■傲岸不遜な皇子
ルカ視点
夏休みに入る一週間前
「中央棟には三箇所、東棟にも二箇所魔法陣が設置されていた。いずれも使用されたのは一度ずつ、繋がっていたのはあの塔の魔法陣と同じ郊外の倉庫だ」
執務室の机に広げられていた学園の二つの棟の間取り図に魔法陣の場所を印付ける。
それを見たフランツはため息をついた。
「全て魔獣が出た場所と一致する。まさか脅迫状からこんなことに繋がるなんて……」
「学園の北棟の方はまだ確認していないがどうする?」
「そちらは後回しでいい。どうせマリアも僕も近寄ることのない場所だ。それより皇宮の方はどうだ?」
「そちらはまだ途中だ。お前らが普段出入りするような場所には当然何も無い。が、まだ隅々まで調べてはいない」
皇宮の敷地は広いうえに建物も多い。
そんな場所をこんな短い期間で一人で調査しきるのは無理だ。しかも日中俺はフランツについて学園にいる。どうやったって時間が足りない。
それなのにそれを当たり前のように要求してくるあたり、フランツはかなり人遣いが荒い。
まあ、俺に対する嫌がらせなんだろうな。これは。
「そうか。クラウスの屋敷は?」
「クラウス領の屋敷には何もなかった。もちろん帝都の方にも。マリアを狙っているのは見せかけだな」
「いや、未だに暗殺者は来るし毒物の入った贈り物が毎日届いている。最近は魔獣も入ってくるようになった。……見せかけにしてはやりすぎだ」
「なら他にも何かを狙ってるんだろ。捕まえた奴らからは何か証言は得られたのか?」
「……錯乱していてまともに会話できなかった。ただ、三人は口を揃えて金髪のエルフの女が殺しにやって来ると怯えている」
「金髪のエルフの女…………」
「エルフが人間に関わるなんて考えにくいが、それでもそれ以外の手がかりがほぼないんだ。暫くはそのエルフの女を探すことになる。ルカは引き続き皇宮の調査と学園内の怪しい動きをする人物を探して欲しい」
「ああ、わかった」
間もなく夏休みに入る。
できることならそれまでに全てを終わらせてやりたかったが、それは難しそうだ。
相手はいくつもの証拠を残しているにも関わらず、その証拠からどう辿っても黒幕に辿り着くことができない。
目的が皇族の暗殺であることは明らかだった。
だが、わざわざ脅迫状を送ったりマリアを狙うふりをするのがわからない。
巧妙な仕掛けでフランツの暗殺を企てたかと思えば程度の低い暗殺者を雇いマリアを狙う。
そもそもエルフの力があるのならば人間の暗殺者を使う必要なんてないし、マリアやフランツが寝ている間に襲えばよかったのだ。
確実に殺せる方法があるのにそれをしないのは何故なのか。
フランツによると、暗殺者が来る頻度が上がったのは6月からだという。
そこで何が変わったのだろうか。
「……最近マリアがよく皇宮に来るのは何か理由があるのか?」
「お前の父親が呼ぶからだ」
「そんなことはわかっている。どうしてマリアを呼ぶんだ?」
「それは…………愚痴を聞いてもらうためだな」
「…………どういうことだ」
「お前らの婚約解消のことでカールが苛立っている。それに加えてお前はマリアじゃないと駄目だと駄々を捏ねるしルイスも相変わらず結婚しないの一点張りだ。話を聞いてくれる人が欲しいんだと」
「それをマリアが聞いてるのか……?」
「ああ、案外楽しそうだぞ。それにマリアがいるとカールが早く帰るんだ。それが一番の目的らしい」
「そんなことのために……」
フランツは渋面を作り、ため息をついた。
本当はあいつの元いた世界の話を聞いたり質問に答えてやったりしているが、それはフランツには教えられない。
もちろん愚痴だってたまに零しているので嘘ではない。その割合はルディよりマリアの方が圧倒的に多いが。
マリアの話はどうでもいい事ばかりで、今朝躓いてしまっただとか、虫が飛んできただとか、足が釣っただとか、授業中に爪が割れただとか、話し相手が皇帝だとわかってるのか時々疑わしくなる。
マリアは自分のことを大人だと主張しているが到底そうは思えない。
元いた世界は15歳から成人だったのだろうか。いやでもフランツのことを年下だと言っていたな。
どう考えてもあいつの方が幼いんだが……。
「…………僕は父上に何と言われているんだ?」
「そんなのは直接聞け。父親だろ」
「聞けるわけないだろ」
