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8.図書館での出会い



 夕陽が無人の教室を照らす。

 こんな景色を見るのは本当に久しぶりだ。

 この世界は近世ヨーロッパを基盤にしたファンタジーの世界だが学園は日本の学校にかなり近いようだ。


(そりゃ日本のゲームなんだもの。ベースは日本のものが多いわよね)


 学校がはじまるのは四月。

 春夏秋冬の四季があって、学園に通うのは十五歳の春から十八歳の春まで。

 時間も同じだし曜日だって同じ、習慣も日本の生活とかなり近いように感じる。

 日本と違いすぎたらマリアの記憶があっても馴染めないと思うからここらへんの設定はありがたい。


 私は左手の甲を軽くつねった。左手からは確かな痛みを感じる。

 マリアになってから毎朝続けている日課だ。

 これが夢ならば私は痛みなど感じないのだろう。


 では現実なのか。私は日本での生を終え、本当にゲームの世界に転生したのだろうか。


「…………」


 夢、だと思う。

 ヒロインの名前だって私が考えて設定したものと同じなのだ。


 しかし陽射しの暖かさも庭に咲く花の香りも殿下と共に飲んだ紅茶の味も、夢だと言うにはリアル過ぎた。


 私はこの状況をどう受け止めていいのか、未だに答えを出せずにいた。


 夢でないのなら、ゲームのシナリオとまったく別の結末を迎えられるのだろうか?

 すでに想定外のイベントが起きたばかりだ。

 このまま自由に動けばマリアの死は避けられるのでは?


(……私が死ななかったとしても、もとの世界に戻る方法はわからないまま)


 死なないことも大事だが、もとの世界に戻ることはそれ以上に大事だ。

 


 それにリリーは悪女ではなさそうだった。

 やりようによってはシナリオを修正して私の望むエンディングを迎えられるかもしれない。

 思わず友達になってしまったけれど、私の望むルートに誘導するにはかえってやりやすいだろう。



 希望はまだある。



 とはいえ、無事にエンディングを迎えるだけでは戻れないのではないかという不安もむくむくと出てきていた。

 この世界が夢なのか、現実ならばなぜ存在するのか、私がここにいる意味はなんなのか。


 溜め息しか出てこないが、嘆いていてもどうにもならないので私のやれることを一つづつやっていくしかない。


 もしどうしようもなくてこの世界で生きていくことになったなら、優しそうな人と結婚してひっそりと暮らしていけばいい。

 幸いにもマリアは美人の公爵令嬢なのだから結婚相手なんてすぐに見つかる。


 ……うん、でもやっぱり帰りたいからどうにかして帰る方法を探さなきゃ。




 私は重い足取りで学園内の図書館へ向かった。



*****



 そこは見渡す限り本で埋め尽くされた本の楽園のような場所だった。


 開いた口が塞がらない、とはこのこと。

 右を見ても本棚、左を見ても本棚、さらには上を見ても本棚。

 さすがに下にはない。たぶん。


 ここに来たのはこの世界のことをより深く知るためだった。

 国のことやこの世界に生きる人達、魔法のこと。

 マリアは所謂本の虫と言われるような少女で、時間があればずっと本を読んでいた。

 そのため年齢の割には博識だったが、当然全てを知っている訳では無い。



 もしかしたら異世界の人物を召還する魔法なんてのもあるかもしれない。

 そこまで直接的なものでなくとも、私がもとの世界に帰るためのヒントに繋がるなにかが見つかればいい。


(ファンタジーな世界観なんだから賢者の石とかあったりして)


 もちろんそんな伝説級の代物の在りかが、この生徒なら誰でも閲覧できる本の中に載ってるとは思わない。

 何かしら取っ掛かりになる情報が得られればそれでいいのだ。


(詳しい人に聞くのが一番なんだけど、ものによってはめんどくさいことになりそうだし)


