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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
23/45

7話 白の願い、緋の断罪

 ――

「……真赭さんが……白夜さんの……子ども……?」

<ええ。あら、貴方はもしかしてまそおをご存知なのかしら。金色の髪に紅い瞳。とても可愛くて優しい子よ>

 白夜の言葉に違和感を覚えて臙脂が聞き直す。

「金色の髪?俺が知っている真赭さんの髪は、雪のような白髪ですよ?貴方のような」

 これに、白夜は首を傾げる。

「白髪?わたくしのような?でもあの子はいわゆる【ゆら】で白澤の力は強いからと生まれてすぐにあの方と封印を……」

「俺が桜導として真赭さんと出会ったのは大体一年前ですけど、生徒会長になった時からも髪の色は白かったような」

「……そう、ですか……」

 今の時代のこの日本では、鮮やかな色の髪の子どもはそれほど珍しくもない。白や銀も数は少ないが特別視されるほどの存在でもない。それなのに白夜が考え込んでいる理由は――

「……つまり封印が解かれた、そう言いたいんやな?」

 和希の言葉に白夜が頷く。

<……わたくしは白澤の血を引くとされる家系の中では一番の落ちこぼれでした。力も知識も満足には使えない。ですが、わたくしの中に流れる血と宿る石は……そうではなかったと気づくのが遅すぎたのです>

 白夜はそう言うと目を伏せた。

<あの方は、わたくしの夫は……出会ったその日の夜にわたくしと交わりました。それは体内にある石から溢れたマナが血や体液に融けることを知っていたから。その後も何度も何度も毎日のように執拗に繰り返し、彼はわたくしの……白澤の叡智を手にしていきました。その過程で生まれ落ちたのがあの子、真赭なのです。生まれなかった子は……儀式に使われたようですね……>

(なるほど、元々知識を得るだけに行為を繰り返していたなら、子どもに愛情なんてなかったんやろうな……)

 白夜は続けた。

<あの人は、子どもとなんてあの子のことは思っていませんでした。ただ美しく能力の高い至高の道具と……器としか。だからこそわたくしはあの子を愛し、あの子のそばにいたかったのに……>

 行方不明になったあの子が記憶を失って帰ってきた翌日。

 あの人は好都合だとばかりに封印を解き、そしてさんざんわたくしを辱めた後に二本の角を折りとって……マナを集めることができなくなった白澤は――わたくしは角に思念の残滓を残して、朽ちた。

「……聞けば聞くほど下衆野郎だなそいつは」

「……まったくだ。白夜さん、最後に応えて欲しい。エクリプスプロジェクトに聞き覚えは?」

 蒼の問いに白夜は首を横に振る。

<存じませんわ。ですがろくでもないことだと、おそらくあの子を犠牲にするつもりなのだろうことはわかります……わたくしの願いはただひとつ。あの子を誰か助けて……もうこれ以上あの子を壊さないで……あの子は……幸せになって……いいのよ……>

 限界だというように黒い水晶が弾けて、角も砂になった。

「……月輪紫土(つきのわしど)……最低最悪の下衆野郎だな本当に。一発殴りてえ」

 押し殺した声で臙脂が言った。

「ほんま」

「異論ねえな。むしろ殴るぐらいじゃぬるい」

 その場にいた全員が同意し、部屋を後にする。

「さて、長居は無用だ。帰ろうぜ」

 3人が研究所の重い扉に手をかけた瞬間――

「逃がしませんわよ。あら、こんなにもイケメンがたくさん。どんな声で啼くのかしら?ねえ、楽しませて?」

「……砂漠薔薇……!」

 頬と衣装を緋色に染めた砂漠薔薇が3人の背後で薄く微笑んだ。


 ――

「うん、ここみたいだね」

「ここに、砂漠薔薇が……」

 夜闇に紛れて人通りのいない道を一匹の巨大な茶トラとポニーテールの少年が駆け抜ける。

 砂漠薔薇の匂いをたどって辿り着いたのは山の中の苔むした階段だった。背中から降りた海松(みる)は、ぎゅっと震える手を握り締める。

「大丈夫だよ。俺が傍にいるから」

 海松は戸惑いながら差し出された手をぎゅっと握る。温かかった。

(触れても、呪われない人……)

