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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
24/45

8話 目醒め

2部本格始動です。

ほんのり匂わせる程度の性描写があります

 昏い世界にはらり、ひらりと桜が舞う。

 ある立ち入り禁止区域の隠された洞窟の奥深くにその場所はあった。

「そろそろ目覚めはる頃かしら……?」

 普段通りの衣装ではなく、漆黒のドレスを身に纏い、上終 櫟は部屋の中央へ近づく。

 桜の樹のあやかしを疑似石妖にし、そして生命力を注がせることで咲きほこらせた大樹の下。散り始めた桜の花びらの下から、あまりにも景色に不似合いな黄色の液体に満たされた容器が覗いていた。

「早くお会いしとうございます……エクリプス様」

 何度こうして声をかけたか。どれほど目覚めを待ったのか。

「今日も貴方はまだ目覚めはらない……いいえ、いつまででも待ちますえ……」

 櫟がそう言って立ち去ろうとした瞬間、変化が起きた。限界を迎えた桜が枯れ始め、それを合図にして、容器の蓋が開く。

 そして容器の中の銀色の髪の男がそっと、その瞳を開いた。

(……おれは、だれだ?)

 美しくも妖しい赤と金の瞳がじっと櫟を見つめている。

「ああ、お目覚めになられたのですねエクリプス様……わたくしはずっとこの時を待っておりました……」

 彼女はそう言うと、容器の中に満たされた液体を抜き、彼を拘束していた留め具やチューブを丁寧に外していく。

「えくり、ぷす」

「ええ、そうですわ、エクリプス様。わたくしは上終 櫟(かみはてくぬぎ) です。櫟、とお呼びください」

「おれは……エクリプス。お前は、くぬぎ。わかった」

「では、エクリプス様。早速ですけれど……」

 彼女はそう言うと容器の中で上半身を起こしていたエクリプスの裸体を容器の中へ押し倒す。

「今の貴方にはまずはマナが必要です。もっともこのマナという呼び名は旧世界のものですが、そうですね。いうなれば生命力や魔力のようなものとお考え下さい。これがなければすべての生物は生きていけません。私や貴方でさえも。ですから……どうぞ、このわたくしを【喰らって】くださいませ。この身はすべてあなたへ捧げます」

 彼女はそういうとためらいなく身に着けていた衣服を脱ぎ棄て……容器の中でエクリプスと繋がった。

(ああ……とても気持ちがいい……桁外れの力……を感じて……熱い……蕩けて、しまう……)

(……これが、マナ、というものか……よくわからないが……力は湧いてくるな……)

 マナリンクのための行為を終えたふたりは、静かにこの隠された部屋を後にする。

「……まずは入浴ですね。それまでには服も私の疑似石妖に用意させておきましょう。お気に召すと……よいのですが」

「……おれには記憶がなく、エクリプスという名前しかわからない。迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」

「は、はい!」

 少し照れ臭そうに顔を赤くして櫟は嬉しそうに微笑む。

 こうして人知れず日蝕をもたらすもの、エクリプスは復活を遂げた。



 その頃リア・クロス本部には蒼が入手したエクリプス計画の解読結果が届いていた。

 その結果を受け取った蒼は、泉神社の部屋で顔を曇らせる。

「エクリプス計画……胸糞が悪すぎるぜ……」

<ああ、同感だ。発案者は……上終櫟と……月輪紫土>

「史上最凶のコンビって感じだな……」


 エクリプス計画とは

 鏡界から我が妻 白夜 が迷い込んできたことがすべての始まりである。

 彼女には白澤の知恵と能力が備わっている。

 そこで生まれた子ども――白澤の半妖たる特徴である白い髪と角を持つ被検体No1にまずは母親のすべてを折り取った角から移植する。

 続いてもう一本の角も折り取り、被検体No2 通称【本】を作成した。

 ここで白夜は力尽きた。遺骸は別の場所に安置、何かに使える可能性がある故。

 No1順調に生育。No2ロストエデン研究施設にて経過順調。知識移植の拒絶反応なし。

 特殊水晶システム構築に関わった協力者上終 櫟を計画のメンバーとして正式に採用。

 No1に純度の高いエクリプスを融合するつもりが、【繚乱】とかいうガキどもが邪魔をしやがった

 櫟に任せたらほぼ全員瀕死になった。ざまあみろ。記憶も世界から消してやった。

 リーダーである【アヤト】を気に入って櫟が持ち帰ってきた。試しにエクリプスの融石魔術を施す。

 意外なことに最高に適合した。櫟に彼のことは任せることとし、しばらく安定と覚醒を待つ。

 問題は、No1の処遇だ。今や当主代理、生徒会長にまでなっている存在をいきなり消してしまえば怪しまれる。

 そこで卒業まで待つことにした。しかしこうなると御蔭朽葉が邪魔だ。櫟に始末を頼む。

 No1は捕らえて、エクリプスの予備とする。代償反応が起こればそれまでだろうがなるべく起こさないように少量の融合から始める――


「はあ」

 蒼はPCの電源を落として、畳に寝転がる。

<思うところがあるんだろ、雫。父親に振り回された身としては>

「それもあるけど」

「……こいつ、一度も子どものことを名前で呼んでないなって。多分子どもの方は認められたくて勉強とか頑張ったんだろうけど、こいつにとっては子どもじゃなくてただの被検体なんだなって思うとちょっとな……」

