10話 踏切怪人(前編)
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ああ、苦しい。体中が熱を帯びて、鈍く痛む。今まで感じたことのない感覚に襲われて、僕は人気のない建物の裏に蹲る。
「っ……はあ……はあっ……」
ひどく息が切れて、苦しい。突然、僕はどうしたというのだろうか。
虚ろな目で空を見上げると三日月が映った。
ドクン。
心臓の音が大きくなって、発作がひどくなる。
「何なんだ……よ……」
さすがにこんな場所で倒れたくはないのだが、意識はもう朧げだった。痛みと苦しみによるものなのか、それとも何か他の――
「おい、大丈夫か!?」
「……気持ち……悪くて……」
倒れそうになった肩を支えてくれたのは深い緑色の髪の青年だった。
「近くに俺の教会がある。連れてってやるからしっかりおぶさってろ」
「……ごめん……なさ……」
「ばーか、謝るな」
それが、僕が彼と出会った最初の出来事。一年前の誕生日の宵のお話──
──
「……っ、ふう。いやあ黒羽くんも大変だねえ、この性質は」
「ホントにな。それは半妖である俺も同意する。とりあえず早く服を着ろ」
それから一年後の三日月の夜、教会の一室のベッドの上に一糸纏わぬ姿の金色の髪の男が腰かけていた。深い緑色の髪の青年は慣れた手つきで彼に下着と衣服を手渡す。
「サンキュ。本当、黒羽は初めての変化の時に織部、お前に出会えてラッキーだったな」
服を身に着けながら青年は呟く。
「そうだな。しかも黒羽の方にはこうなっている──大人の姿になっている時の記憶はないんだろ?お前の言葉を信じるならな。下手に家や学生寮にいたらそれこそ大騒ぎになる、それに──」
「体が急に成長するから服が裂けるし、着替えもない状態になるもんだからな。色々大問題だろ。特に黒羽は、すごく硬派で真面目なんだよ」
そう、体のサイズが変わった際に服までサイズが変わるというのは現実的にはあり得ない。その度に服を買い替えることになると大変なので、両方の記憶を持つ青年が織部に、黒羽が苦しみだしたら風呂場か寝室に案内して服を脱がすことと、大人の間の衣服を置かせて貰えるように頼んだのだ。
「初めはびっくりしたぜ。だって、連れて帰ってベッドに寝かせたら、発光現象とともに目の前で成長して……髪の色も目の色も変わるとか……」
織部はそう言うと紅茶を青年に差し出す。
「だろうな。俺自身驚いたんだぜ?確かに黒羽の父親は桂男だけどな、あいつは母親譲りの黒髪で、今まで半妖の―ゆら―の性質は全く出ていなかったから何もないんだとばかり思ってた」
紅茶を一口啜り、青年は小さく息を吐く。
「一番厄介な形で出たんだな。まあ、俺も蛟の半妖だ。なんとなく黒羽が普通の人間じゃないってのはわかったんだよ。ま、だから助けたんだがな」
織部はそう言って自らの毛先だけ赤く染まった髪を指にくるりと巻いた。
「綺麗だよな、そのコントラスト。ほら、大体蛇のあやかしは紅い瞳だからさ。ヤマタノオロチは鬼灯色の瞳だったか」
「……この髪の色を綺麗というお前の神経がわかんねえな、虚月」
「またまたー。嬉しいんじゃないの?織部。赤くなってる」
織部はそっぽを向いたまま、一通の手紙を青年に差し出した。
「どうでもいいことを言ってる場合じゃねえんだよ。仕事だ」
「仕事?さーて、今度はどんな仕事かなっと」
青年は弾むようにそう言うと手紙の封を切り、便箋を取り出す。
踏切怪人を追え
「何これ」「何だこれ」
ふたりの声が重なる。便箋に書かれている文字はそれだけだ。
「踏切怪人?」
「ドラマのタイトルか何かか?特撮か?アニメか?」
疑問は尽きないがこの手紙は正式な仕事の依頼書だ。決して、お遊びではない。その証拠に手紙の差出人の名前は――
「なるほど、鏡界の世界防衛機構シルーディア、しかも四天王ですか」
「四天王の誰かまではわからないがな。このサインは四天王しか使えないはずだ」
青年は紅茶を飲み干して立ち上がる。
「じゃ、お仕事といきますか織部」
「よし、その怪人をぶった切ればいいのか?」
「ダメだ、まずは情報収集から始めなきゃな。ここってパソコンとインターネットは使える?」
青年の言葉に織部は押し黙る。
「……ああ、ダメ?じゃあネットホテルを探して泊まり込みで調べてくる。そうだなあ、明日の朝食の準備でもしてて!」
織部は青年に武器である仕込み銃を渡すと、教会の扉に鍵をかける。
「じゃ、行ってくる」
金の髪をふわりと月光になびかせて。青年は「仕事」のために動き出した。
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「踏切怪人ねえ」
一方教会に残った織部は自室に戻り、テレビのスイッチを入れた。基本的に今この日本のすべての住宅にはテレビが設置されることになっている。マヨイゴ対策の一環であり、もしもの際には警報がなる仕組みになっている。
「次は人気急上昇中!FoMalhautのおふたりです」
アナウンサーの解説によればFoMalhautは最近人気急上昇の爽やか系男性コンビボーカルユニットで俳優もこなすSubaRuさんとUtsuRoさんのハーモニーが魅力らしい。
「ふうん」
