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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
13/45

12話 虚ろと迷い

 ――

 薄暗い地下の座敷牢の中。不意にゆらりと行燈の灯りが揺れる。壁に掛けられた狐の面が、嘲笑うかのように囚われた者を見下ろしていた。

 腕にも、足にも枷をはめられ、その瞳はただ虚ろに蒼く。はだけられた着物から除く肌は、不気味なほどに白い。ただ、その姿はとても――とても美しかった。その頭に赤い鉱石の角が生えていることを除けば、彼は人間であるように見える。

「……どうしたら……いいのかな……俺は……」

 零れ落ちた言葉はあまりにもか細く、その姿と同様に弱弱しく思えた。

「半鬼だってことは知っていた……だけど……まさか――」

 頭が酷く痛む。告げられた事実が、残酷な真実が容赦なく彼を貫く。

「……俺は……瑠花や……みんなの傍にいて……いいんだろうか……?」

 そして生まれた迷いは、絡みついて離れない。

 窓の外で降る、霧雨のように。


「<空っぽ>……なんだ……俺は……」


 ――

 時計の針は巻き戻る。

「じゃあ、頼んだよ、紺くん」

「はい、みんなどうか気を付けて」

 がらんとした作戦会議室で紺はひとり、机に座っている。目の前に積まれているのは資料や書類の山だ。

「……もう足手まといだもんな……俺は」

 桜導で石妖と契約していないのはもはや紺ひとり。数週間前の金緑石との戦いで鵺、そして契約者海松の強さはよくわかっていた。青磁の奇襲がなければ全滅していた可能性すらある相手。戦闘を想定した場合、石妖の力無しで戦うことは難しい。いくら紺自身の痛覚が鈍いとはいえ、体には確実にダメージがある。実際、鵺のスピードについて行けず、紺は早々に傷を負ったのだ。