<子どもは親を選べないからな……典型的な毒親というか猛毒親だなこいつは>

 蒼はそういうと体を起こす。

「……朽葉はこれを見て、どう思ったんだろうな。それよりも俺が心配なのは、本人が生きることを望むかだ」

 ここまで性格の悪い相手だ。おそらくはすべてを捕らえた被検体――月輪真赭に全部聞かせているだろう。

 朽葉は彼にはアヤト、の記憶はないと言っていたが、間違いなく無理矢理に思い出させられる。

 そして彼は自分を憎むだろう。誰よりもアヤトを慕っていたのだから。そして朽葉の目がああなったのもそのせいだと。

「……リア・クロスの行動原理は【助けを望む者を助け、生きたいと思うなら生かす】だ。もしも彼がそれを望まないのなら……朽葉はともかく、俺たちは介入できないことになる。だが、櫟も紫土もひとりで戦うのは難しすぎる。まあ、あのふたりはそのうち桜導にも喧嘩ふっかけては来るだろうけどな」

 彼はそう言うと立ち上がり、服を着替えて出かける支度を始める。

「そろそろ待ち合わせ時間だよな。綺麗なお姉さんとの」

〈ああ。少し驚いたけど、前の時のお礼もしないと……そして彼女とその彼氏からは有益な情報が得られそうだ〉

「じゃ、行きますか」

 美しい蒼い龍が泉神社の敷地から飛び立っていった。



 ――

「ふう、すっかり遅くなっちまったな」

〈大丈夫だ、いざとなったら私が真の姿でマヨイゴなど蹴散らしてくれる!〉

「大将ーラーメンひとつ」

「いらっしゃい、いつものだね?」

 赤橙色の髪のギターケースを抱えた青年が鴨川沿いの屋台の椅子に腰を下ろす。

「ああ」

 彼の肩には炎色の鶏が乗っているが大将の方に気にした様子はない。大将と呼ばれる割には見た目は若く20代前半にしか見えない。よく見るとぴこん、と狐耳が生えていた。

「はい、あやかしラーメンお待ち」

「ありがとう」

 おいしそうに湯気を立てる器を受け取って、たっぷりスープのしみた油揚げにかぶりつく。

 それから麺をすする。美味い。

「はあ……本当美味いよなあやかしラーメン……」

 彼はうっとりした様子でそう言った。

「いやあ、お兄さんの歌ほどじゃないと思うけどねえ」

「え、知ってるんですか俺のこと」

「そりゃあ、テレビに出てるし、娘が…璃衣が大ファンだからね。夏樹 帳(なつきとばり) 。売れっ子のシンガーソングライター」

「改めて言われると照れますね。俺はただ歌いたいから歌ってるだけで……」

<帳は褒められるのに慣れてないからな>

<ほっとけ、(あきら)

 肩の上の鶏が羽を少しぱたぱたさせた。

「いやいや、立派だと思うし、好きだよお兄さんの歌」

「……じゃあ今考え中の新曲をワンフレーズだけ……」

 彼はそう言うと小さく歌い始める。その歌がやがて新たな出会いに結びつき、少し彼の人生を変えるなど想像もしないまま。



「はあ、やっぱりとばりんの歌はいいやー!」

<とっとと寝ろ。明日は入学式だろ>

「はいはい。おやすみ、れっぴー」

<れっぴーって呼ぶな!……まったくこの兄妹は……>

 言うなり寝息を立て始めた少女を見て、れっぴーと呼ばれた存在は複雑な表情をする。

<……オレがこうしてまだ存在しているってことはどっかでまだお前は生きてるんだろうな、アヤト>

 れっぴー……いや、鱗石(れぴどらいと) の本来の主はこの少女の兄、名を金木彩堵(かねきあやと) という。

<けど、お前が大事に守ってた妹は……彩花(あやか) は……お前のことまったく覚えてないみたいだ……>

 一度だけ、兄の写真を彼女に見せたことがある。

 彼女はきょとんとして、

「かっこいい人!この人だあれ?」

 ……ショックだった。兄と妹は仲が良くて、お互いを大切に思っていたのに。もちろん彩堵にも彩花にも罪はない。記憶を世界から消されるというのはそういうことだ。

<……いつか、記憶を元に戻させてやる……あの女、あの男……アヤトの大事な親友、灰楠(かいな) を殺し、アヤトからすべてを奪ったやつら……オレは絶対に許さない……蛇は執念深いんだぞ……必ず……>



 ――

「……」

 ベッドの中でなんとなく眠ることができずに、烏丸青磁(からすませいじ) はスマホの画面を見つめていた。

「……本当にいいのかな、オレで」


 烏丸 青磁 

 君を華茶花学園高等部 桜導支部の会長に任命する   月輪真赭


「……うん、まあやれるだけやってみよう……か……ふあ…あ……」

 眠ってしまった彼の手から、するりとスマホが滑り落ちた。


 様々な思いを胸にそれぞれの夜が更けていく。

 そして夜明けとともに、新たにすべてが動き出すのだ――

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