7話 悪夢の終わり
――
夢を見る。
石の棺の中で眠るかつての【魔女】。
愛しい人のために、理を捻じ曲げ禁忌を犯した【闇の精霊姫】。
――世界の、敵。
苦しげな声が聞こえる。
「呪いで不老不死になって、ずっと君を探していた。――。前はきみだけに背負わせてしまった。だけど今僕は【世界の敵】を解き放つ。……ふたりで堕ちよう」
棺の蓋が開く。封印が解かれる。私が、再びカタチを為す。
それは禁忌。やがて再び世界の滅びを呼ぶでしょう。
だけど、だけど。
熱を帯びた貴方の温もりが、優しい声がすぐ側にある。
ああ、なんてささやかな、吹けば飛ぶような小さな幸せな時間でしょう。
「――」
「ええ、――」
落とされた口づけに応える。
私たちは、世界の敵。きっかけは望まぬ罪だったとしても、ふたりでその道を選んだ。だから、世界は決して私たちを許さないでしょう。
もし、いつか他の世界に生まれ変わる奇跡が起きたとしてもおそらくは決して――
「リア。貴方と、そしてどこかにいるあの人の生まれ変わりは結ばれず――あなたの罪も、なくなりはしない」
「あ……」
夢の中で、私は磔にされて、焼き殺される。
【魔女】だったから。今もやはり【魔女】だから。
繰り返される悪夢で、もう何度この身は灰になっただろう。
炎の熱さも、広場に引きずり出される時にぶつけられる石の痛みも。
――前日にぶつけられた欲望も。
夢なのに、実際にあったことのように生々しい感触をともなって。
「……大人しくしろよ。偽善者の【魔女】」
「美しかろうが魔女は魔女だ。悪魔に身を捧げているんだろう?」
――違う。むしろ無辜の怪物としての恐ろしい淫らな魔女を作り出したのは貴方達。スケープゴートにしたのは貴方達。私たちはただ自然を愛し星を詠み、道行きを照らす者。森の中で静かに暮らせればそれでよかったの。迷い込んでくる、困った人たちを助けられればそれでよかったの。
夢だから、展開はいつも同じ。
逃げ出すことも力も持たない無力な魔女は、男たちによってその花を散らされる。
弱者の声は、か細すぎて届かない。助けは、ない。
口は塞がれて、声も出せない。
「うっ……いや……いやあっ……やめて……」
「……リア?」
「だめ……だれか……たす……けて……」
夢の外、悪夢に魘されるリアの手を、引き寄せられるように綴が握る。
「……だいじょうぶ。僕がいるよ……めとりん。リアの悪夢を……喰らって」
淡く優しい紫と黄色の光がリアの体を包み込んだ。
――
「……っ……ううっ……」
「……ああ、こりゃ酷いことするわ……道理であんなに魘されるわけや」
「……だれ……なの?あなたも【魔女】を穢すのをお望み?」
「いやいやまさか。つづりんの想い人に夢の中でも手は出さんよ?とりあえずこのマントに包まって。逃げようや。【魔女】はん」
「え」
魔女の体を不思議な青年は軽々と抱え上げる。
「俺はアメトリン。夢を自由自在に操り悪夢を喰らう獏の石妖や。ホントはお代が欲しいとこなんやけど、リアはんとつづりんは宿命の恋人やからね。俺はつづりんの石妖なんでつづりんが泣くようなことはする気ないわ」
青年が呪文を唱えると、ゆらりと世界が歪んだ。
――
辿り着いたのは美しい花に囲まれた洋館。
視界の隅で見慣れたものたちがぱたぱたしている。
「ここは夢の箱庭や。リアはんの悪夢は強すぎて喰らうのはちょっと難しそうやから、隔離させてもらった。……今まで良くあんな悪夢に耐えたな。穢されて焼かれて罵声を浴びせられての無限ループ。……ここは花ぺんぎんもいるし、ちょっとやそっとじゃ破られへん。そもそも花ぺんぎんを作り出した存在はな、リアはんとつづりんの味方や。『前世で大罪を犯したからって関係のない今の人間が苦しむのって間違ってると思うんだよね。まあこの世界には前世システムがあるからしょうがないんだけどさ。いやまあそのおかげで僕はこうして悠々自適に花ぺんぎんに囲まれ、大好きな人間たちを見ていられるんだけどね!』って言うてたけどその通りや」
