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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
14/45

13話 三者三傷

 ――

「……紺の馬鹿」

 土曜日の昼下がり。異世界カフェのテーブルでキャラメルバニラティーを飲みながら青磁はぷうと頬を膨らませた。

「いい加減帰ってきなよ……調子……狂っちゃう」

「まあまあ……僕のおごりでケーキもつけるから」

 青磁の向かいに座る青年が困ったように笑った。

「……レモンチーズケーキとプリンパフェ追加で……」

「……そういうあなたも結構食べてますよね?」

「ここのカフェ、美味しいから。さて、そろそろ本題に入ってもいいかな?」

「はい」

 真剣な顔で青磁はこくん、と頷いた。ただ、口の端にはクリームがついている、が。

「紺くんが失踪したんだってね?蒼から聞いた。そして――」

「五辻さんでしょ?オレ、臙脂から彼女のこと聞いた時にもしかしてって」

「うーん、鋭い。僕は君はあまり敵に回したくないかも」

「その言葉そのまま返しますよ。まさか【虹石】が直々に出てくるなんて思わなかった。ま、思ったより普通の人で安心したけど」

「警戒心を抱かれない方がいい場合の方が最近は多いからね……ま、狙い通りなのかな?」

「……あなたの場合はそれが素な気もしますけど」

 テーブルに運ばれてきたレモンチーズケーキとプリンパフェにふたりはそれぞれ口をつけた。

「結論から言うと、紺くんの行方は僕らではわからなかった。周囲に強力な結界があるのかもしれない。 もしくは彼が弱りすぎていて、マナ反応が微弱か、だ」

 この言葉に青磁は顔をしかめた。

「……もし後者の場合は満月まで待つ、ってのはきつそうですね」

 青年は彼の言葉に頷く。

「浅黄にしろ、オレにしろ、臙脂にしろ、鴇にしろ……石妖はオレ達のピンチに現れて助けてくれた。だから紺もそうなるかな、と思ったんですけど」

「……それは銀朱さんも言っていたことなんだけど、実際石妖が現れそうな予兆はゼロなんだよね?」

「はい……」

 青年はそれきり考え込み、残りのプリンパフェを食べ終えてから口を開いた。

「……考えられるのは彼がそういう危機的状況にはないか…もしくは心を完全に折られたかだ」

「心を……」

「心当たりはある?」

 青磁は首を横に振る。

「オレは何も……臙脂なら知ってるかもしれないけど……実は紺には謎が多いんだ」

「謎か……わからなくもないな。僕はある程度マナを感じ取ることができるんだけど……あのふたりのマナは人より精霊に近いんだ」

「精霊……紺は半鬼だからまだわかるけど、臙脂も?」

「そして君もなんだよ、青磁くん。瑠花さんも……近いの、かもしれない」

「……あなたになら話してもいいのかもしれない。たまにうなされた時に見る夢があるんです」

「……夢……」

「オレは…五辻さんと同じ【闇吸い】の男…なんだけど見た目は女にしか見えないんです。アザミって呼ばれてた。性別がわかったのはその……いわゆる年齢制限にかかりそうなことを夢の中でしてた、からなんですけど……無理矢理じゃなかったですよ。多分、アザミとそのひとは恋人同士か何かだったんじゃないかなって。夢の中のアザミは幸せそうだった。だけど急に、そのひとが炎に包まれて……燃え盛って……止めてくれって。

