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神託の巫女は嘘がつけない

作者: 五日北道

神託の巫女は嘘がつけない。

それはそうだ。

神託を勝手にねじ曲げられては困る。

神託を授ける神様がそう考えたのか、神託を聴く側の人間がそう考えたのか、どちらの側にせよ嘘は困る。

そういうわけで、神様と人間の伝言ゲームの、ちょうど中間に立つ巫女は、まったく、これっぽっちも嘘がつけない。


嘘がつけないから巫女になったのか、巫女になったから嘘がつけなくなるのか。

鶏が先か卵が先か、的な問題の答えは、関係者以外には存外知られていない。

実際はどちらのタイプもいるのだが、当代の巫女代表であるオーロは嘘がつけないから巫女になったタイプだった。


顔の下半分を覆うヴェールをはずすと、顎から頭頂にかけて結んだリボンがあらわになる。

こうすることで、物理的に口を開けなくする。嘘がつけない彼女なりに考えた、余計なことを口走らない対策だった。


「巫女よ、予に此度(こたび)の神託を聴かせてくれぬか」


王子から言われて、オーロはリボンを外した。背後に控えるお付きの専属呪師(まじないし)アルジェントからは、あからさまに『不安』という気配が漂ってくる。


「わたくしがお伝えしてもよろしいのですか?」


(あたしにしゃべらせちゃうってか?おぉん?)


巫女代表たるオーロは市井の生まれだったので、じつは口が悪かった。


「いかにも。直答を許す。して、予の婚約者について神は何と仰せか?」


王子の左右に、女の子が一人ずつ立っている。

たしか片方は、数年前に王子が選んだとかいう婚約者で、今はずいぶん冷遇されているらしい令嬢。もう片方は、最近王子がご執心で、常に傍にいるとかいう令嬢だ。


「以前、予は神託を仰がぬままに婚約者を決めてしまった。しかし、次の国王となる予が神の御意思を軽んじているように取られるのは良くない、と進言してくれる者がいたのでな」


と、ここで王子は最近お気に入りらしい令嬢へ甘ったるい視線を向けたので、オーロは思った。


(やってらんねえや)

 

「成人した今、予は神託に従い誤りを正し、正統なる相手を婚約者に迎えたいのだ」


巫女は、学習した礼儀作法通りに居住まいを正し、おごそかな顔を作った。


「それではたしかに御伝えいたしましょう。神託をお授けくださいました運命の神(いわ)く『浮気の始末を神に押しつけて、慰謝料ケチろーとすんなよこの色ボケ野郎。てめえの運命の相手との縁は、巫女に問われた時点で切っといたから。もう永遠に現れねーよ(笑)(かっこワラ)バーカバーカ』と。激オコでございました」


王子がわなわなと震えて、顔を真っ赤にした。

オーロの後ろでは、お付きのアルジェントが額に手を当てて天を仰いでいる。


「ぶ、無礼な……っ!」


王子の手が剣把(けんぱ)にかかったのを見て、アルジェントが慌てて飛び出し、あいだに入る。


「お待ちください殿下!運命の神は、こう言いたいのです。真実の愛とは、まことに得難いもの。それゆえに、殿下の運命の御相手はまだ現れていないのです。(まあ今後、一生現れないけど)これまでの御婚約者様には誠意ある対応をなさって、御婚約の件は一旦白紙に戻し、身を慎んで、(まこと)の運命の御相手と出逢うそのときを粛々と待つのが吉である。と、こういうことでございます」

「……ふむ。真実の愛、真の運命の相手とな?」

「さようにございます」


王子は、どうやら真実の愛やら真の運命の相手やらいうパワーワードに惹かれてくれたらしい。

呪師はさささっと巫女のヴェールをつけ直し、王子からの再追及を避けるべく、巫女をかっさらうようにさささっと退出した。




「だーかーらー!言葉遣いの学習時間にやったことはどこ行った?!」


巫女代表たるオーロは神殿に戻ってすぐ、アルジェントからの説教の嵐にさらされた。


「ちゃんと丁寧語は使ってただろ?激オコで()()()()()()、とか」


オーロは耳に指を突っこんだ。さらなる大音量の苦言を予想して。


「そこじゃない!!!」


呪師はくどくどと語り始めた。


「巫女が嘘つけないのは分かってる。でも、そのまま言うな!言葉を選べ!言葉を飾れ!マイルドにして、口当たりよく、まろやかに、飲みこみやすく、オブラートに包め!言葉遣いの先生泣くわ……俺も泣きたい」

「あたしの胸で泣くか?よしよしもつけるぞ」

「誰のせいで!」


がっくりと肩を落とし、


王子が剣に手をかけたとき、俺死ぬかと思ったわ。誤魔化せてない気がするけど、神殿まで生きて帰れてほんと良かった。


などとぼやくアルジェントに、オーロは殊勝にも感謝を述べた。


「なあ。……いつもかばってくれてありがとう」

「まったくだ」

「あたしは、そうやっていつも助けてくれるアルジェントのことが好きだ」


神託の巫女は嘘がつけない。


「こういうのも、もっと言葉を選んで、遠回しに言わないとダメか?」

「う……」


ストレートど真ん中の豪速球に呪師はどうしたって赤面してしまう。

いつもここで詰まってしまうから、巫女は学習しないのだが。


「あたしは、大事なことは素直にそのまま言いたいんだ。告白も、神託も」

「神託はそのまま言うな!ちょっとは学習しろーっ!!!」


にかっと笑って逃げる巫女に、怒号を響かせる呪師。

おおむね、いつもの平和な神殿の光景である。






(カッコ内)は副音声。


お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 題材としては面白い [気になる点] 言葉選ばせる教育方針自体が謎。 巫女から見て王子が尊敬に値しないなら敬語を使うこと自体が嘘ですからね。 確か日本の戦国武将が噓をつかない歩き巫女を同じ…
[一言] 善きかな。運命の神様、いなせなのね。(笑) 全くカッコいい啖呵でした。巫女ちゃんも性格もあるのでしょうね、嘘やごまかしできないという。冷遇令嬢幸せになってほしい!
[良い点] 神託めっちゃ楽しいじゃないか。もっと見たいです 運命の相手失ってんの気づいてないのバカすぎるw 本物の運命さんはもっと良縁に恵まれますように。
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