返る。

「朽葉は元繚乱だからいいとして。帳や長春さん、桜導1年生メンバー、橙空くん、虚月さんに織部さん、夏向くん、海松くんが協力してくれるとは思わなかったよ」

「一年生ではありますが、足手まといにはなりませんわ。それにわたしはどうしてもあの人を──アヤトさんを助けたいんです」

 藍は力強く言い切った。


 もうひとつの最終決戦はアヤトの奪還だ。真赭は自らが助けられた時の経験から、まだ彩堵の魂が残っていることと、エクリプス自体の敵対意思があまりないのではないかという可能性を感じ、鏡界に行かずに救出作戦を決行する道を選んだ。既に作戦は共有済みだが、作戦などあってないようなものだった。なぜなら──


「それじゃ、いくっすよ!」

 橙空が遠慮なく玄関の扉を破壊する。

 彼らがやろうとしていることは、正面突破という正攻法だったからだ。



──

 守りは驚くほどに手薄だった。

 想定していた戦闘が全くないままに、真赭たちは屋敷の最奥にたどり着いた。

「ああ、やはりやってきましたね。これも当然の報いでしょう。憑かれていたとはいえ、私は灰楠を殺し、朽葉に魔眼を植え付け、月輪紫土に手を貸した……悪女として罪を裁かれるべきでしょうね」

 黒橡は今までとは全く違うくたびれた顔で、溜息をついた。

「……私の前世である夜峰竜胆はずっと【銀杏】と【紺】に執着していたけれど、私が本当に全てを捧げたのは──エクリプス様だけです」

 朽葉が「エクリプスとは何者なのか」と問うと、

「それはおれが語ろう。少しの間でいい。武器をおさめてくれ」

 黒橡を護るようにあの不思議な男が姿を現した。

「……おれは日蝕をもたらす竜の石妖。太陽を喰らうモノ。かつてある世界で色彩を喰らう【灰色】の役目に疲れ果て、狂ったモノのかけらだ。かつてはヘスヴィルと呼ばれていた」

 夜峰竜胆も、月輪紫土も古い神話や伝承には通じていた。そのために数々の神話で太陽を喰らう日蝕の竜を【悪】だと決めつけた。

「確かに、かつてのおれならば、この世界の色彩を奪い尽くしただろう。だが、今のおれはもう役目を悲観してはいない。……かつてその世界に別の世界から呼ばれた者──【希望の虹】と呼ばれていたか──彼らは……【灰色】の役目を肯定してくれた。この世界に呼ばれたときに、微かに彼らの存在を感じた。故に、本当の黒橡と協力して、お前たちの希望を守り抜いておいたのだ」

 黒橡は静かに続ける。

「エクリプス様は……ほぼ竜胆に浸食された私の消えかけの自我を繋ぎ止めてくださいました。そして運命に翻弄された者同士、月輪真赭と金木彩堵を守るということで意見は一致した。鏡界の妖刀思念からの干渉が弱まる新月の夜、ずっと私は彼の魂を守っている鈴と、そして藍──あなたのかけた術を保ち続けてきました」

 藍は睫毛を伏せる。

「黒橡さん。あなたは気付いていますか?私の正体に」

 黒橡は小さく頷く。

「ええ……だからこそ、エクリプス様とアヤトには月輪紫土と夜峰竜胆は手を出せなかった。聖者の血を模したとされた石。絶対の神聖結界。それがあなたの正体でしょう?」

「はい。わたしは……」

 水の膜が少女を包み、次の瞬間、暗緑色の赤い瞳を持つ黒いドレスを身に纏った女性へと変わった。

「……石妖ブラッドストーン。あのひとの、金木彩堵の記憶が消えたはずの世界で朽葉と同じく彼を忘れなかったもうひとり。わたしの願いは彼の未来。世界が彼を思い出すこと」

