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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
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12話 「悲願」

――

 ずっと、ずっと、それだけを願った。

 前世からずっと、君と幸せな同じ時を過ごしたかった。

 俺たちは強く、惹かれあった。

 何でも、元々俺たちの魂はひとつだったらしいのだ。


 前世よりずっと昔。ここではない別の世界。


 あるひとりの守り人は、最期に淋しさから「あること」を願った。

 彼は美しく誠実な鉱石人形ーーアルファノーテと暮らしていた。

 人間たちに力を悪用されないため以上に、彼は他人ヒトに興味がなかったのだ。

 穏やかで、だけど停滞した時間は千年続き、突然に破られた。

 ーーこれはまた別の物語だからあまり語らずにおくけれど、とにかくその守り人はーーアルファゼーレと名前を得て、他人と出会いーー淋しくなったのだった。

 彼には知識と膨大なマナがあった。そのため、「転生時に魂を分ける」分魂術式を生み出して、最期に使った。


 そうして、生まれたのが「はじめの」ソルとオルヴァリオだ。

 正直、その頃の記憶はもうあんまり残ってはいない。ただ病弱だったこと、無力だったこと、顔立ちの美しさゆえに貴族の玩具にされていたことはトゲのように心にまだ刺さっている。

 貴族の館で、ソルに出会った時に俺はひとめで恋に落ちて。

 嬉しいと同時にひどく怖かった。本当の、弱くて穢れた自分を知った時、友達ですらいられなくなるかもしれなかったからだ。


 ーー結果としてソルは、俺を選んだ。

 その代償として彼が穢されそうになった時、俺は暴走してーー最期に目に映ったのは紅く染まった世界。その中でもただひとつはっきりと輝く君の瞳ーー


 ーー本当なら。本当ならこれで終わるはずだった。

 だけど時代は、秘められていた力はそれを許さなかった。

 見知らぬ場所で目を覚まし、ほとんど感情は抜け落ちて。

 道具のように力を振るって、「次の」俺たちはーー生を終えた。


 最期の記憶はやはり赤色。君の瞳と同じ赤。

 最期まで守られて庇われて、あんなに希薄な感情になっても記憶がほとんど消えても、君はーーソルは、俺をーーオルヴァリオを愛してくれた。

 そこが変わらなかったからこそ、「後悔」は魂に刻まれた。


 次の生では絶対に君を守る。

 呪詛にも似た誓いは再び俺ーー空野雫と、君ーー畑野陽を巡り合わせてあの雨が降り続く世界で、お互いはお互いを選んだ。

 その夜に柔らかな月の光の下で、交わって証を刻んでーー束の間の幸福の後、再びその手は離された。


 ーー界軸大災の代償。

 魂まで消えかかった彼を、俺は自らの体に宿すことで繋ぎ止めーーそれから幸石堂の地下に彼の体を隠して、30年近く元に戻す方法を探し続けてきた。


「だから、絶対に取り戻す」

 事情を話すと、ハルアキさんは快く鏡界に同行することを許してくれて、友希も事情を知っているから調査任務を撤回してくれて、斎は力になれればと鎮めの武器を贈ってくれた。


 そして今、界を渡って人気のない美しい滝にいる。

「……雨龍。陽の気配を追えるか?」

(ええ、雫様。どうやら滝の裏の洞窟のようです)

「……道を開け」

 斎からもらった武器が淡く光り、滝の流れがふたつに裂かれる。

 

 現れた道を進み、洞窟の奥で。

「待ち兼ねたよ。鎮めを行った者のひとり、空野雫」

「……まさか瑠花や紺を後方支援してたアンタと戦うとは思わなかったけどな……泉 藤真。恨みを買うようなことした覚えは……」

 ない、と言いかけた時、洞窟の奥にそびえ立つ日長石の柱に気づいた。

「……陽!」

 その中で眠っているのは陽だ。

 ただ、その前にもうひとり奇妙な存在がいた。

「……その裸で傷だらけな女の子は誰だ?お前女も容赦なくぶん殴る系のタイプ?そのあとで色々やった?最低だな?」

 藤真は、「殴ってないしそもそもオレが脱がしたわけじゃない!」と慌てたように否定する。

「じゃあ、何なんだよあの子。どのみち鎖で縛ったのはお前だろうが」

「……」

 反論してこないのをいいことに斎からもらった武器で鎖を断ち切る。

「ほら、もう大丈夫だ。多分ここはこれから戦場になるからどっかに逃げろ」

 そして体を隠せるようにパーカーを羽織らせてやった。少女は手早くパーカーの前を閉じて体を隠す。

「……雫か」

「あれ、何で俺の名前?そしてよく見るとお前……陽に似てるな」

 性別こそ違うが髪も瞳の色も同じだった。

 俺と陽はマナを分け合っている関係で赤と青のオッドアイを持っている。だが、世界が変わった今ですらオッドアイは珍しい。

「……わたしはこの世界の陽だ。現世の人間には鏡界に対となる存在がいる。お前は現世の陽と結ばれたのだろう。そして彼を取り戻したいなら簡単なことだ。……まずはわたしとひとつになれ」