「……で、でも罪は償うものでしょう。だからわたしは【幸せの魔女】になった。
智さんたちにも協力してもらって、お店に来てくれる人が笑顔であるようにって」
アメトリンはそっとリアを抱きしめる。
「……他人の幸せを願えるのは素敵なことや。けど、その幸せのために自分を犠牲にするのは、あんまり褒められた事やない」
ふわりとラベンダーの匂いが漂う。
「ありがとうらべぺん。夢の中ぐらいゆっくりおやすみ。リア」
――
リアの寝言が収まり、すやすやと寝息を立て始めたのを見て、綴はそっと手を離して、寝室に戻る。
「……おやすみ、リア」
綴自身は自らの前世について、流し込まれた知識で既に知っていた。
そして、リアと結ばれてはならないということも。
(だけど、胸が苦しい。助けてくれて、数ヶ月ずっと一緒にいて、僕は間違いなくリアに惹かれている。リアといると幸せなんだ。【本】ではなく「墨染 綴」になったのは、してくれたのはリアだ)
「っ!」
ひとりでに肌が裂け、傷ができた。
きっとこれはリアの悪夢を書き換えた【代償】で、世界からの【復讐】。
「……どうあっても……世界は邪魔をするんだね。でも、いいよ。リアの代わりに僕を壊せばいい。前世と逆だ。僕を救ってリアは壊れた。世界の敵になったんだ。だったら僕はリアを守る。元より作り物のホムンクルス。……望み通りに【世界の敵】になってあげる」
――
酷く、冷たい雨だった。
「おっと、花ぺんぎんたちは家に入っていなさい。僕の力に打ち勝つほどの術とは思えないけど、何かあってはいけないからね。ほら、そこのあやかしぺんぎんたちも見えてるから。ぷらねっとぺんぎんは……うん、全員家に戻ったね」
黄緑色の髪で毛先だけビリジアン、緑の瞳を持つ青年は睫毛を伏せた。
「ああ、この雨はゆらの精神に入り込んでぐちゃぐちゃにしてしまう。非常に趣味がよくないね。みんと、らべ。少し出かけてくるよ」
灰色にくすむ街を青年は傘もささずに歩いていく。
「干渉するのは多分あんまりよくないけど、失ってから悔やむのはもう嫌なんだよね。まさか残滓がこの世界に流れ着くとは思わなかったけど……ここに僕がいるのがその証拠か」
ドオン!
派手な爆発音を聞き取って青年は駆ける。
「……そう。リアと綴くんの邪魔をするんだね、君は。うん、じゃあ遠慮なく僕も彼らを助けに行こう。……友希くんも智くんもきっとそれを望むだろうからね」
――
「……綴!」
「下がれリア!今の綴は暴走している!さっきの雨のせいか……」
「……ああ、どうして世界は僕らの邪魔をするんだろうね、リア」
「……綴……」
リアを護るように立ち塞がるのは、石妖ケアンゴルムが人形を取ったもの。
ロングコート、20代後半のダンディーな男の姿をしている。手には拳銃と拘束用と戦闘用の鎖。
「ケアンゴルム。何があったの?」
「出先から戻ったらずぶ濡れで虚な目をしてるこいつがいてな。どうやら術入りのタチが悪い雨だったようで」
「そう……ケアンゴルム、私と同化なさい。古き魔女の力で……救ってあげましょう」
「リア!馬鹿を言うな。あの力はどれほどお前に負担を強いるか」
「……だから何?……私が悪夢を見なくなってから、綴の体に傷が増えているのに気づかないとでも思っていたの⁉︎それにどんなに想いあっても私たちは結ばれない。【世界の敵】だから。それが世界からの罰だから。呪いだから‼︎だったら……!」
かつて、封印されたもの。呪いで長い命を得て、共に生きることも死ぬこともできなかった。結ばれないのなら、想いを遂げることすら出来ないのなら。
「……一緒に終わるわ。終わらせるわ!もう残されたくない。残したくもない!」
ケアンゴルムの姿が揺らぎ、リアの手に鎌が現れる。
「大丈夫よ、綴。共に逝きましょう。私はあなたを愛しているから」
綴の瞳が揺れる。
「……本当に?……好きだよ、リア。……僕に名前をくれてありがとう……」