 そしてアザミは刀で――」

 何度も、何度も繰り返し夢に見た。特に高熱の夜には。

「……大丈夫?青磁くん、顔色が悪いから……」

「大丈夫ですよ。あの夢……変にリアルだから……感覚まで……まるで、どこかで実際に体験したみたいな気がしてきて――」

「……もしかすると君の前世、なのかもしれない。わかるんだ……僕も……見たことがあるから……そういうリアルな悪夢をね」

「前世……そう考えると納得はできますね……だって……アザミの想い人は……似過ぎているから」

 その言葉に青年は息を呑む。

「……まさか……」

「……そのまさかですよ……あれが前世の夢なら……おそらくオレは紺や柘榴石の前世に会っている。

 ……そして前世のオレ――【アザミ】は多分……臙脂の前世をこの手で【狩った】んだ」



 ――

「……臙脂さん、大丈夫ですか?」

「……ナノカ……」

 華茶花学園の医務室のベッドの上で、臙脂は横たわっていた。

 傍らに座るナノカは、ずっと臙脂の手を握ったままでいる。

「びっくりしました……たまたま転入手続きのために来ていて、何かを感じた場所に行ってみたら臙脂さんが倒れているから」

「助かった。ごめんな、心配かけちまって」

 ナノカは勢いよく首を左右に振った。

「あ、謝らないでください!」

「わ、わたしの時だって臙脂さんにたくさん心配かけて……しかも、あ、あんなことまで……」

 一連の出来事を思い出してナノカは顔を赤くする。

「き、気にするな……う、思い出す……柔らかかったよな……」

「も、もう忘れてください……!どうかしてたんですよあの日は本当……!満月だったしマナ枯れかかってて……」

「……時間がかかりそうだけど努力するよ……」

 臙脂は耳まで赤く染めて、頷いた。

「……ところでナノカってマナに敏感なんだよな?」

「はい。月の子どもはマナが大量にないと生きていけませんから……」

「海松に言われたことが引っかかってるんだ……」

 さっきとは違う真剣な表情で臙脂は重い口を開いた。


<よく、紺の傍にいられるね。前世であんな目に遭わせておいて>

<前世……でもないか……だってキミと紺は……>

 海松はそう言った。引っかかっているのは主に後者の方だ。

「海松はそう言った。前世で何か俺の前世が紺の前世に酷いことをした、まあありえなくはない。前世と言っても別人なわけだし、極悪人だった可能性もなくはないからな」

「問題は次の言葉なんだよ。【前世】……でもない。しかも【俺】と【紺】は。ナノカならどう考える?」

「……そうですね……」

 ナノカは少し言いよどんで、口を開いた。

「……臙脂さんのマナは、正直人間のマナとは違う感じです。どちらかといえば【精霊】に近い」

「……精霊……」

 臙脂は思わず黙り込む。

「……紺もそうなのか……海松は言ってた。嘘はつかないと。そして、実際嘘をついているという感じはなかったな」

「……臙脂さん、大丈夫ですか?その……人間じゃないっていきなり知ってしまったわけだし」

「俺は大丈夫だけど……紺の方が心配だな」

「紺さん……ですか……」

 臙脂はそう言って俯く。

「海松は、紺にも同じことを告げてるような気がするんだよ。あいつは多分……俺たちより俺たちの前世はよく知ってるんだと思う。それが何故かはわからない……鵺がずっとこの土地に封印されてる間に何かを見てきたのかもしれないし……」

「……臙脂さん……」

 ナノカはそっと臙脂の手を握る。

「……悔しいな。紺の傍にいてやれないのが。あいつ、言えないようなこと多分たくさんされてるし、抱えてる……それでも普通に笑ってたんだ……どれだけ無理してるんだよ……本当に」

 臙脂の目から涙が落ちる。

「……でも、もしも俺が前世?で紺に酷いことしてたなら……こんなこと言っちゃいけないのかもな……」

<兄さま……そんなことありません……>

「……柘榴石」

<わたしは、前世で見ていたからこれだけは言えます。兄さまは決して極悪人なんかじゃなかった……!最期まで里のみんなを守ってくれた……優しい人です>

「けど……俺は紺に……」

<……ある意味では、海松の言ったことは嘘ではないんです。だけど理由がある。それに酷いことっていうなら……理由があったとはいえ 、青磁さんの前世の方が……よっぽど>

「……青磁の前世……?」

 柘榴石はそれきり黙り込んでしまう。

「……あーもう、やめだ。ごちゃごちゃ考えるのなんて性に合わねえ!」

 臙脂はそう叫ぶとがばっとベッドから飛び起きる。

「俺は紺や青磁みたいに頭良くねーから。思ったように動く。とりあえず俺は紺を助ける。紺自身が迷ってたとしても、俺の前世がどうだろうと、引っ張ってでも連れて帰ってやる!」

「……ふふ。それでこそ、臙脂さんです。私も力になりますから。助けましょう、必ず」


 ――

「……今日も霧雨、か……」

 薄暗い地下の座敷牢の中に、紺は変わらず力なく囚われている。行燈の灯りだけが頼りなく揺らめいて彼の姿を照らし出していた。

「そうだね、今日も霧雨……ふたりっきりだ」

「……海松……君は嘘はつかないと言ったね」

「うん、それだけはね。そういう契約でボクはこうしてここにいるんだ。破るとどうなると思う?」

 海松はそっと紺に近づくと、耳元で囁く。

「体がね……砂になってしまうんだよ」

「砂……に?」

 海松は悲しそうな目で指先の包帯をほどき、砂になった個所を紺に見せる。

「……海松……君は――」

 紺がそっと手を伸ばして包帯越しに手に触れる。ちゃんと温かかった。

「……温かいんだね……ちゃんと」

「……うん。だけど、所詮は【生まれてこれなかった】子だから……ちゃんとした人間の身体じゃないんだ……所詮は【つくりもの】なんだよ……」

「……だけど俺も……【器】ならきっと似たようなものなんだろうね」

 俯く紺に海松が手袋をはめなおした手でそっと触れた。

「違うよ……紺はちゃんと人間の体を持ってる。紺であれ、銀杏であれ……だけどボクはよりしろが人形なんだ……魂だけなんだ……求めちゃいけなかったんだ……兄さんに会うことも、こうして紺をここに閉じ込めて話すことだって……しちゃいけなかったのに」

 海松の目から涙が落ちる。

「そんなこと、ないと思うよ。海松はちゃんと……泣ける。感情がある……そこは【つくりもの】じゃないよ」

「……馬鹿だよ……あんなことして、こんな場所に閉じ込めた相手に……なんでそんな優しい言葉をかけられるの?」

 紺は少しだけ寂しげに微笑む。

「……昔の俺に、似ているから。ただ、組織の道具でしかなく、されるがままに全てを受け入れるしかないと思っていた俺とね」

「……できるなら紺とは戦いたくないけど、戦わなきゃいけないから。それにやっぱりボクは臙脂を許せない」

 海松は立ち上がり、くるりと踵を返した。

「うん、それでいいんじゃないかな。海松にも事情があるみたいだから」

「……この霧雨はもうすぐ上がるよ。そしたら戦いになる。紺がここにいることがわからなかったのは霧雨の力だ。全てのマナの気配を覆い隠す【霧雨のヴェール】。 【彼】に協力してもらっていたけれど……」

 海松は紺の手枷と足枷を外す。

「もう、終わりにするよ。紺、優しいキミにこれだけは言っておく。【ツクリモノ】とは違うというのなら、何にも縛られない自分の意思で これからを選んで……【ツクリモノ】のボクにだってできるんだ、キミなら、きっとできるはず……」

「海松……」

「だけどね……この霧雨が完全に降り止むまでは……せめて……」

 雨音が少しずつ弱くなっていく。

(……自分の意思で……俺は――)

 決戦の時が、近づいていた。

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