「とはいえ、こういう裏方の仕事も誰かがやらなきゃいけないんだし」

 彼はそう自分に言い聞かせて書類整理を始める。思ったよりもはかどり、あっさり終わってしまった。

 そして瑠花たちが帰ってくる様子はまだない。

「守らなきゃ……いけないのに」

<真面目ね……そういうところも含めて、美味しそう>

「!?」

 急に、部屋の窓を突き破り、巨大な薔薇の蔓が彼の体を絡めとった。

<不用心ね?石妖を唯一持たない存在をひとりだけ残していくなんて……>

「……っあ!」

 薔薇の蔓の締め付けが強くなる。

<貴方はこの【砂漠薔薇】の糧になりなさいな……>

「……っ……!や……やめろ……っ……!」

 細い蔓が紺の服の中へまで入り込んでくる。蔓が肌をなぞるその感覚に、紺の体が震えた。

<……ふふ……可愛い。いい反応をしてくれそう……じゃあ、いただいていくわ――>

 次の瞬間、紺と砂漠薔薇はその場から消えた。



 ――

「……紺?」

 それから少しして作戦会議室に戻ってきた臙脂が見たのは、粉々に割れて床に散らばるガラスと風に吹き飛ばされて散らばる書類、そして、床に落ちた金色の髪の毛。

「なんだこれは……!何があった?」

「先輩……紺が……!紺が……!」

「……落ち着け、臙脂……」

 瑠花が臙脂をなだめようとするが明らかに動揺している。

「……とりあえずこの場の片づけだ。もう陽が落ちる。石妖の力も借りて調べてみるから……」

 真赭の指示に従い、彼らはその場の片づけを始める。

「……何だろうな……ひどく、胸騒ぎがする」

 片づけを終え、寮へ戻る道で瑠花が呟く。その顔色は明らかに悪い。

「……瑠花……」

「……大丈夫だ……きっと……大丈夫……」

 それから3日経っても、紺は戻ってはこなかった。




「……紺が姿を消した?」

「……そうなんです、蒼さんなら、何かわかるかもと思って」

 人でにぎわう土曜日の河原町、鴨川沿いの店で臙脂は蒼を見つけて声をかけた。

「……一応、その場所に案内してもらえるか?……マナを辿る?そうだな。今の俺たちにならわかるかもしれない」

「こっちです。学園内の一室なんですけど、先輩には許可を取ってあります」

 蒼は頷くと臙脂と共に現場へと向かった。


「……こりゃ酷いな」

 現場を見るなり、蒼は顔をしかめた。

 ガラスが割れてしまったので、今はふきっさらしになっている。床に落ちているものは書類以外はあえてそのままにしてある。

「……あ、でもこのマナは…… うん、そうだよな、お前も同じ意見か」

 蒼は何やら見えない誰かと会話をしているように呟くと、静かに告げた。

「……犯人はナノカを襲ったのと同じ奴だな、臙脂」

「……何だって!?あいつ本当に紺に手を出しやがったのか!」

 臙脂は拳を固く握りしめる。

「……蒼さん、そいつの居場所、わかりますか?」

「……それがな、ふっと消えてるんだよ。瞬間移動でもしたみたいに。もしかしたら前と同じ場所かもしれないけど…… ごめんな。あまり力になれそうにない」

 臙脂は首を横に振る。

「いいえ、俺たちだけじゃどうしようもなかったと思います。犯人がわかっただけでも進歩ですよ。ありがとうございます、蒼さん。そして蒼さんの肩の辺にいる黒髪の人も」

 臙脂の言葉に蒼は息を呑む。

「……臙脂……見えるのか?【彼】が」

「はい。俺、昔から色々【視える】から。その人、幽霊ではないですよね。何かの事情で体から精神体が切り離されて 蒼さんと一体化してる……という感じですか?」

「……まいったな。そこまでわかるのか……その通りとだけ答えておくよ。俺はそろそろ行かないと……あ、そうか」

 蒼は臙脂に一枚の名刺を手渡す。

「連絡先。困ったら呼べよ。そして、俺たちも困ったら力を借りるかもしれない、その時は頼むな」

「はい。それじゃ、また」

 蒼が姿を消した部屋で、臙脂は決意を新たにする。

「……紺、お前は絶対に助ける」

 その時、不意に氷のような声が響いた。

「無駄だよ……彼は全てを知って、迷いに囚われてしまった。砂漠薔薇のところからは助け出したけれど。本当あの女許せない。ボクが見つけた時、紺はぐったりしてて、角石まで出てた。だから何をされたのかは想像がつくけど……」

「……お前……金緑石の!海松!」

「気安く呼ばないでよ……キミに名乗る名なんてないよ。ボクはキミが嫌い、大嫌い。よく、紺の傍にいられるね。前世であんな目に遭わせておいて」

「前世……?」

 臙脂の頭の片隅が鈍く痛んだ。

「前世……でもないか……だってキミと紺は……おっと、時間だ。見つけてごらん?ボクを」

 そう言い残して、声は消えた。

「……っ!」

 記憶の蓋が、開きかける。開くなというように、臙脂の頭が酷く痛んだ。

「うっ……ぐ……」

<兄さま!兄さまっ!>

「……大丈夫……大丈夫だよ……柘榴石……」

 臙脂はふらつきながらも立ち上がる。

「上等だ……見つけてやるよ 海松(みる)……」



 ――

「少し、体力は戻ったかな?紺」

「海松……」

 薄暗い地下の座敷牢の中。あの日に出会ったのと同じ姿で海松は紺を見下ろしている。

「……ボクはね、こう見えて嘘はつかないんだ。君に告げたのは全部、本当のことなんだよ……」

「……」

 海松はそう言うと手袋越しに紺の頬にそっと触れた。

「綺麗だね……その絶望に染まった顔も、疑いを知らない心も、そして白い肌も、躰も……全部」

「……嫌……だ……寄らないで……」

 紺は自由にならない身体を必死で反らして、彼から逃れようとする。しかし海松は嘲笑うように近づき、紺の体を抱きしめる。

「嫌だよ?……そして逃げられないって知ってるくせに」

 枷の鎖がチャリン、と鳴った。

「……真実は何よりも残酷なんだよ。ボクにだってそうだった……きっと誰にだって……」

 海松が耳元で甘く囁く。

「……嘘が一番優しいんだよ……だけど嘘の中で生きればそれを真実にできる……そうでしょう?紺、いや、こう呼んだ方がいいかな……銀杏さん?」

「……呼ばないで……俺は……俺は……紺で……いたい……んだ……」

「……辛いよね。その名前は本来、君の【器】の名前だもの……そして彼の守護石はラブラドライトだった。蝶の羽に喩えられる石……そして蝶は魂を表すシンボルでもある……皮肉だよね?だからこそ【使われた】」

 海松がそっと紺の首筋をなぞる。

「……っ!」

「……ボクと似たようなものなんだよ、紺。キミだって厳密には【生まれていない】。転生する時を待っていたのに無理矢理【あいつら】のせいでこの世界に下ろされた。そして【あいつら】はキミを好き勝手に扱った。力の強化のために実験を繰り返し、そしてその美しい体を弄び、痛覚が鈍い特性を利用して戦わせた……でも何よりかわいそうなのは――」

「やめて……もう言わないで……」

 紺の瞳から涙が落ちる。

「嘘の情報を、植え付けられたこと――そして、当事者も何も知らないこと――」

 海松がそっと、その涙をぬぐう。冷たく、嘲笑いながら。

「……君は……わかりやすいように前世、と言うことにしようか……」

「君は前世で、キミの親友である臙脂の前世――ハゼに殺されたんだよ」

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