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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
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6話 道具ではなく、人として

──人が初対面の相手に興味を持つきっかけの最たるものは「親近感」だと思う。

 五辻銀朱。現代の【闇吸い】。そして俺は前世が【闇吸い】だった。

 体の中に、同じ鵺の翼のかけらがある、鏡のような存在。


 もっと早く気づくべきだった。

 あれだけ人間を避けてきたオレが、誰かを気にかけるなんておかしいと。



「……烏丸青磁。お前からは同じ鵺のかけらの匂いがする」

 黒煙の中でも鵺の翼を生やした銀朱の姿ははっきりと見えた。そして、放たれる電撃に当たっても、痺れも熱さも感じない。

「だろうね。ねえ、どうするの?鵺の力はオレに全く効かないみたいだけど」

「……まさかお前が鵺のかけらを持つ上に伝説の【闇吸い】薊の生まれ変わりとはな」

「伝説……ね。それにしちゃ酷い扱いだったけど」

 青磁は皮肉を言って、睫毛を伏せる。長が前世で薊に何をしたのか、見たことが無くても言葉で想像はつく。

「なんでも【至高の道具】、だからね」

 至高の道具。薊に意思はなく、感情もなく。ただ長の命じるままに使われるのみ。

「私も同じだ。この体は……真っ当に生まれ育ってはいない」

 銀朱の言葉に海松が続ける。

「青磁は知らないだろうけど……鉱石人形には2種類ある。ひとつはボクのように鉱物を核石として、土から体を練って、魂を下ろしたもの。土以外でも無機物の場合は似た感じになる。本来はもっとボクの感情は希薄になるはずだったんだけどね」

「……家系的に冥府や禁忌の術に適正があったから」

 青磁の言葉に海松は頷く。

「……そう。月輪家は土御門──つまり安倍晴明の流れを組む陰陽師。対して御影家はそのライバル、芦屋道満の流れを組むとされている。そして今の闇吸いの長──月輪紫土は元々は御影家の分家にあたる」

「……じゃあ真赭先輩は血筋的には二大陰陽師のハーフってことなのか……」

海松は頷いて睫毛を伏せる。

「……初めに青磁たちと戦ったときに、何故ボクが真っ先に月輪真赭と白花を消そうとしたか……わかったでしょ。白花については正体と操るものの影を感じたから、そして月輪真赭は……ハーフだったから。あの時はまだ、彼が白澤のゆらとは知らなかったけどね」


──御影家は呪われている。長い歴史の中で禁忌の術を研究し、至高の道具である薊を生み出した。海松が生まれて来れなかったことも、陰陽師界隈では有名だった。結果、朽葉の母親が狂ったことも。

「ボクは、兄さんのそばでずっと見てきて、兄さんの体に禁術は施されていなかったから、もう【闇吸い】は生まれない、ボクが生まれて来なかったから、悲しい連鎖は終わったんだと思っていた。それなのに、今目の前に───」

「海松、お前は……」

 海松は硬く拳を握りしめる。その肩は震えていた。

「どうして……どうして現代に【闇吸い】がいるんだ……五辻銀朱!」

 銀朱は目を閉じる。

「……どうして、だろうな。私は……生まれた時からこの姿だった。予定より外見は幼くなってしまったが、年齢設定は18才だと言っていた。こう見えて、見た目より体は成熟している。……しかしこの体は決して、子どもを孕むことはない。それはこの体が──生者のものではないからだ」

「嘘だろ?銀朱の手はちゃんと暖かくて……血だって赤くて……肌だって……」


──生者ではない?