 そもそも殿下のルートでマリアが死んでしまうのはヒロインを殺そうとしたからだ。

 この先何かあって似たような状況になったときに不審な行動をしていては足元をすくわれるかもしれない。

 図書館で調べものをするくらいなら、まだ言い逃れはできるだろう。


「この国の伝承は……あっちの棚ね」


 図書館の案内図から目当ての本がありそうな場所を探す。

 それは二階の壁際の本棚にあるようだ。


 館内の地図を見ながら移動すると、その場所にたどり着くだけでも五分かかった。

 あきれる程の広さである。

 ここにある本から必要な情報を見つけるのに九ヶ月で本当に足りるだろうか。

 ものすごく不安になってきた。


 本棚を見上げると、頭上より少し……いやなんとか手が届くかどうかというところに目当ての本があった。


「っ……あと、少しっ……!」


 台を探すのが面倒で背伸びしてなんとか本を取ろうとするが、びっしりと詰め込まれた本たちに挟まれてなかなか本が取れない。


 無理な体勢で力を込めているために手が震える。ついでにつま先立ちしっぱなしの足も震えている。

 まるで生まれたての小鹿のようだ。情けない格好である。

 でもここには私以外の人間はいないので構うことなどない。


 誰もいないのに令嬢らしく振る舞ったところで疲れるだけだ。


「もう、なんで……こんな、抜けないの……」


 腕も足も限界だ。やっぱり台を探しにいこうかな。


 そんなとき、背後から手が伸びて来て、どうやっても抜けなかった本を取り出した。

 振り向くと、そこには赤毛の男性が立っていた。


「そのように扱われると本が傷んでしまいます。本に手が届かない場合は司書を呼ぶか台を持ってくるようにしてください」


 どう考えてもロマンティックな出会いなのに冷ややかな視線を向けてくるこの男はヘンリー・ヴォルフ。

 攻略キャラの一人だ。


 わあ、本棚にへばりついてぷるぷる震えながら手を伸ばしてる情けない姿を見られてしまった。

 恥ずかしすぎて泣ける。今すぐどこかへ逃げ出したい。


「『伝承と歴史』……クラウス公爵家のご令嬢がこのような本に興味があるとは思いませんでした」


 冷ややかな目で、まるで品定めするかのように私を見てくるこの男は、この学園の魔法学教授で陛下の覚えもよく将来有望な変態……いや天才だ。

 どう見ても20代前半にしか見えないのに教授になれるって、この世界の研究職ってそんなハードルが低いのだろうか。


「……私がこの本を読むことに何か問題でもあるのでしょうか?」

「いえ、何も。でも本は大切に扱ってください。ここにあるものは国の宝ですから」


 言わんとしてることはわかる。

 学園の中にあるこの図書館は、いわゆる国立図書館。

 これまで国内で発行された書物全てが蔵書されているのだ。


 中には貴重な書物もあるだろう。

 いやでも、生徒が触れちゃいけないものは普通閉架書庫にあるのではないだろうか。


 それに入館する際に受け付けにいた司書からここにある全ての本は汚れや傷防止の特殊な魔法がかけてあると聞いたのだが、何か間違っていたのだろうか。


「申し訳ありません。以後気をつけます」


 不満に思いつつも大人しく頭を下げた。

 ここで言い合いしても仕方ない。

 もしかしたらかけられている魔法は何か条件があるのかもしれない。

 本棚から出さないと魔法が有効にならない、とか……。


 何はともあれ読みたい本を取ってもらえて、しかもその相手が本命の攻略キャラだというのはかなりのラッキーではないだろうか。

 事前に交流を深めておけば偶然を装って二人を会わせることだってできる。


(本当はもう少し経ってから会いに行くつもりだったけど手間が省けたわ)


 この出会いは誰がなんと言おうと偶然なのだから。

 下心なんて一切ない偶然の出会いなのだから。そう、下心なんてまったくない。ないのだ。


 だから少しくらいイケメンに見惚れてたっていいよね。

 偶然の運命的な出会いをしたのだから、それくらいは仕方ないだろう。


 何度も自分に言い訳をして見た教授の顔は、少し不機嫌そうに眉をひそめて私を見つめていた。

 ああ、顔がいいって罪ね。


 イケメンにそんなに睨み付けられるとテンション上がってしまう。

 本当はもう少し冷たい目で見下されたいんだけどなー。

 Mなわけではないのだけど、虫けらを見るような蔑む目をしててほしい。


 いや、そんなことを考えてる場合じゃない。

 こんなに睨まれてるのだから何かやらかしてしまったのかもしれないのだ。


「あ、あの、何か他にお気に召さないことがあるのでしょうか?」

「いや……」


 それは一瞬の出来事だった。

 教授はその長い足で私との距離を一気に詰め、左手で私の顎を引き上を向かせた。

 顎クイといわれるあれだ。


 黄金の瞳に私が、いやマリアが映っている。


「…………」

「あの、特に何もないなら失礼してもいいでしょうか?」

「……大変不躾な真似をしてしまいました。申し訳ございません」


 全く心のこもってない言葉を吐き出した教授は私に本を押し付けるように渡してさっさと離れて行ってしまった。


(お別れの言葉も言えなかった……)


 これは出会いとしては失敗の類いに入るだろうか。

 印象としては強烈だが、彼の性格的に私のことなど五秒で忘れ去るだろう。


 自分の研究にしか興味のない人なのだ。


 美しい顔と高い知能、そして偏屈な性格。

 ヒロイン補正がないとここまで取っつきにくいのか。

 会話のキャッチボールを続けられる自信がない。

 そういえば彼のルートは私にとっては難解で、よく選択肢を間違ってはバッドエンディングを迎えたものだ。


(仲良くなるのは難しそうだし、リリー次第ではあるけどリオンルートに絞った方がこの先楽かもしれない)


 細かい選択肢は覚えてないのだ。

 直感的にいいと思った選択肢がことごとく裏目に出てしまうようなルートはフォローが難しい。


「……まぁまずは本を借りて読むことからよね」


 リリーと殿下は出会ってすらないのに、その先の心配をしたって仕方ない。


 私は来た道を戻り始めた。

 途中、魔法について書かれた本を何冊か選んだ。

 あまり多くの本を借りても、マリアの非力な腕では持って帰るのに苦労する。


 これからのことを考えると憂鬱だ。

 


 受付で本を借りる手続きを済ませ、来る時と同じく重い足取りで図書館を後にした。


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