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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
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4話 踏み出した世界

 虹色の空間にいた。上も下もわからずにただ、ふわふわと浮いていた。

 首に体に絡まるのは鎖。その先に繋がるのは巨大な「結晶」だ。その結晶の中には、折れた角が閉じ込められている。結晶の色は蒼。

 哀しくなるような、綺麗な蒼だった。鎖を通じて流れ込んでくるのは、膨大な量の「知恵」だ。夢か現か、判断することもできない世界で、ボクの中にはただ、水のように知恵が流しこまれ続ける。

 自分という輪郭がまだはっきりとしないので、だんだんと自分というものがわからなくなっていく。きっと今のボクはひどく虚ろな目をしているのだろう。

 時間の概念がこの空間にあるかはわからないけど、ずいぶん長い間そうしていたような気がする。


 不意に、結晶がひび割れて、知恵の流れが、止まる。同時に空間が緋色に染まり、ビーッと鳴り続けるサイレンの中でボクは目を開いた。



「う……」

「無事か?」

 気づくとボクの体は、誰かに抱きかかえられていた。視界の右側に、粉々になった水槽のようなものがある。

「……あ」

 指を伸ばして、自分の体に触れてみる。濡れていた。そして服も身につけてはいないようだ。寒い、と思った。

「寒い?これでも羽織っててね」

 声の主はそう言って上着をボクの体にかけてくれた。温かい。

「とりあえず、ここを出るんが先決やな。その子、おれにおぶせて」

「大丈夫だ、私たちは君を傷つけたりはしないから、だから少し、おやすみ……」

 温かい手が、ボクに触れて、そのままボクは意識を手放した。


 


 ――

 誰かが言った。

「この子は――のスペア。たとえるならいわば、本。貴方はんがあのあやかしから折り取った知識の保存場所やね」

 じゃらりと鎖の音がする。

「これはちょっと特別な水晶やさかい。記憶を保持する記録者なんよ。レコードキーパー、とかいう名前の。水晶が角から知恵を吸い取って、その知恵を鎖を通じてこの本の中に保存する。そしてこの子の中に埋め込まれたトライゴニック水晶が対になっていて、この子の中に記憶を定着させる」

「本、か。確かにな」

 低い男の声がした。何故だろう、鳥肌が立つ。

「ただ問題は、多分この「本」あまり長くは読めんだろういうことやね。まあ、【儀式】の予備やさかい、構わへんよ」

(予備……?)

「そうだな。私の「最高傑作」の器も少しずつ育ってきている。拒絶反応も今のところはない。せいぜい、生まれ持った金色の髪が真っ白になったぐらいだ。まあ母親があのあやかしなのだから、違和感もないが」

 男は最後にひどく残酷な言葉を口にした。


「あのあやかし女一体からふたりも【儀式】の器が生まれ、さらにはお前も私も知恵を得た。ああ、本当に素晴らしい女だったよ。美しく、しかし扱いやすく、最高の【道具】だった!」


 


 ――


「……良かった、目を覚ましたわ!」

 次にボクが目を覚ました時、ボクは真っ白なベッドの上に寝かされていた。視界が、ゆっくりと鮮明になっていく。赤い髪に緑色の瞳の少女が、ボクの顔を覗き込んでいた。

「和希や智、ひなたちがあなたをここに連れてきたの。用事があるとかで今は出かけているけれど」

 少女はそう言うと、紅茶のように見えるものを差し出した。ふわりと優しい香りがする。

「魔女の特製ハーブティーよ。元気が出る魔法入り!」

「……いただきます」

 一口飲むと酸っぱい味。よく見るとその液体は綺麗なルビー色をしていた。

「赤は人に活力を与えるの。ローズヒップにハイビスカス!……どうかしら」

「うん、嫌いじゃないよ。……きみは……」

 彼女の瞳を見た時に、何故だかボクは懐かしい、と思った。会ったことなどあるはずもないのに。流し込まれた知恵の中にも、顔も名前もなかった。それなのに……

「……あなたは……」

 ふたりの感覚は一致した。

「「どこかで、会ったことがあるような……」」

 ボクと彼女は一瞬見つめ合い、すぐに目を逸らした。

「……なんてね。そんなことあるわけないか。私はリア。【幸せの魔女】。あなたは?」

「ボクは…」

 答えようとして、名前というものが自分にはないことに気が付いた。

「……本?」

「本?ブックってこと?……もう少し素敵な名前はないかしら?」

 リアはそういうと、手に持った機械で何かを検索し始める。そして「これとこれだわ!」と言ってボクに振り向いた。

「墨染 綴」

「すみぞめ、つづり……」

 その名前を口に出してみる。違和感はない。

「この国では筆に墨をつけて、文字を綴っていた。そして綴られたものがまとまったのが本だもの。きっとあなたにぴったりの名前!ね、ケアンゴルムもそう思うでしょ?」

<まあ、いいんじゃないか>

 少女の肩にはトカゲのような生物がいつの間にかいた。ただ、知恵の中のトカゲよりはかなりかわいらしい。額に鉱石が生えた、トカゲのぬいぐるみにしか見えない。喋るのは別として。


「墨染 綴。じゃあボクは、そう名乗るね」

<よし、綴。お前、もうベッドから降りられるか?>

「うん、大丈夫」

 知恵は、知識だけでなく、生物としての基本もちゃんと教えてくれた。例えば立ちかたや歩き方や声の出し方、食べ物の食べ方、なんかも。

ボクのような曖昧な存在には、そんな基本的な知識すら本来はないのだ。


「よっ……と」

 少しだけふらついたけれど、無事にボクは世界に一歩を踏み出した。ひんやりとした、でもしっかりとした床の感覚が心地よい。

「行こう、綴。焼きたてのパンが下にあるのよ!」

「うん」

 差し出された彼女の、リアの手を取る。


 こうして「本」ではなく「墨染 綴」は、世界に一歩を踏み出したのだった。

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