リアが綴の首へ振り下ろした鎌は、急に地面から生えた大木によって遮られた。
「落ち着きなさい。ふたりとも。今時心中エンドは流行らない。そしてこの雨は【世界の意思】が降らせているわけでもないよ。まあ、そそのかした可能性は残るけど、おおかたバカップルに嫉妬でもしたんだろう。もうほとんど彼の切り札は残っていないから自棄になってるのかもしれないけどね」
ふわりとラベンダーの香りが漂い、綴がその場に崩れ落ちる。
「……ミオさん……?あなたは一体……」
続いてリアもその場に倒れた。ふたりの体は地面にぶつかる前に蔓のネットに受け止められている。
「……若いっていいねえ。でも自己犠牲ではあんまり世の中解決しないんだよ。だよね、智くん」
「……ええ。僕はそのことは身をもって知っていますよ。色々ありましたから。しかしあなたは何者ですか?リアの取引先、と……兄さんの取引先兼お店仲間なんでそれだけじゃないですよね?」
ミオは曖昧に笑う。
「んーいずれ分かるよ。でもまあこれだけは教えてあげようかな。僕の本当の名前はミオソティス。かつて花ぺんぎんを作り出した存在。ある存在に引き寄せられて生まれ変わった――とだけ。あと、智くん。……お兄さんからはあんまり目を離さないほうがいい。親友くんの方は色々あってその辺のことは知ってしまったようだけど。まあ何かあっても彼の周りには花ぺんぎんがめちゃくちゃいるからすぐ分かるようにはしてあるけどね。それじゃ」
「……ミオソティス」
気を失ったリアと綴をベッドに寝かせてから、智はリアの店の書庫を漁っていた。
お店は臨時休業の札をかけてあるし、発送業務はひなや和希に任せたから大丈夫だろう。
ミオソティスとは
勿忘草のこと。花言葉は「私を忘れないで」「真実の愛」「思い出」
悲恋伝説が有名。
「勿忘草――花の名前か。不思議な人だったけど……悪意は感じなかったな。花ぺんぎんもものすごい周りにいたし……」
少しだけ、リアと綴の叫びを聞いた。聴こえてしまった。
【世界の敵】。それは智の前世、テュシアも同じ。立場的に強制されて仕方なくだったが、多くの魂を歪めたことは間違いない。
「……智、こんなとこにおったんか」
「和希。ごめん、ちょっとミオソティスって言葉について調べてて」
「……顔色、よくないな。おれにもリアたちの声は聴こえたよ。【世界の敵】っていう言葉が刺さったんやろ?……テュシア」
「……うん。ミオさんの言う通り前世が今と直接関係しないってことはわかってるつもりだけど、僕はまあ色々あったからね。……本当は不思議なんだ。なんで和希は……僕を恨んでないのかって。全てを視る者だから?間違いなくこの手で――」
「智……それ以上いうとホンマ殴るで……と言っても割り切れんのも分かる。特に智はそういう性格やからな。自己犠牲の塊が服着て歩いとるような」
「そ、そこまで言う?」
本を書棚に戻しながら、恨めしげに彼は和希を見る。
「……まあ安心して。おれは智は裏切らんし、なんかあったら止めてやるし、助けてやるから。どっちかっていうとな、おれは前世のおれが恥ずかしいんや。何も知らんとテュシアを責めて、傷つけて、助けてやりたくても力がないまま親友に殺されるしかなかった。それがどんなにテュシアを傷つけるか知っとったのに」
「……本当、告白やプロポーズみたいな重さのこと言うんだね。まあ、こうして逃げ隠れに付き合ってくれてるからもう同じか。本当はあんまりひなは巻き込みたくなかったんだけど。他のみんなも各地で動いてくれてるし……」
「せやな。だから、もうあの時みたいなことはするなよ。ミオさんのいう通りだよ。自己犠牲じゃ……あんまり何も解決しない。……今日の夕飯はたこ焼きがええな」
和希は足早に書庫を去っていく。智も書庫に鍵をかけて台所へ向かった。
リクエストに答えて今日はたこ焼きだ。
そして、目が覚めたらリアと綴に僕の過去を話そう。
【世界の敵】でも誰かを愛していいのだと。
そしてそんな運命など、壊してしまえばいいのだと。