 苔むした階段を降りると、閉ざされているはずの扉は開け放たれていた。

 そして破壊音や炸裂音。

「……先客か。ちょうどいい、協力して確実に仕留めよう」

「……わかった」

 ハルの手招きでふたりは空き部屋へ逃げ込む。海松が土人形を生成し操るには実は司令塔がいる。そしてその司令塔を壊されると動かなくなるので少し離れた場所に仕込んでおく必要があるのだった。

<……目覚めて>

 ここは山なので土には困らない。一掴みの土に、土でできた自らの一部を混ぜる。今回は指先。

<みゃあ……>

 たちまち土が意思を持ち、形を取る。今回はなぜか、猫の形になった。

「よし、これで君はボクの眷属だ。せいぜい暴れようじゃないか」

<みゃ!>

 司令塔の土人形を作れば、あとは海松の指示で分裂や量産が可能だ。準備は整った。

「海松、指痛くない?」

「平気。砂だから痛覚はないんだ。疲労とかは感じるけど…痛覚は初めから持たされていない」

「じゃあ、あとは参戦のタイミングの見極めってところかな」


 ――

「砂漠薔薇……てめえだけは許さねえっ!」

 焔を拳に纏わせて臙脂が砂漠薔薇に叩き込む。

「あら。私も以前よりは強くなりましたのよ?」

「てめっ、ちょこまかと!」

 砂漠薔薇は舞うように薔薇の蔓を上手く使い、臙脂の攻撃をかわす。

 それを見た和希がそっと目を閉じて意識を集中する。

「だったら、その蔓ごと壁に磔にしてしまえばええんやな!」

 床に散らばる歯車やガラス片や鎖が淡い光を放ちながらふわりと浮かび上がる!

「これでも……くらっとけ!」

 和希が手を振り下ろすと同時に勢いよくガラス片が砂漠薔薇の蔓に突き刺さり、続いて歯車がぶつかる。衝撃でふっとばされるその体に、鎖が巻き付いて動きを封じた。

「壁は無理やったけど、今なら動きが鈍くなっとるはずや!蒼さんもそろそろ本気見せて欲しいんやけど」

「……やれやれ。まあこいつの行動は身に余るよな、陽」

 蒼は小さくそう言うとフードをとる。金茶色の髪に赤と蒼のオッドアイ。

「……確かにな。少しおしおきが必要だろう、雫」

 いつの間にか蒼の横には黒髪の赤と蒼のオッドアイを持つ青年が姿を現している。服は身に着けておらず、肌を隠すのは一枚の白い布だけだが。

「頼んだぜ雨龍!」

「力を貸してくれ!晴龍」

 蒼と赤の光が重なり、美しい青と緑の鉱物の鱗と角を持つ龍が現れた。

<罪には罰を>

 龍は白い光を角に溜めると一気に解き放つ!

「ああああ!痛い……!」

 白い光に灼かれて、砂漠薔薇の薔薇の蔓が燃え落ちていく。

「へえ、痛い?うん、ずいぶん苦しそうだ、あんた。石妖アジュールマラカイトは特殊な石妖でな。この光は罪なき者には痛くもかゆくもない。ただ、色々傷つけた奴にはその分の痛みが倍返しされるって仕様なんだぜ」

「痛い……痛い…あああああああああ!」

 もう光は消えているのに、その残滓が砂漠薔薇の体を焦がす。内側からも、外側からも。やがて眼の位置の薔薇が焼け落ちるとそこには、契約歯車が埋め込まれていた。

「ああ、思った通りだ。あんたも疑似石妖だったんだな、砂漠薔薇」

 その姿を見て、陽が冷たく言った。

「疑似……石妖?歯車……歯車を……醜いワタシを……見るなああああああああァアア!」

「ちっ!」

 砂漠薔薇は自我を喪って暴れ狂う。薔薇の花びらが砂漠薔薇の色に変わり、鋭い刃となって襲い掛かる!

