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9.イベント失敗



 ずれてしまったシナリオの修復をどうするか。

 悩みに悩んだ末、私は自力で殿下とリリーを会わせることにした。


 出会いの日は、きっとシナリオと同じ日がいい。


 そう思って私は授業が終わったあとに殿下を中庭に呼び出した。

 リリーと出会ったあのベンチの場所だ。


 リリーはほぼ毎日桜の木に通っている。

 その桜の木に向かうにはベンチの裏の植木を通り抜けるのが一番の近道なのだ。


 つまり殿下が中庭についたあとにリリーを中庭に向かわせれば、二人は確実に出会う。

 そのために私は彼女に少しだけ頼みごとをした。

 最上階の保管室に魔道具を返してきて欲しいと。

 優しいリリーはそれを二つ返事で受け入れ、足取り軽く教室を出ていった。

 私はその隙に中庭の、殿下の近くを通らないルートで桜の木の場所へ向かう。


 できれば二人の会話が聞こえる場所に隠れたい。

 いくつか隠れ場所の候補はあるが、会話を盗み聞くにはどこも難しいかもしれない。


(いっそのこと桜の木の後ろに隠れてしまおうかしら)


 ターゲットに近すぎるがこの桜の木は樹齢五百年を超す大木だ。

 隠蔽の魔法をかけて息を潜めれば見つかることはないだろう。

 こういうときのために、隠密行動に必要そうな魔法を覚え、魔道具を揃えてきたのだ。


(これで殿下とのやり取りを確認できれば次の手が打ちやすくなる)


 殿下には悪いがリリーと結ばれてもらうわけにはいかない。

 二人の誘導と牽制が必要だ。


(ゲームのストーリーからずれているぶん、今までたてていた計画は練り直さなければならないもの。慎重に、一言一句聞き逃さないようにしなきゃ)


 緊張で震える手をきつく握りしめゆっくりと息を吐いた。

 頭上には青々とした葉が陽射しを遮っている。

 ところどころこぼれ落ちた陽は私の身体を点々と照らしていた。

 この穏やかな場所で私の存在はひどく異質だ。


(何も考えずここでのんびりと過ごせたら楽でしょうね)


 だから早くシナリオを修正して心置きなく“推し”を愛でたい。


 そんなことを考えているとガサガサと植木が揺れる音がした。

 リリーがやってきたのだ。


(前回とは違うところから……。殿下がいたからさすがにあの場所は通れなかったのね)


 彼女はちゃんと殿下と出会えただろうか。

 二人を会わせれば自然とシナリオが進むと思っていたが、よくよく考えると殿下を避けてここに来るというパターンもあるのでは……。


 いや、そこはヒロイン補正でイベントが発生したはずだ。発生しててください。


 リリーは桜の木に近付き寄りかかるように、そっと額を当てた。

 すると桜の木に魔力が集まるのが感じられた。


(確か大地の魔力を吸い上げる手助けをしてるんだっけ……)


 私は桜の木ではないが、桜の木に身体を預けているおかげかその恩恵を僅かながらに受けているようだ。

 魔法を使って少しだけ減ったはずの魔力が回復しているのを感じる。



 程なくして魔力の流れが止まった。




「……マリア様、そこにいらっしゃいますよね?」



 急に名前を呼ばれて心臓が大きく脈打つ。

 隠蔽の魔法は完璧だったはずだ。探知系の魔法を使った様子はないのにどうしてばれてしまったのか。


 私はゆっくりと立ち上がり、桜の木の影から出てリリーに問いかけた。


「どうしてお気付きになられたのでしょう?」

「えっと……なんとなく、勘……ですかね」

「勘……ですか……」


 魔法の能力はその血筋によって決まる。

 皇族が最も量、質ともに優れていて、その皇族の血がどの程度入っているかで才能が決まる。

 もちろんそれだけで全てが決まるわけではなく、努力によって才能を伸ばしたり、下位貴族に突如天才児があらわれることもある。


 それでも先代公爵――マリアにとっては祖父にあたる人物だ――が皇族だったマリアの魔法を簡単に見破るなんて……。



 …………。

 あ、ヒロインは精霊師だった。

 そもそもが桜の木の精霊に導かれてここにいるのだ。桜の木の精霊を見ることができるし話すこともできる。


 そして私が隠れてたのは桜の木の裏。


 バレないほうがおかしい。


(イレギュラーが起きてるからってさすがに考えが至らなすぎる……!)



 しかし、バレた理由がわかったところでどうしようもないのだ。

 今後ここで起こるイベントを私が確認する術はない。

 イベントの進捗を確かめつつ裏で攻略キャラたちを唆してルートを操作しようと思っていたのに。

 これでは立てていた計画全部台無しよ!


 絶望のあまり何も言えず固まっているとリリーが来た方角から足音が聞こえた。

 それが誰かなんて確認しなくてもわかる。殿下だ。


「ああ、やっと見つけた。リリー嬢、ハンカチを落としましたよ」


 もうリリーを名前で呼んでる。

 恐るべしヒロイン力。一度の逢瀬でそんな仲良くなったのか。


 しかしリリー嬢っていう響きはちょっとイマイチ……なんていうか噛みそうだ。私なら絶対噛む。

 私が名前つけたんだけどね。

 ゲーム中では呼び捨てか様付けしかなかったから気付かなかった。

 続きをプレイするときは違う名前にしよう。


「えっ、あ、ああああ、ありがとうございます!!」


 殿下からハンカチを受け取ったリリーは真っ赤になってあたふたと手を動かしている。

 あと二分ほど早ければあのスチルの場面だったのに。

 思わず舌打ちしたくなったがすんでのところでこらえる。


 私はマリア。私はマリア。


「マリアもこんなところにいたんだね。リリー嬢とは知り合いなの?」

「ええ、クラスメイトなんです。仲良くさせていただいてますわ。殿下もリリー様と親しくしてらしたのですね」

「いや、先ほど初めて会ったばかりだよ。マリアはリリー嬢とここで何を?」


 うん、待ち合わせしてるはずの人間が別の場所で他の人と一緒にいたら不自然だよね。わかる。

 ちょっと不機嫌そうな顔になった殿下は可愛い。


 でも殿下とリリーを出会わせるためなんてことは口が裂けても言えないのだ。


「少し疲れてしまったので殿下とお会いする前にここで休憩しておりましたの。ここに来る方はほとんどいらっしゃいませんし。リリー様とお会いしたのは偶然ですわ」


 ちょっと苦しいが殿下はそれ以上突っ込んで聞いてくることはなかった。


「まあいい。そろそろ行こう。遅くなると僕がレオに怒られるんだ」


 お兄様はなかなか帰ってこないので怒るもなにもないんですけどね。

 私はリリーに謝りながら別れを告げ、早足で歩く殿下に慌ててついていった。







 出会いのイベントは失敗したと言っていいだろう。

 殿下はリリーが精霊と会話している場面を目撃していない。

 だからリリーに惹かれることもない。


 それでも、二人は出会ったのだ。

 このままいけば殿下はリリーを好きになることはなく、殿下のルートも消えるのではないだろうか。


 私が期待していた殿下の曇り顔を見ることは叶わないが、それはマリアの死の運命を遠ざけることになる。


 シナリオ通りにはいかなかったけれど、むしろこちらの方が私にとって好ましい結果だ。

 私は無理やりそう思い込むことにした。


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