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7.ヒロインとの出会い




 悪役令嬢もののテンプレとして、清楚で可憐なはずのヒロインが悪女だったというものがある。

 物語の悪役が主人公になるため代打の悪役なのだろう。

 天使の仮面を被って男どもを侍らせる悪女。


(私が望むのは正しいエンディングで、そのために悪役ムーブも厭わないから……もしかしたら協力できるかしら)


 いやいや、悪女ヒロインが狙うのは決まって権力が一番高いキャラ。

 つまり殿下だ。

 そうなると私の目標であるマリアが死なないグッドエンディングを狙えない。



 ヒロインがゲーム通りの心優しい少女のパターンも少ないながらあるのでそちらに期待するしかないか。


 というか私が悪役令嬢ものにハマるきっかけとなった作品は優しいヒロインパターンだったのでそっちの方を重視して欲しい。

 初めての作品は特別なのだ。

 どうかよろしくお願いいたします。


 優しくて可憐な無自覚ヒロインで何卒。



 ……もし悪女だった場合は諦めて逃げよう。



*****




「私、リリー・フォン・グレーデンと申します。リリーとお呼びください。倒れられてたのでもしや御加減が優れないのではと思いお声がけいたしました」


 ヒロインにのみ許されるふわふわピンクの髪、くりくりとした丸くて潤んだ瞳、柔らかそうな唇、控えめな胸元。

 どこからどうみても可憐な美少女。

 まさにヒロインそのもの!


