表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/188

65.悩み


 さて、これからどうすべきか。

 昨日血を飲まれてしまったためにクラクラする頭でなんとか聞いた話を思い出す。




*****



「えっと、…………ごめん、ちょっと確認したいんだけど、この件ってフランツ殿下……人間が頑張ってどうにかできるものかな?」

「無理だろ」

「あ……やっぱり? じゃあルカが殿下を」

「断る」


 言葉が終わる前に拒否の言葉を発したルカは眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌な顔をしていた。


「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」

「俺はお前さえいれば、あれが死のうとどうでもいいんだ」

「そんなこと言わないで。……彼に何かあれば陛下だって悲しむわよ」


 ルカは殿下が誰の子どもなのかちゃんとわかっているのだろうか。


「…………。とにかく、俺はお前は助けるがあいつに手を貸すつもりはない」

「なら私が殿下に協力するから、貴方は私を助けてくれるだけでいいわ。一緒にあの塔に行きましょう」

「それは駄目だ。怪我したこと忘れたのか?」

「貴方が守ってくれるんでしょう? 何の問題もないじゃない」

「………………お前はもう少し自分を大事にした方がいい」

「ちゃんとしてるわよ。危ないものには近寄らないことにしてるもの」


 ルカはそんな私の言葉に呆れたようにため息をついた。




*****




 そこまで思い出したところで昨日の自分を呪った。

 どうしてあのときあんなことを言ってしまったのだろうか。落ち着いて考えればちゃんとした解決方法だってあったかもしれないのに。



 口から出てしまった言葉は取り消すことはできない。

 わかってはいたものの過去に戻って取り消したかった。

 そんなことを考えているものだから今日は授業の内容がまったく頭に入ってこない。

 目の前で喋っている教師の言葉だって耳には入るが脳まで届かず消えていく。


 これでは駄目だ。


 せめてもっと建設的なことを考えなければ。

 

 何度も断られたあの塔へ行かせてもらうにはどうすればいいのか。

 そもそも殿下はなぜ私をあの場所に行かせたくないのか。

 危険だから、というのが一番大きいだろう。

 実際に私は死にかけている。

 それならば私の身が安全であることを証明できれば許可はおりる。

 私が安全だと確信しているのはルカの存在があるからだ。

 彼の有用性を示しつつ信頼のおける存在であることを知ってもらえればいいのでは。


 …………それが一番難しいんだって。


 静かにため息をつく。

 思考はいつも堂々巡りで少しも先に進まない。



 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 私は少し歩くことにした。

 ルカには一日安静にしろと言われていたが、少しだけならきっと問題はないだろう。

 身体を動かせば血液が巡っていい考えが浮かぶかもしれない。

 これは仕事に行き詰まったときによくやっていたことだ。

 まさかマリアの身体でやることになるとは思わなかった。


 教室を出て廊下の端を歩く。

 歩を進めながらも思考は止めない。

 どうにか上手くやる方法はないだろうか。


 ルカのことを陛下から紹介して貰えれば一番手っ取り早い気がするが、これまでの感じだと手を貸してくれるとは思えなかった。

 そもそもフランツ殿下に全てを任せると言っているのだ。

 ここで陛下の手を借りてしまうと殿下が解決したことにならない。


 ……わりと深刻な問題だと思うから子ども任せにしないでほしいのだけど。


 そういえばマリア暗殺の件も子ども達で解決するようにと言っていたな。

 二十歳にもならない子どもに何でもかんでも背負わせすぎじゃないか?

 早めに経験を積ませたいのかもしれないが、それにしても試練は一つずつ与えるべきだろう。

 そうしなければ潰れてしまう。

 何せ彼はまだ子どもなのだから。


 階段をのぼりながらため息をついた。

 考えがまとまらない。

 いや、解決する方法がないから違う方向に逃げてしまっているのだ。



「マリア」


 上から聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。

 思考を切り上げ慌てて上を向く。


 あれ――?

 視界が端から白く染まっていく。

 これは貧血? めまい?