対して曲に興味はないが、声は確かに綺麗だ。そして顔立ちも整っている。UtsuRoの方は少し血色がよくないようだが、ちゃんと食べているのだろうか。
次に紹介されたのは夏樹 帳というロック系シンガーソングライター。個人的にはこいつの曲の方が好きだ。しかし、何故セットに大量の鶏のぬいぐるみが置かれているのだろうか……
ぐう、と思わずおなかが鳴る。
「……今日は焼き鳥丼にするか」
蛟の半妖だからかはわからないが、織部の大好物は鶏肉である。
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「アニメとか特撮ってなかなか面白いねえ」
時間が早かったのもありあっさりとネットホテルの一室にチェックインした青年は優雅に飲み放題のフリードリンクを飲みながらノートパソコンとにらめっこしていた。
「踏切怪人」で検索したところ、まあ想像した通り特撮やアニメのキャラクターがひっかかった。そこでマイナス検索をしてみたのだがそうすると今度は情報がない。そこで、もしかしたらヒントになるかもしれないと思い、検索で出てきたアニメと特撮の動画を見てみることにしたのだ。
見てみたら思ったよりずっと面白い。もちろん仕事の一環としてメモを取ることは忘れないが、純粋に楽しんでいる自分もいた。
「……黒羽はアニメとか特撮とかってあんまり見れなかったんだろうな。厳しいもんね、あの家……」
ぱきり、と口に含んだチョコレート菓子を折って青年は呟く。
「……下手したら俺よりあの子のがオトナだよな。まあだからこそ……俺がこういう自由奔放な人格になったんだろうけど」
動画を見終えたので、次は踏切怪人について解説してあるページを見る。
「えーとなになに?特撮作品はんなり戦隊コトレンジャーはいわゆるご当地ヒーロー作品である。作中に登場する怪人は京都の言い伝えを元にしているものが多い。(中略)踏切怪人の回の踏切怪人は最近公開されたばかりだが、こちらは今この京都の学生の間で密かにささやかれている「都市伝説」がモデルという考察もされている」
「……学生の間の都市伝説か……」
青年はため息をつく。満月が終わるまで元の姿には戻れないが、学生の間の都市伝説ならどう考えても調査の適任は黒羽だ。
「……じゃあ他の学生に頼むとしますかね」
青年はどこかへ電話をかけた後、アニメを色々見て満足したところで眠りについた。
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「……都市伝説、踏切怪人?」
桜導高等部支部の部室で銀朱から急に噂を聞いて青磁は首を傾げた。
浅黄はまだ来ていない。
「そう。踏切怪人。烏丸くんは聞いたことはない?」
「それ、あの特撮のはんなり戦隊コトレンジャーじゃなくて?」
銀朱は小さく頷いた。
「オレ、基本スイーツが守備範囲だからあんまりそれ以上の情報は拾ってないな。けど、この場所で言うぐらいだ。実際に誰か巻き込まれた?」
「うん。同級生が数人。ちゃんと無事に帰ってきたけれど、少し記憶が曖昧なの。もし、マヨイゴが絡んでるんだったら私たちでなんとかしないと」
「まあ、それに異論はないけど。五辻さんは詳しいこと知ってるの?踏切怪人について」
「基本的には、あの特撮とまったくおんなじみたい」
そう言うと銀朱はプリントアウトした資料を青磁に差し出した。
──踏切怪人
京都で最近囁かれるようになった都市伝説。
霧の深い夜、二条の近くのとある踏切を渡ろうとするとマントと仮面を被った怪人が歌う。その声はとても綺麗で引き込まれてしまう。怪人は「こっちへおいで」と手を差し出す。しかし、その手を取ってはいけない。その手を取るとどこかに連れていかれてしまうから。
風の噂では―実際怪人に会った者たちは彼のことを悪く言う様子はなかったという。そのため、実は踏切に別の怪異が巣くっていて、踏切怪人はむしろそれから巻き込まれそうになった人を守ったのでは?という見解もあるようだ。
また踏切怪人といえばはんなり戦隊͡コトレンジャーの最新話でも知られ、歌手にして俳優であるFoMalhautのSubaRuが踏切怪人を演じたことで話題になった。この話では踏切に巣くう別の怪異をレンジャーと怪人が協力して倒すという筋書きになっている。
「なるほどね。じゃあ、霧の予報でも見て、実際に行ってみようか」
青磁はプリントアウトされた資料をファイルにしまう。
「わかった。霧の予報は……鴇さんに調べてもらう」
「うん、それがいい。鴇は情報とメカには強いからね。ついでに踏切に巣くってるらしい怪異の方も検討が付けばいいんだけど。霧に紛れるあやかし、とかね」
銀朱はパソコンを起動し、すぐに鴇に連絡を取った。数分後には「了解した」と短いメールが返ってくる。
「さて、数日後には新生桜導の初仕事かぁ……」
青磁は部屋に置かれたプレートを立てる。
桜導高等部支部長―烏丸 青磁。軽い木でできているのに、そのプレートは不思議なほどに重く感じられた。
「……絶対に成功させよう」
ぼそりと呟いた銀朱に、青磁は頷く。やがてメールが返ってきて、数日後に霧が発生しそうだということが明らかになった。初仕事は、もう目前に迫っていた──




