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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
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2話 京のくらげは雪に舞う

「ここは、どこ?」

 白く降り積もっていく雪の中を必死で駆ける。満月はただ蒼く、冷たい光をボクに投げかけるだけだ。

「……どうして雪が?さっきまでボクは鏡界にいて、【マレモノ】と戦って――」

 状況がまったく呑み込めない。徐々に目の前が霞んでいく。手にはもう、感覚がない。

「……寒いよ、姉さん……」

 思わずうずくまった道端に張っていた氷の鏡がさらに残酷な現実を映し出す。

「な、何なの……この姿……!」

 髪の色はいつもと変わらないオレンジ。目の色も変わってはいない。しかしいつの間にか身に着けていた服は白い着物のようなものになっている。耳は黄色のひれになり、手首と足からは透明な触手が伸びていた。

「……異形化?」

 異形化という現象については、聞いたことがあった。それはいわば、世界の拒絶反応のようなもので、世界を越えると例外なく起こるのだと。

「……わかったところでどうしようもないよ。この触手、多分くらげだよね。くらげはほとんどが水分。こんな寒い場所にいたら……」

 凍る。間違いなく。

「……なんか【マレモノ】みたいなのまでいるし!?」

 ああ、四面楚歌とは間違いなくこういう状態のことを言うのだ、と冷静に思ったがそんな場合ではない。逃げるしかないが、体がかじかんでいて一歩も動けない。

「やだやだやだ!こんなわけわかんないとこでわけわかんないまま死にたくない!」

 そう叫んだ時、目の前をふわりと紫色の髪が横切った。

「そうですよね。うん、素直でよろしい」

 男か女かはよくわからない。どっちでもないような、どっちでもあるような――

「というわけで、助けます。このぐらいの相手なら、大したこともないので」

 その言葉が聞こえたのか、【マレモノ】みたいな影は近くに作られていた雪だるまに憑りついて襲いかかってくる。

「……動きが遅すぎますね!」

 紫色の髪をなびかせて、ひらり、ひらりと華麗に雪だるまの攻撃をかわし、

「ダンスにも飽きましたね。終わりにしましょう」

 その人はどこからかピンク色のリボンを取りだし……なんと雪だるまの体を一閃した!

「ふう」

 雪だるまから黒い影が抜け、動かなくなる。


「あ、あの……今のは」

「驚きました?無理はない。だってこれ、ただの布製のリボンですから」

 紫の髪の人はそういっていたずらっぽく微笑む。

「いえ、それにも驚いたんですけど、ボク的にはこの状況のすべてに驚きを隠せないというか」

 どう考えてもタイミングが良すぎるのだ。こんな雪が降るような状況でふらっと外にいるのはおかしい。

「……気になるんですね?なんで私がこんな時間にここにいたか」

「はい。助けてもらっておいてなんですけど」

「んー……そうですね、とりあえず私の家にいきましょう。このままだと凍ってしまうので」

 紫の髪の人は何も答えず、代わりにそう言って手を差し出した。

「え、で、でも。今のボクはくらげで、触手には毒が」

「ああ、私の石妖は毒なので問題ないですよ。おいしいものでも食べましょう」

 こうして、ボクはその人の家で一晩お世話になり、その後無事に鏡界に帰って来た。

「……くらげかあ……」

 目が覚めるといつものように寮の部屋のベッドの上だったのでこの夢のことは今のところ誰にも話してはいない。




 ――

「ふふ、この街に来て早々面白い出会いがありましたね」

「それはよかったですね、紫麗さん」

 翌日、紫色の髪の人物―― 一条紫麗は異世界カフェでコーヒーを飲んでいた。

 色からしてブラック。卓上に置かれた砂糖も減ってはいないようだった。

「よかったかはわかりませんが、面白かったのは事実ですよ。雪というものを見てみたくてちょっと散歩していたらキタユウレイクラゲに出会うとは」

「くらげ……が水槽の外に?」

 コーヒーのおかわりを持ってきた巡流は不思議そうに首を傾げる。

「ええ、寒さと恐怖と不安で震えていた小さなくらげが。元の住みかに帰しておきましたが、今思うと出会ったのが私でよかったですね」

 くらげには基本的に触手があり、毒がある。キタユウレイクラゲは脆いが毒は強い。毒耐性のない者が近寄るのは難しかっただろう。

「よくわかんないですけど……とりあえず解決したようでよかったです。あ、そういえば渡里さん曰く、京都ではお化けは冬に出るらしいですよ。では、ボクはこれで」

 巡流は新しい注文を取るためにテーブルを後にした。

「なるほどお化け……キタ「ユウレイ」クラゲ。これは面白い偶然だ」

 ひとり残された紫麗は残っていたコーヒーを一気に飲み干す。

「……まあ、この世界に偶然があれば、ですけどね」

 紫麗はそう言い残して異世界カフェを後にした。

 雪はカフェにいる間にあらかた溶けて消えていた。

「二月にもなるとやはり光は春と同じですね。私にはとても過ごしやすい季節になる」

 微笑みながら雑踏を抜けていき、ある場所で足を止めた。

「華茶花学園。桜導の本拠地、ですか」

 門の中には立ち入らず、少しの間だけ真剣な目で校舎を見つめて、

「……見極めさせてもらいますね。貴方たちを」

 紫麗は家路を急ぐのだった。

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