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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
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9話新たなる幕開け

 2040年4月7日。桜はもうすっかり散ってしまっていた。

「ふわあ……」

 今日は華茶花学園と、華茶花大学の入学式だ。

「本当にオレが……桜導の高等部の部長なんかで……いいのかなあ」

 昨日はすぐに寝てしまったけれど、必要以上に早く目が覚めてしまった。もう一度、メールの文面を確かめる。そこには変わらない文字と事実。スクロールすると鍵の引継ぎのために少し早く校門前に来てほしいということだったので眠い目をこすりながらこうして一足先に自宅から学園へやってきたのだった。

「おはよう、烏丸くん」

「おはようございます、月輪先輩」

 校門に佇む彼の髪が風にふわりと舞って陽の光に透ける。綺麗な人だよなと、青磁は改めて思った。

 でも同時に――

(あれ?今一瞬姿が揺らいだ……ような?)

 不自然なほどに儚い存在にも見えた。まるで春の日差しの中で、溶けて消えてしまいそうな……

「烏丸くん。まずはこの鍵を渡しておくよ」

 渡された銀の鍵は、軽いはずなのにとても重かった。責任を背負うのはどちらかといえば青磁は苦手だ。

「確かに受け取りました。でも、本当にオレでよかったんですか?浅黄の方がオレよりずっとしっかりしていますよ?」

 その言葉に彼は首を横に振る。

「だからね、書記は下鴨さんにお願いしたんだよ。会長やリーダーやそういうものはカリスマというか人を惹きつける魅力と……そして実戦能力が必要だから」

「……オレは強くはないですよ?紺の救出作戦の時だってへばってましたよ……?」

「烏丸くん。君の力は……君自身に自覚はないと思うけど、間違いなく規格外なんだ」

 その言葉に、青磁は言葉を失った。規格外?オレが……?

「……海松と初めて戦った時のことを覚えているかい?」


「はい、そこまでー」

「!?」

 青磁の明るい声とともに重力は嘘のように消える。

「……隙だらけだよ、キミ。背中ががら空きだ……」

 いつもとは違う低く冷たい声。本気の殺意を感じ取り、海松はびくりと体を震わす。

「……お前……なんなの……?」

(忍びの末裔だからって、いくら何でも気配がなさすぎる……!そもそもどうやって重力を無効化したんだよ!?)

「……何だろうね?忍びの末裔?うーんただの高校生、かな」

 その時、遠くでコケコッコーと鶏が鳴いた。

「う……あ、朝か……ここは……退こう……ああ、兄さんに会うつもりが最悪の夜だ…」

 海松はそう言うと煙のように消えてしまった。



「……あの時、君はあの重力を無効化した。あの場の誰ひとりとして手も足も出なかったのに。僕自身も正直あの後色々調べたよ。辰砂にも尋ねた。海松と同じ疑問を抱いたから。()()()()()()()()()()()って。なるほど、君が家系的に忍びの末裔ということは間違いない。前世が特殊であり、【闇吸い】の一族だったことも知っている。しかし、それでもあの力の強さは異常だ」

「……」

〈キミは前世に色々あって……まあ狙われやすいんだよね。だから、ボクの相方であるキミのためのお守り〉

 今ならばあの日に天河石に聞いた言葉の意味が分かる。

「……オレの前世は【闇吸い】の一族。名前はアザミ。臙脂の前世、ハゼの恋人であり、この手で彼を――焔竜を屠った。だから、彼を慕い、今も臙脂を慕う【人ならざる者】に狙われやすい。そこまではオレも理解しました。でも、あなたが言っているのは、それ以上の何かがあるということですよね?」

 真赭は小さく頷く。

「君の強力な力がその源が何であるのか、烏丸くんにとって良いのか悪いのかは、今はまだ何もわからない。だけど、その力を君ならばきっと正しく使えるはずだ。……だからね――」