 ブラッドストーンは十字槍の刃先を黒橡とエクリプスに向ける。

「ええ。初めましょう。ですがその前にエクリプスとアヤトを切り離します。……ごめんなさい。私もエクリプスも、あなたの生を願います。だからもう少しだけ眠っていて」

 ふわり。アヤトの体から抜け出したエクリプスは日蝕の竜として実体化した。

 黒橡はそばにそっと寄り添う。

「この姿では破壊衝動が強くなる。さあ、かつて壊滅し、今再び対峙する新たなる【繚乱】たちよ」

「竜と魔女を倒して太陽を取り戻しなさい!」


──

 ぐにゃりと時空が歪む。

 立っているのは瘴晶石の地面。頭上に現れたのは日蝕。

「ではまずは精霊界最高の大魔導師の術をご覧あれ」

 長春がマナルーンを発動すると柔らかな光のベールが全員を包み込んだ。

「これで相手の瘴気は通らない。俺はブラッドストーンと共にアヤトを守っておくから……決めろよ。陰陽術師コンビ」

「ああ」

「桜導一年生その他はエクリプスを足止めしろ。海松、真赭、朽葉、帳は黒橡を!」


「では、まず檻に捕らえるとしようかの!玻璃!」

 王親月白が扇子を開く。中心の月から狼の幻影が現れ、エクリプスの周りを取り囲む。揺らめく巨大な硝子の檻にエクリプスの巨体は封じられた。

「じゃあやりますか、織部」「言われなくても!」

 虚月と織部、ふたりの半妖の青年は駆け出して地面を蹴った。

「水面に映る月影は決してその手で触れない!幻影弾!」

「水蛇閃!」

 無数に分裂する銃弾と分裂する水の斬撃は硝子の鏡に反射して、エクリプスを混乱させた。どれが本物か思案しているうちに、本物が容赦なく竜を穿つ。

 苦しむ竜は尻尾を振り回して攻撃を仕掛けるが、

「だいだらぼっち、なめんな……っす!」

<蜘蛛の糸を舐めないことね>

 橙空の怪力と石妖ターコイズの糸に止められてしまう。


「エクリプス様!」

「よそ見してる暇はないぜ!暁!」

<ああ、派手にかますぜ!>

 帳が黒橡に切り掛かったタイミングで、暁こと石妖ファイアオパールがホウオウパージを放つ。

「ああっ!」

 黒橡のドレスの裾に炎がついたが、彼女はドレスを引き裂いて延焼を止めた。

「ヒトの姿ではやりづらそうですね。ならば本当の姿をおぞましい魔女を見せましょう……」

 黒橡の姿がどろりと溶けて、青白い肌の魔女へと変わる。いや、魔女というよりもその姿は──

「ええ。本当は私はもう死んでいるのです。それも随分と前に。あれほど他者を歪めた術の使い手の転生にまともな生など許されはしません。恋もまだ知らない頃に、不慮の事故で私という存在は消えかけ、そこに妖刀思念が干渉してきたのです。……当時の私は神様だと思ってその声に従った。結果肉体はこのような年齢まで生き延びましたが……心は。ですので、終わらせてください」

 口ではそう言いながら、防衛本能のように、彼岸花を模した瘴晶石の雨が降る。

「そうだね。終わらせて眠らなきゃいけない。人間は死の理をねじ曲げてはいけない。……今のボクが言えた義理でもないけど……ギベオン!」

<はあい>

気怠い声がして、ギベオンの壁が雨を防いだ。

「朽葉!」

「ああ!」

 真赭が弓を鳴らすと、世界が止まった。

 魔を払う梓弓は、死者である黒橡にとっては致命傷となる。

「……死者は土へ。あるべき場所へ。……ねじ曲げられた死の理を今正す……」

 朽葉の手に現れたのは、石妖透輝石──死を操る火車の大鎌。

 黒橡の周りを炎の猫が取り囲む。

「……還れ!浄魂焔閃!」

 迷いなく振られた大鎌は、歪み切った魂と、朽ち果てた肉体を切り離す。

「……やっと……これで。ありがとう……エクリプス様……私を愛してくれて……感謝します……いつか……また……叶うなら……」

 浄化の炎の中で黒橡は消え、時を同じくしてエクリプスの心臓を石妖レピドライトの牙が噛み砕いた。

「……このおれは、ただのかけらだ。あの世界のヘスヴィルはこれからも世界を見守るだろう。だが、かけらは黒橡──愛した女と共に。……もしもお前たちが【希望の虹】に会うことがあれば──ありがとう、と……」


 日蝕の世界が砕け、洋館すらもかき消えて。

 気がつくと真赭たちは彩堵を抱えて、山中の禁足地の前に立ち尽くしていた。


「終わったのか……」

「ああ。そろそろ夜明けだ──」

 地平線を満たす金色の光の下で、眠り続けていた青年は静かにその瞳を開いた。

「……あ、あれ?」

「彩堵さん!」「お兄ちゃん!」


 再び昇った太陽は、仲間と共に朝の光に満たされた山を降りていく。

 鏡界から帰ってきた者たちも朝の光の中を街へと向かう。


 ふたつの最終決戦は共に朝の光の中で終わった。

 苦しみと喪失と痛みを抱えて、それでも希望を胸に彼らは未来へと進んでいく。


 暁の空で祝福するように二羽の蝶が舞う。

 蒼と黒の羽はやがて光に融けて見えなくなった。


──石妖契約奇譚 完

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