「アジュールマラカイト戻れ!陽も実体化を解け!」

 雫はアジュールマラカイトと陽の実体化を解き、代わりに水を纏った剣を手にしてすべてを斬り落とす。

「コロシテヤル……醜イ私ナド!認メナイ!見たモノは殺スーーーーッ!」

 全方向からの攻撃。少しだけなら和希の思念の力でとどめられるが他は――

「ドジったか、これは」

 諦めたように雫がつぶやいた瞬間、焔がそのすべてを焼き尽くした。

「……じゃあさ、死んで。そうしたら誰にも見られないし」

「外見だけ飾り立てたって無駄だよ。朽葉にあんなことしてただで済むなんて思うなよ……砂漠薔薇」

「ハル!……助かった。そっちは?」

「……海松!?」

 驚いた表情の臙脂に海松は冷たく言う。

「ボクがここに来たのは兄さんの仇のため。お前なんかに構ってる暇はないし構う気もない」

 パラパラと土を蒔き、土人形を錬成する。何故か猫型。

「臙脂君もとどめ、刺す?色々あるよね砂漠薔薇には恨みが」

「ありまくるから大賛成だけどどうしろと」

「簡単だよ。今から海松が猫の土人形を突撃させるときに、同時に焔を纏わせるだけでいい」

 臙脂はハルの言葉に頷くが、海松は顔をしかめる。

「共闘?ボクはこいつと組むとかいやだけど、まあハルがそういうなら今回だけ」

<…奔れ!>

 大量の猫の土人形が砂漠薔薇へ駆け出す!

「そんじゃ……焔を纏え!宿焔受!」

 猫の土人形がみゃああああと鳴き、焔を纏って加速する!

「君の生はここまでだ……【零の焔】<カウント・ゼロ>」

 ハルの生み出した白い炎が先頭の猫人形に宿り―

「「「灼猫夜荒!!!」」」

 激突した瞬間みゃあああああ!という鳴き声と共にすさまじい炎が燃え上がる!

「……あああああ……あ……そう……やっとこれで……わたし……は」

 砂漠薔薇は灰になり、契約歯車は跡形もなく燃え尽きた。


 ――

 昏い世界の中で思う。

 私は、触れたものを干からびさせるかあやかしのゆらだった。

 姿も醜く、気味悪がられて、だから鏡界から現世に下ろされたときは好機だとすら思ったのだ。

 それなのに……

「なんだこの醜い素体は」

 ああ、何も変わらないのだ。変わりはしないのだ。私は絶望した。

「まあいい、顔があれでも体が良ければ……」

「いや……だ…め…」

 私の初めては、研究所の醜い男に奪われた。可哀そうに、彼は私の干からびさせる能力をしらなかったから。

 翌日にはミイラになって乾いていた。

「……」

 どうしたらいいかわからず、研究所を抜け出して、裏山であの方に出会った。

 美しい、真っ赤な彼岸花が咲く中にあの人はそっと佇んで。

「あら……あんたはんの目の色……綺麗やわ……」

 こんな醜い私に手を差し出してくれた。ああ、たとえ血塗られた手でも、その手がどれほど温かかったか。

 やがて私は吸血鬼の血を混ぜ合わされ、疑似歯車を埋め込まれ「疑似石妖:砂漠薔薇」となった。美しくなった私はマナのために男ばかりを狩った。自分を蔑んできた相手を手玉にとれるのは心地よく。

 ああ、一体何人の男と交わり干からびさせてやったのか。痛みは快感になり、そして痛みを与えるのすら快感になった。

 砂漠薔薇。それは植物ではない偽物の花。決して愛で潤うことのない不毛の薔薇。

(だけど、櫟様。貴方だけは私に愛をくれたから――)


 疑似石妖は歪められた魂だ。おそらく転生の輪にも私は乗ることはない。

 かつて魔女は火あぶりにされたという。ならば淫らで命を奪う私はまさに黒の――「魔女」であったのだろう。

 火の中で燃え尽きたのも、おあつらえむきかしら。

 ぱきん。

 暗闇の中で、砂漠薔薇が散る。その破片はどこへ行くこともなく、ただ、黒へ解け、堕ちていった。

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