 真赭は耳元で小さく囁いて、大学の構内へと向かった。

 残された青磁の耳から、その不吉な言葉は離れてはくれなかった。

「もし、僕が敵になったら、桜導のみんなを守って。そして僕を――殺して」



 ――

 その頃、一年生の教室。

 がらんとした誰もいない教室に迷うことなく入ってきた黒髪の少年は小さく息をついた。

「……集合時間の30分前か。よし、問題なく学園生活を始められそうだな」

〈ふむ、朝の空気はなかなかにおいしいものだな。黒羽〉

「石英。ついてくるなとは言わないが、人前では喋るなよ。いらぬ騒動を巻き起こしたくはないからな」

 黒羽の言葉に、石英と呼ばれた皇帝ペンギンのぬいぐるみはぱたぱたと羽を動かす。皇帝ペンギンのぬいぐるみといってもモノクルに緑のマントというスチームパンク調。どこで売っているのかは謎だ。

〈ここはそういう能力者の学園だろう?別にいいんではないかな?〉

「良くない。そもそもこうしてぬいぐるみと話しているところなんて誰かに見られたら――」

「……ふむ、一番乗りではなかったのか」

 教室のドアががらりと開いて、白灰色の髪の少年が入ってきた。背は黒羽より低く、纏っている雰囲気も幼い。少なくとも16才には見えないから、飛び級制度の生徒だろうと彼は理解した。

「ところで、お前、今その鳥のぬいぐるみと話しておらんかったか?」

「まさか。気のせいです。そもそもぬいぐるみが喋るわけがないでしょう?」

 この言葉に少年は指を振る。

「いやいや、わからぬ。何せマヨイゴがあちこちに出没するような世の中じゃ。というより喋ったほうが面白い。喋るぬいぐるみというのは憧れではないか?」

〈はは、これは愉快な少年だ〉

「石英!喋るなと……!」

 石英は喋るだけでは飽き足らず、黒羽の鞄から飛び出して、ぺこりと一礼。

〈初めましてだ、少年。私は石英。そして契約者はそこにいる司道黒羽。そして後ろにふわふわ浮いておる石妖を見るに君も契約者というわけだな。ここで出会ったのも何かの縁であろう。よろしく頼む〉

「え?石妖!?しかも、玻璃が見えるじゃと?」

 彼は驚いたように目を丸くする。

〈あら、珍しい。それとも石妖同士は生まれ故郷が同じですからわかるものなのでしょうか。初めまして、わたくしは玻璃。こちらの正親月白(おうぎつきしろ)の石妖をやっております。このような幽霊の身では怖がられることも多いのですが、月白に害をなさない限りは決して害をなす存在ではありませんので、怖がらないでくださいませ〉

「幽霊の……石妖……」

〈ふむふむ珍しい。これは珍しい。楽しくなりそうだ!〉

 石英はくるりと一回転して鞄に戻る。廊下からたくさんの人の声が聞こえ始めたからだった。

「……改めて司道黒羽という。正親月白さん、初めまして。石英の言うとおりに縁なのかもしれない。よろしく」

 黒羽が差し出す手を、月白は戸惑いながら握る。

「正親月白だ。堅苦しいのはあまり好かないから特別に、月白と呼んでもいい。その……正直この土地には慣れていなくてな。お前は飛び級だということや玻璃のことなどでぎゃーぎゃーと騒がしくするタイプではなさそうだから、その……な、仲良くしてくれ」

 照れたように顔をそむける月白に、

「ああ、よろしく。月白」

 黒羽は優しくそう言った。


 ――

 式が終わり、簡単なホームルームを経てすぐに初日は終了。

「うふふ、今日はFoMalhautの新曲 NewDaysofSpringの配信日――」

 最近お気に入りの男性ボーカルユニットの新曲配信日ということで、私こと金木彩花(かねきあやか)は駆け足で校門を出る。

 FoMalhaut(フォーマルハウト)は最近人気急上昇の爽やか系男性コンビボーカルユニットで俳優もこなすSubaRuさんとUtsuRoさんのハーモニーがとても綺麗。歌詞はふたりのどちらかが書いているのだとか。

 私はもうひとりとばりん――こと夏樹 帳さんの曲も大好きだけど、こちらは炎を秘めたロック系。配信曲のジャケットのどこかににわとりのぬいぐるみが映っているのがまた可愛い。