「なら最近の自分の言動を省みるんだな。周囲の人間を困らせるようなことはしてないか?」
そう聞くとフランツは黙って考え込んでしまった。
フランツは思った以上に性格が悪い。
学園内では仮面を被って優しい人間を演じてはいるが、実際は自己中心的で傲岸不遜な性格だ。
それでもフランツは周囲の人間に好かれていた。
フランツは他人の許容範囲を正確に理解し、何をしてやれば思い通りに動かすことができるのかをわかっていた。
その立ち回りは大したものだと思わなくもない。皇族として生きていく上では最も必要な能力だ。
その割にマリアに振り回されてばかりなのは、昔のマリアの面影を重ねてしまっているからだろうか。
いや、単にあいつの行動が突飛すぎるのもあるか。
マリアは考え方が柔軟なようで特定のことになると思い込みが激しくなる。
特にフランツに対しての言動は奇妙だった。
マリアはフランツのことを好きな割に全く信用していない。
フランツがどんなに言葉を尽くしても、行動で示しても、それを心の底から信じようとはしなかった。
少し前までは俺に対してもそうだった。
何を言ってもマリアは信じてくれなかった。まるで俺がすぐに他の女を好きになるとでも言うかのように。
言葉を重ねれば重ねるほどマリアは俺の気持ちから目を背けた。
そのやんわりとした拒絶に何度もマリアの口を塞いで全てを終わらせてしまいたくなったが、そうしなかったのはマリアが少しずつ俺のことを見るようになっていたからだ。
マリアが俺の気持ちを受け入れてくれるようになったのはフランツと一緒にあの塔へ行った後だった。
何がそうさせたのかはわからないが、とにかくあの日以来マリアは俺の気持ちを疑うことはなくなった。
「…………心当たりが多すぎて絞れないか? それとも迷惑をかけてる自覚がないのか?」
「うるさいな。心当たりくらいはある。わざわざお前に話さないだけだ」
まあ、心当たりが多すぎてわからない方だろうな。
最近は特に他人に無理を強いることが多い。
それは全てマリアのためではあるが、それらが行き過ぎていることは間違いない。
「……そろそろマリアに話してやったらどうだ?」
「お前もそんなことを言うのか? マリアに話しても無駄に怖がらせるだけだ。マリアには怯えることなく学園生活を送ってほしいんだ」
「過保護すぎる。別にあいつはそこまでか弱くない。それにこの程度で怯えるようならお前はここにはいない。少しは信じてやれ」
「…………それでも駄目だ。話さない」
「全てはマリアを守るためだとみな知っている。お前が無理を通そうとする度にその鬱憤がマリアに向くんだ」
「なら僕がマリアの隣にいて守ってやればいい」
「それでレオナルドに怒られたばかりだろう。マリアに会うことを禁止されたんじゃなかったのか?」
「それは夏休みに入るまでだ。あと少しで僕はマリアに会いに行ける。だから何も問題ない」
フランツは俺の言葉を聞き入れるつもりはないらしい。
わかってはいたが本当にこいつは自分本位だ。
「あまり過保護にしすぎると次はマリア本人から怒られるぞ」
「マリアが僕を? まさか」
フランツは俺の言葉を冗談だと受け取ったようだ。
マリアはフランツの前では猫を被っているから怒っているところなんて想像できないのかもしれない。
二人ともお互いの本性を知らないのにどうしてあの関係が成り立っているのか。
マリアは本来の自分が受け入れられることを何よりも望んでいる。なのに全てを受け入れた俺ではなく、何も知らないどころか偽りの仮面を被っているフランツのことを好きなのが解せない。
…………やはり顔が好きなんだろうか。
あいつは顔のいい男が好きだから、フランツの顔が特別好みなのかもしれない。
「ルカ、僕に文句を言う暇があるならさっさと皇宮を見て回ってこい」
「はいはい。相変わらず人遣いが荒いな」
皇宮を回る前に一度マリアに会いに行こう。
あまり遅くに行くとあいつは寝てしまう。そして一度寝たらなかなか起きない。
扉を開け部屋を出る前に振り返ってフランツを見ると、苛立ちを隠すことも無く睨みつけられた。
「ついでにマリアに会いに行ってくる」
「わざわざ僕にそれを言うのは嫌がらせか?」
「それ以外に理由があるわけないだろう?」
俺はフランツが文句を行ってくる前に扉を閉めた。