 実際にヒロインなんだけど。


 それに比べて私は、性格のきつそうなつり目に冷酷そうな銀髪、華奢な身体になぜか不釣り合いにでかい胸。

 ライバルキャラにふさわしい見た目。

 悪役令嬢なんだから致し方無し。


 いや、それよりも気になるのは、ヒロインの名前。

 それは私がプレイ時に設定した名前と同じなのだ。


「ご心配いただきありがとうございます。校内を歩き回って疲れてしまったようで……とんでもないところをお見せしてしまいました」

「いえ…学園は広いですものね」


 そういって微笑むヒロインはまさに天使そのもの。

 これは悪女ヒロインの可能性は低いのではないだろうか。


「私はマリア・フォン・クラウス。リリー様とは同じクラスですわね」

「へ、…クラウス……。っ、も、申し訳ありませんっ!」


 私が名乗るとリリーは慌てて頭を下げた。

 その顔は真っ青で身体はがたがたと震えている。

 マリアは公爵令嬢でありリリーは男爵令嬢の妾の子。何か失礼があれば簡単に首が飛ぶ。

 それに父親からあることを何度も言い聞かされていることを私はゲームで知っていた。

 『何がなんでも公女に気に入られろ』と。

 間違っても先程のような醜態を目撃したり気安く話しかけてはならない。


 とはいえ親切心から声をかけてくれたので気にする必要はないと思うのだが。

 ここまで怖がられると正直ちょっと傷付く……。


「リリー様、お顔をあげてください。この学園にいる間は身分の違いなどないのです。殿下といえどあなたを跪かせることはできないのですよ」

「で、ですがっ……」

「いいのです。もし気になるというのであれば私と友達になってくださいませ」

「と、友達、ですか…」

「私、今まで同年代の友達というものがいたことがないのです。ですからずっと憧れていましたの」


 箱入り娘として大事にされ、身体も丈夫でなかったために未だに社交界デビューしていないマリアには友達がいなかった。

 マリア自身、その必要性を感じなかったから積極的に作らなかったのかもしれないが。


 よくよく考えると悪役令嬢とヒロインが最初から友達になるのはちょっとダメなのでは。

 でも一度出た言葉を取り消すことはできない。

 気付けばまた口から勝手に言葉が飛び出していた。


「リリー様さえよければ、私の最初の友人になっていただけますか?」

「は、はいっ、私でよければ喜んで…」

「ではそのように跪くのはおやめください。私たちは友達なのでしょう? 友達とは対等な関係でなければなりませんわ」


 私は震えるリリーの手をとって立ち上がらせた。

 安心させるようにその手を両手で包んでにっこり笑う。

 リリーの身体からいくぶんか緊張がとけたようだ。

 よかった。


「ところでリリー様はどうしてこんな早くに中庭へ……?」


 リリーと殿下が出会うのはもう少し先、たしか入学から1週間後のはず。

 彼女はその日はじめて中庭に訪れるのだ。

 それは少なくとも入学式翌日の今日ではない。


「いえ、その……広いので迷わないように先に校内をみて回ろうと思って……。その、歩いてたらいつの間にかここに……」


 つまり迷子なのか。

 確かにゲーム中でもヒロインはよく迷子になっていた。

 設定には書かれていなかったが方向音痴のようだ。


「……そうでしたのね。ここで会ったのも何かの縁、教室までお送りいたしますわ」


「ありがとうございます。あっ……あの、その前に寄らなければならないところがあるのでここで少しだけお待ちいただいてもよろしいでしょうか…?」


 私が頷くと彼女は嬉しそうに笑ってお礼を言って、中庭の植木の隙間に潜り込んでいった。

 ぎょっとしたが、もしかしたらこの先に桜の木があるのかもしれないと思い後ろをついていくことに。


 植木を抜けて少し歩くとひらけた場所についた。そこには私が探し求めていた桜の木があった。


(ここ……あのスチルの場所)


 リリーはその桜の木によりかかるように立っていた。

 そして桜の木の精霊と会話をしている。

 私には独り言にしか聞こえないのだけれど。



 これまで会ってきた貴族の令嬢たちなら絶対にやらない不可解な行動。

 攻略キャラたちならきっとここで彼女に興味を抱くのだろう。

 それは間違いなく乙女ゲームのテンプレ展開だ。


「えっ、……あ、あの…さっきの……もしかして…」


 精霊との会話が終わったヒロインが私が見ていたことに気付き真っ赤になって動揺している。

 おそらく先ほどの場所で待っていると思っていたのだろう。

 普通の令嬢なら植木の中に入ってくるなんてありえないのだから。


「み、見てました……?」


 耳まで真っ赤になった顔でか細く尋ねる彼女はまさにヒロインそのもの。

 いやヒロインなんだけど。

 これは可愛い。

 攻略キャラがことごとく惚れていくのもわかる気がするわ。


「ええ、申し訳ありません。さきほどの独り言も……聞いてしまいましたわ」


 私が答えると彼女は涙目で声にならない声を出して挙動不審になっている。

 まぁ入学早々奇妙な行動を他人に見られたらそうなるわよね。

 貴族の令嬢じゃなくとも十代のうら若き乙女たちは噂話大好き人間が多いので、ぼっち街道まっしぐら間違いなし。


「大丈夫ですわ。先ほどのことは誰にもいいませんから。もちろん、何をしてたかなんて問い詰めるつもりもありません」

「あ、ありがとうございます」


 安心させるように微笑むと彼女は真っ赤な顔のまま深く頭をさげた。

 それにしても、このイベントは殿下とのイベントだったはず。

 悪役令嬢もので攻略キャラのイベントを横取りする展開は見たことあるけどまさか自分がやらかすとは思わなかった。


 言い訳をさせてもらえるのならば、口も足も考える前に勝手に動いていたのだ。

 きっと可愛らしいリリーに惑わされたのだ。

 可愛いから仕方ないね。


「さぁ早くしないと授業がはじまってしまいますわ。教室に向かいましょう」


 素知らぬ顔でリリーを促す。

 悪役令嬢としての役割を果たす決意をしたはずなのに最初からイベントをぶち壊してしまったのでどうにか挽回する方法を考えなくては。


 一歩後ろをついてくるリリーに気付かれないようそっとため息をついた。

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