 そんな帰り道。

「あれ?」

 公園の池の前で佇む女の子を見かけて声をかける。制服が似ているから多分、華茶花の子だ。

「どうしたの?」

「……あなたは……」

 綺麗な女の子だった。睫毛の長い深い藍色の瞳に、ゆるくカールしたビリジアンの髪の毛。

 なぜか私を見て、驚いているようだった。

「……彩堵さまの……妹……」

「……私にはアヤトっていう兄がいるんだって……れっぴーにも昔言われたけど……ごめんなさい、私は何も覚えていなくて……」

「覚えていないですって!?」

「ひゃ!?」

 彼女はそう言うと私の胸倉を掴んで、強い目で睨みつけた。

「どうして……妹であるあなたまでどうして!……いいえ、ごめんなさい。本来は覚えていることの方がおかしいのでしたわ。……世界から存在を消されるというのはそういうことなのですから……」

 彼女はひどく哀しそうな顔をして、そっと手を離した。

「無礼を謝罪します。私は音無 藍(おとなしらん)。この春から華茶花学園に入学しました。しかし、こちらはまだわからないことも多くて、虫のいい話ですが、仲良くしていただけるとありがたいですわ」

 ふわり、と風が舞う。

「あ、待って……」

 次の瞬間には彼女の姿は消えていた。ただひとつ確かなのは。

 あの子は間違いなく、恋をしているのだ。あれはそういう瞳だった。

「あなたは本当にいるの?いるとしたならどこにいるの?どうして私は……忘れているの?お兄ちゃん……」

 応える声はない。私は公園を後にして、家へと向かった。


 ――

「それでは進学と進級を祝してかんぱーい!」

 一方その頃。京都市内のPenバーガー。パーティー用の一室に桜導のメンバーが集結していた。

 入学式後の引継ぎの打ち上げというか景気づけというやつである。

 机の上にはたくさんのペンギンバーガーや春の新作ドリンク SAKURAふろーずんやちぇりーすいーとなどが所狭しと並べられメンバーは思い思いに楽しんでいる。

「進学と言われてもエスカレータ―式だからそれほどめでたさはない気もするが……」

「瑠花、一応試験に落ちてたら進学はできてないからね」

 正論を口にする瑠花を紺はやんわりと否定する。

「いきなりラブラブだねー紺と瑠花は」

「そういう臙脂だって菜花といい感じでしょ。聞いたよ?休日はカフェのお手伝いしてるって」

 思わず臙脂はむせた。

「な、ななななどこからそれを」

「いいじゃないですか、悪いことしているわけではないんですし。あ、聞いたのは青磁くんからです」

 浅黄はおっとり、にこにこした口調で言う。

「オレの情報網はなめたらダメだよ?んーしかし鴇とか浅黄とかも浮いた話かあ……桜導はカップルだらけだね☆」

 この場にいない鴇と夏向はこの時盛大にくしゃみをしたに違いない。

「な、ななななななな」

 一方浅黄は耳まで真っ赤になりながらすごい勢いでアイスティーをすすっている。

「ふふ、青春だね」

 真赭は優しそうな表情でそう言って、ちまちまとフライドポテトを口に運んでいる。

(……今日の朝のあの感じとは全く違う。確かに真赭先輩はここに、いる)

 青磁は願っていた。耳について離れないあの言葉が決して現実にならないように。

 ――もう二度と、この手が、大切な誰かを傷つけないようにと。


 楽しい時間は過ぎるのも早い。あっという間に日が暮れて、それぞれが家路を急ぐ。

「風が少し、出てきたな」

 夕焼けの空に光るは宵の明星。それが強い風で流されてきた雲によってさあっと隠される。

「……強くならなくちゃ。オレも……」

 桜導の高等部リーダーとしての重圧。そして理由がわからないままだが強い力を持つことの責務。正直ひ弱なこの肩に乗せきれるかどうかはわからない。しかし、それでもやるしかない。

「……きっと力と覚悟がなければ……オレ達はすべてを喪うことになる」

 そんな、予感があった。

 心のどこかが、翳った空が警告する。何かが動き出している。

 隠れた宵の明星は問いかける。 何かを背負う、覚悟はあるか?

「……決まってる。オレは、オレ達は……戦うだけだ」

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