「……は?」

 思考が止まった。急に何を言い出すのかこの子は。

「……うん、嘘を言ってないのはわかるんだ。わかるんだが今の俺は陽以外に手を出すのは無理だしそもそも目の前に俺の知ってる陽がいるし敵前でひとつになるとかちょっとその色々問題があるというか」

 陽を攫った藤真はというと顔を赤くしてことの成り行きを見守っている。

「……そうか。では、まずはとりあえずお前の悲願のための力だけ与えよう」

「……ちょっ……!」

 キスで流れ込んでくるマナは、彼女がいう通りに陽のものと全く同一だった。

 斎の剣が淡く光を放つ。

「ああ、やはりお前は陽なんだな。ちょっと待ってろよ。今からこいつをボコって全てを解決するから」

「ああ。待っているよ」

 ヨウ(とりあえずカタカナ表記にしておく)を岩陰に隠して、俺は藤真と対峙する。

「……ああ、アンタの恨みの原因思い当たったよ。……ハルアキさんから聞いた。鏡界を今ギリギリで保ってる楔姫ーー「瑠璃姫」様。そいつはアンタの嫁なんだってな。……そしてその原因となったのが【未曾有の大災害】と【界軸大災】。それを【鎮め】て負を鏡界に流した俺たちが憎いか。そして何よりーー」

 俺とこいつの決定的な差。それはーー

「精神体であっても話せて、満月の夜だけとはいえ触れられる俺たちが妬ましかったんだな、お前」

「……黙れ!」

「おっと」

 強烈な拳を軽く飛んで避ける。不本意だが対人戦も対魔物経験も十分すぎるほど積んでいる。

「図星か。けど、だからって人の恋人さらって傷つけていい理由になんか……ならねえよっ!」

 剣に纏わせた水圧を放ち、藤真を吹き飛ばす。

「ぐあっ!」

 壁に叩きつけられても藤真はすぐに起き上がり、また大量のパンチを放ってきた。

「……能力者は嫌いだ……!オレだって……瑠璃を楔姫になんかしたくなかった!けど俺は能力者じゃない。あいつの苦しみを分かち合うことすらできねぇんだよッ!」

「ちっ!」

 ギリギリで避けたが藤真の拳は顔面を捉えている。

「……だったら……人の恋人攫って俺に喧嘩ふっかけるよりやるべきことがあるだろうがよっ!」

 剣を投げ捨てて、代わりに右ストレートを打ち込んだ。

「ぐあっ!」

「アンタはちょっと頭を冷やせ!水檻!」

 そして吹っ飛んだ体を水の檻に閉じ込める。もちろん威力は加減してある。

「そうだな。そもそも苦しみを分かち合いたいというなら方法はあるぞ藤真。まずは鏡界のお前を探し、ひとつになれ。そのあとで瑠璃姫と交わって証を刻めばいい。だがもうお前は半分背負っているはずだぞ。【双子界軸】の証が額に見える」

「……え……?」

 ヨウははっきりと頷く。

「確かに雫のような強さではないがお前もまた能力者。そもそも瑠璃姫とお前の子どもは桜導の瑠花だろう?あれだけの強い力を持つ娘がいて自らの能力に気づかないとは笑える。何より……お前たちは夫婦だろう。とっとと戻って瑠璃姫のそばにいてやれ」

「……ああ、そうだな……」

 水檻を解くと藤真はもう振り返らなかった。

 最後に「すまない」とだけ言い残して。


 滝の裏の洞窟。

 誰もいなくなったのを見て、ヨウは迷いなく前をはだけた。

「……ほら。陽を救いたいのなら迷うな。そもそも同一存在なわけだしな」

「……とは言われてもな。本人に見られながら本人以外とはさすがに抵抗が……」

「……なら雫は目を閉じていればいい。次に目を開けたら……目の前に【陽】がいる」

「ちょっ………!」

 温かい。温かくて柔らかな感触にただ身を委ねる。

 しばらくして目を開くとそこには――


 割れた日長石の柱。ゆっくりと歩いてくる人影。

 ああ、ずっと、ずっとこの日を待ち続けた。

 俺の心が折れずに済んだのは、30年も待てたのは君がずっとそばにいたから。


 黒く長い髪。俺と分け合った赤と青の瞳。

 焼き付けたいのに、世界がぼやけて見えなくなる。

 立ち止まった人影は優しく俺を抱きしめて、ただ耳元でささやいた。


「ただいま」

「……おかえり……おかえり……陽」


 今、桜導もリア・クロスもシルーディアもそれぞれの敵と戦っている。

 そんな中でこうして個人行動を取るのはわがままでしかないけれど。


「……ごめん、少しだけ……少しだけだから……」

「ああ。雫はずっと俺のために頑張って来てくれた。みんなそれを知ってる。少しだけ休んでもバチは当たらないさ。それに、ヒーローは送れてやってくるものだろう?」

「……そうだな」


 静かな滝の裏の洞窟で、互いの体温を確かめあって、外に出た。

「……行こう、陽」

「ああ」


 ようやく、ようやく取り戻した。

 繋いだ手を、もう決して離しはしない。


 手を伝う温かな熱と感触に安堵しながら、俺たちもまた戦いへ身を投じる――

 全ては未来を手にするために。

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