──誰か嘘だと言ってくれ。

「……やっぱりね。鉱石人形には2種類あると言ったけれど……もうひとつは……死んだ、もしくは魂を抜き取った空の器に石と別人の魂を宿したもの。そしてこれこそが【闇吸い】の秘法として御影家に伝わる絶対禁術……泰山府君祭」

「……じゃあ……じゃあ薊も……前世の俺もそうだったのか……?」

──それが【闇吸い】を作り出す方法だというのなら、はじまりの【闇吸い】である薊も、素体は生者ではないということになってしまう。

「理論上はね。もっとも今のお前は──烏丸青磁はちゃんと生者だよ。ただ、この前世の影響で、お前の生命の天秤は普通の人間よりずっと死に傾いてはいたはずだ」

「ああ。それは痛いほど分かってる」


──烏丸青磁はかつて、ひどく病弱だった。小さい頃に何度も生死の境を彷徨い、春の度に体調を崩して入院を繰り返していた。

 桜が怖かった。美しい花に命までさらわれてしまいそうで。

 だが、ある時を境に、全く風邪を引かなくなった。あれは、どのぐらいの時期だったのか。とてもささやかな「約束」を交わしたのは。


「……ボク的には何故そんなお前が戦闘能力まで持ってここにいるのかは気になるところだけど」

 海松は金緑石の体で素早く移動して、銀朱の鵺の翼に斬りかかる。

「鵺の力、返して貰わないと」

 銀朱は間一髪で避けたが、その刃は服を裂いた。その肌には細かい傷がいくつも刻まれている。縫ったような痕もあった。

「こんな力、返せるものなら返している!」

 彼女の悲鳴のような漆黒の雷撃が青磁と海松に襲いかかる。

「く!」

 直撃した地面が溶解していた。

「鵺の力は効かないはずだ!ボクは鵺だ……どうして」

 海松の髪がわずかだが焦げていた。間違いない。銀朱は鵺以外の力を持っている。

「……海松は下がってて。あの羽、切り落とせばいいんだよね」

「おい!」

 青磁は答えずに、地面を蹴って銀朱へと向かう。

「……愚かな」

 容赦なく放たれる闇を纏った雷撃を紙一重で躱しながら彼は飛ぶ。

「く!」

 距離が近くなるほどに、雷撃の隙間は狭くなり、青磁の羽を焼く。

「う……あっ……」

 青磁の羽は石妖天河石と鵺のかけらが合わさったもの。羽が焼ければ、肌を焼くような痛みが彼を襲う。

 それでも、ふらつきながらも彼は飛ぶ。彼女に触れるために。

「近づくな!私は理を外れた存在で、この体は儀式と称して何度も穢されている!」

 雷撃が身を焼く。

「だから……だから何⁉︎前世で散々殺して、散々穢された。オレだって多分理は外れてるよ。禁忌の存在として生まれた存在が……生まれ変わったからってその歪みは治らない。きっといずれオレはその歪みに……絡みとられるよ。天秤の傾きはきっと変わっていないから。だから!」