 どちらにしても立っていられなくなるやつだ。


「マリア!」


 誰かが叫ぶ声が聞こえたけど、その声の主を確かめることも出来ず私の意識は途切れた。









 目を覚ますと白い天井が目に入った。

 消毒液のにおい。そして周囲をぐるっと取り囲むようにひかれたカーテンレール。

 間違いない、ここは保健室だ。


 学園モノで必ずといっていいほどめんどくさいイベントの舞台となるこの場所。

 なんとなく避け続けてきた場所なのになぜ私はここにいるのか。

 ゆっくりと身体を起こす。頭がズキズキと痛んだ。


「あ、目が覚めたね。気分はどう?」


 ベッドサイドの椅子にノアが座っていた。


「……どうしてここに?」

「どうしても何もないよ。君が俺の目の前で階段から落ちたんだよ」

「階段から……?」

「そ、だから俺がここまで運んであげたんだよ。感謝してくれてもいいよ」


 いつもの明るい表情でノアは言う。

 昨日のことがあったから若干気まずさはあったが、助けてもらったのに素っ気ない態度はとれない。


「……ありがとう」

「いいよー。じゃあ昨日言った通り、続きしよ。ちょうど誰もいないしベッドだし」

「ノアは階段から落ちて弱ってる女の子を襲うの?」

「…………そういうこと言われると手出せなくなっちゃうじゃん」


 口を尖らせて残念そうに言うノアに思わず笑ってしまった。

 いや、笑い事じゃないんだけどね。

 できれば女の子に手を出すのをやめてほしいし、私にも手を出さないでほしい。


 が、それを止められるのは私ではない。もちろん彼に会う度に言い聞かせていくつもりではあるけど。


「そういえば授業は……?」

「サボったよ」

「えっ」

「だって気を失ってる君を残して戻れないでしょ? 今先生だっていないし……」

「それは……ごめんなさい」


 学生の本分は勉強であるというのに、その学ぶ機会を奪ってしまったなんて。

 昨日サボった原因もよく考えると私のせいだったな。


「いいよ、勉強はあまり好きではないし」


 まあ学生ってそうだよね。勉強好きな子はあまりいない。

 この流れならノアのことを気軽に聞けるかな。


「ノアはどんなことが好きなの?」

「もちろん可愛い女の子と遊ぶこと」

「いつからそうやって遊んでるの?」

「2年くらい前からかな」

「それより前はどう過ごしてたの?」

「…………別に普通だよ。友達と遊んだり大人に怒られたり、あとは本を読んだり」


 そのとき、いつも明るい笑みを絶やさないノアの表情に翳りが見えた。


「本を……? そういうタイプには見えないから意外ね」

「あのときはそれしかなかったからね。それより、マリアはそんなに俺の事に興味があるの?」


 すぐにいつもの表情に戻ったノアはそう言って笑う。

 彼は話を逸らしたいときにいつもこうやってはぐらかしていた。


「そうよ。ノアのこともっと知りたいんだけど、教えてくれる?」

「…………次は俺を誘惑するの?」

「まさか。単純に友人として気になっただけよ」


 誘惑されてくれるのならこれ以上楽なことは無いけれど。

 まあ無理だよね。


「ノアは誰と仲がいいのか、普段誰と過ごしているのか、あと休みの日に何してるのかとかも気になるかな」

「えー、それだけ聞くのに俺の事好きじゃないっていうの?」

「だって色んな女の子と遊んでるんでしょ? それがわかってるのに好きになんてならないわよ」

「でもみんな俺の事好きって言ってくれるよ?」


 ノアは不思議そうに首を傾げる。


「その子たちは貴方が他の子とも遊んでるのを知ってるの?」

「そりゃね」

「うわぁ……そのうち後ろから刺されるわよ」


 痴情のもつれは怖い。どんな世界でもそれで死ぬ人は沢山いるのだから。

 そういえばあの塔の幽霊の噂も元々は痴情のもつれといえなくもない。


「大丈夫。そこはちゃんと気を付けてるから。だからさ、また俺に会いに保管室においでよ」

「なんで保管室なの?」

「最初にマリアに会った場所だからかなー。なんか特別感ない?」

「別に特別感なんて…………」


 そういえばノアに最初に会ったのは確かにあの場所だった。


 あの日のことを思い返す。

 確か先生に魔法についての相談をしたんだった。そのとき先生はなんと言っていただろうか。


 …………そう、そのとき初めて他人の口からルカのことを聞いたのだ。

 私からではなく他人から、その道の専門家から紹介させればいい。

 そうすれば殿下自ら彼に辿り着いたことになる。

 現状部外者に等しい私がなんの繋がりもない彼を紹介するよりもずっと自然だろう。

 あとは私がついていく理由を考えなければならないが……ここはごり押しでどうにかできないかな。

 私がいる必要性が皆無なので使えるものは全て使って強引について行こう。

 よし、なんとかなりそうな気がしてきた。


「マリア? 急に黙り込んでどうしたの?」

「あ、ごめん」


 うっかりノアが目の前にいるのを忘れていた。

 私は謝ってベッドから降りた。


「ノア、ありがとう! 私行くね」

「いやいや、ダメでしょ。ちゃんと寝てなって」


 保健室から出ていこうとした私は捕まえられてベッドに戻されてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