「な───」

 空中に投げナイフを固定して、自らは焼け焦げた服が貼りついた腕で、銀朱を抱きしめる。そしてそのまま、キスをした。

「んっ……!」

 青磁にとっては間違いなくファーストキスだが、魂が方法を覚えている。

 それは前世でアザミが道具から人になった、大切な【儀式】だから。

「ねえ、銀朱。オレも前世では道具だったよ。ただ、長の命じるままに殺して長の命令は全部受け入れた。それが当たり前だと疑いもしなかった」

 ナイフが向きを変え、鵺の翼を捉える。

「……だけどハゼに愛されて、アザミは愛を知った。道具ではなく、人形ではなくアザミになった。だから──」

 青磁の羽が小さくなり、黒と黄色の石のカケラが現れる。彼はそれを口移しで銀朱に飲み込ませて、

「愛をあげる。そして君を道具じゃない、人にしてあげる」

「青、」

 無数の投げナイフが、鵺の翼を切り裂いた。翼は光となって金緑石の背に戻る。

「……わたしは……私は人じゃ……ないんだぞ?素体は間違いなく死者のものだ」

 羽を喪ったふたりは抱き合いながら堕ちていく。

「オレも多分色々普通じゃないよ。だから一緒に堕ちてよ、銀朱」

「うん……」

 地面が迫る。歪んだ魂にはおあつらえ向きだと青磁は笑う。

 そばには銀朱もいる。ああ、その瞬間はきっとひとりだと思っていたのに。



「……もこもこひつじのふわふわクッション!」

 衝撃は、訪れなかった。気を失ってぐったりしたふたりを受け止めたのは金色のもこもこ毛皮の巨大な羊だった。


「……兄さま!」

「……久しぶりだね……鵺」

 一瞬で金緑石の体の主導権が海松から本来の主人に戻る。ここまで嬉しそうな彼女の顔を海松は初めて見た。

「兄さま!ハルアキ兄さま……っ」

 ぽろぽろと涙を零す金緑石を、ハルアキはとても優しい目で見つめて、頭を撫でる。

「翼をやっと取り戻したんだね」

「兄さま、ごめんなさい……鵺がちゃんとしてれば……どーまんにさらわれなかったら……紫苑お兄ちゃんも、海松姉さまも、このふたりも……苦しまなかったのに」

「鵺は悪くないよ。全ては私の過失だ……だからね、鵺のお願いを聞くよ」

 金緑石は真剣な表情で告げる。

「青磁と銀朱の治療をしてあげて。そして、ずっと一緒にいてくれた海松姉さまを助けて……今の姉さまには体がないの。鵺がお休みしちゃったら、姉さまは消えちゃう……」

「わかった。じゃあ海松くんの魂はちょっとこの石に宿ってもらおうね」

 ハルアキはそういうとギベオン隕石の欠片を取り出す。淡い光が石に宿った。

「そして天河石。いや、シルーディア四天王安藤理宇くん。実体化術式を使うから、こっちの世界の私のアジトにふたりとこの石を運んで欲しい。すぐに行くから」

 天河石の姿が、鴉天狗の異形から普通の少年へと変わる。

「承知いたしました。シルーディアの長、ハルアキ様」



──

 雷鳴が去った空には虹が架かっている。

 ハルアキの腕の中で鵺は晴れた空を見ていた。

 混ぜられたものはハルアキでも切り離せず、その姿は異形のままだったが禍々しさは消え失せ、表情は穏やかだった。

「兄さま。鵺は幸せでした。こうして兄さまにまた会えて、海松姉さまにも会えたから」

「何故鵺は海松くんを姉さまと呼ぶのかい?彼は男の子なのに」

 鵺はそっと目を閉じる。そろそろ限界なのだろう。

「鵺にとって兄さまはハルアキ兄さまと紫苑兄さまだけです。だから海松姉さまなのです。鵺は姉を知りませんが、心が姉とはこんなものなのかもと認識したのです」

「はは、そうか。海松くんは鵺を愛してくれたんだね?」

「はい。……鵺はそろそろおやすみしますけど、ハルアキ兄さまも紫苑お兄ちゃんもあんまり早く……おやすみしたら……ダメですよ……」

 鵺の声はそこで途切れた。淡い光の粒子が空に溶けて、ハルアキの掌に金緑石が残り、やがて砕けて砂になった。

「肝に命じるよ。鵺。おやすみ……誰よりも優しい、無辜の怪物──」



──

 眩しい光に目を開いた。無意識に手で日差しを覆い隠して、怖くなる。

 ボクは夜しか動けないはずで、体も壊されてしまった。じゃあ少なくともここは現実ではない。何気なく胸に手を当てて驚いた。

「え……?」

 脈動がする。とくん、とくん。それは土人形や生まれなかった自分が絶対に持てないはずのもの。

「……目が覚めましたか、、海松」

「……天河石?現実なの?え、なんでボクは生きて……それにこの体は………!」

「ハルアキさまと鵺からの贈り物ですよ。ハルアキさまは特殊な事情でいくつか体のスペアを持っているのですが、これはそのひとつです。もう少年の体に入るのはきついらしいので」

「……じゃあ……」

 人の体。夜以外でも動いて、崩れない体。

「大事にしてくださいよ。シルーディアの技術の結晶なんですから。では、僕は青磁と銀朱の様子を見てきますので!」

 天河石が去ったあと、裸体を鏡に写してみた。

 黒髪が床に届くほど伸びている他は、何も変わらなかった。

 だが、この体は土ではない。触れた者に死の呪いを振りまくこともない。

「うっ……」

 気づくと大声で泣いていた。



 だからこれは産声。

 ずいぶん時間がかかってしまったけれど、御影海松は、この日やっと、世界に生まれ落ちた。

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