62.リオン・フォン・クライスト
あの後教室に戻ってもいつも通りで、まるで私はずっと教室にいたかのように何事もなく時間は流れた。
攻略キャラ補正凄すぎる。どういう理論が働いてこうなってるのか。謎だ。
雨は午前中で止んで、午後には陽が射していた。
湿度も温度も不快度もあがる。
どうにかしたくて隣にいるリオンと話した結果、また屋上で過ごすことにした。
風が吹けば少しは過ごしやすいだろうと思ったのだが。
風が、生ぬるい。
決して暑いわけではないが不快だ。
こんな中運動して汗かいたら地獄だろうな。
梅雨なんてなくていいのに。この世界にこんな季節を設定した誰かを恨んでやる。
「屋上もあまり涼しくはないのですね」
「この季節はいつもこうですから……」
リオンはそういって苦笑した。
これはもう慣れて諦めるしかないのか。
とりあえず少しでも快適に過ごせる格好にしよう。
長い髪を高い位置で纏めて首を出す。うん、少しだけ涼しくなった気がする。
「女の子は髪の毛が長いから大変ですね」
「そうですね。それにスカートも長いですしね。もう少し短ければ涼しくて過ごしやすいんでしょうけど……」
夏用の生地になり随分と軽くなったスカートは、それでも何枚も布が重ねられているために熱が篭もりやすい。
スカートの膝の下の辺りをつまんで持ち上げバサバサと動かす。足元に風がきて涼しい。
ミニスカートとはいわないが、せめて膝丈スカートがいい。
いやでも脚を出して構わないのであれば限界まで短くしただろうな……。
せっかくの女子高生なのにもったいない。
「ちょっ、マリア!?」
「えっ……あ、あー…………。見なかったことにしてください。あと誰にも言っちゃだめですよ?」
リオンは顔を赤くしてあたふたと慌てている。
脚が見えたといってもせいぜい膝が見えたくらいだと思うのでそこまで可愛く反応しなくてもいいと思うのだけど。
これくらいでそんな反応をするのならパンツ見えたらもっと面白い反応をするんだろうな。
さすがにパンツを見せる気にはならないけどね。
太ももくらいなら……いや、さすがにこのことでからかって遊ぶのはないな。
スカートから手を離して誤魔化すように笑う。
話題を変えよう。
「えっと、……男性の服は動きやすそうでいいですよね」
「えっ、あ、そうですね。女性よりも動く機会が多いのでそうなってるのだと思うのですが……」
うん、話が広がらない。
リオンもまだ僅かに顔が赤いしどうしたものか……。
「あ、そういえばいいものがあるんです」
そう言ってリオンが取り出したのは青い宝石が嵌め込まれた華奢な指輪だった。
よくよく見ると、指輪に嵌められている宝石から僅かに魔力を感じる。魔道具だ。
「これは……?」
「氷の魔法の魔道具です。これと風の魔法を組み合わせると……」
周囲の空気が冷たくなる。
その冷たい風が身体を優しく撫でた。
「涼しい……! こんなことができるなんて、リオンはすごいですね」
「こんな何も無い場所でないと出来ないのですが……喜んで頂けたようでよかったです」
照れたように笑うリオンに和みつつ冷たい風を楽しんでいたのだが、そのときふと気付いてしまった。
魔道具は基本的に使い切りだ。
核の石によっては複数回使うことができるものもあるがそう多くはない。それに、複数回使えるようなものでも魔法を込めるためにはそれなりの手間がかかるらしい。
今リオンが使ってくれているものは、別に使う用途があったのではないだろうか。
少なくともこんなどうでもいいことに使うものではないはずだ。
「ちょっと待って! それって何か他に使う予定があったんじゃ……」
「えっ……まあ、大丈夫です。マリアが喜んでくれたのでこれはこれで……」
「大丈夫じゃないって! ちょっと止めて!」
慌てて魔法を止めてもらう。
まだ魔道具使えるかな……。核が小さいからほとんど使えないかもしれない。
「ごめんなさい。魔道具を使わせてしまって……」
リオンの掌の上の魔道具を確かめる。先程と違って魔力をあまり感じない。
「マリアが謝る必要はないですよ。俺が勝手に使っただけですし……」
「でも……」
「もし悪いと思うのなら、先程のように脚を出すことはやめて下さいね」
「あれは……ごめんなさい」
若干いたたまれなくなって目をそらす。
私にとってはなんて事ないのだけど、彼にとっては突然女性の見るべきではない場所を見せられたのだ。
真面目な性格の彼はびっくりしただろう。
いやもう膝下までは許容してほしいのだけど。露出NGは太ももから上にして欲しい。
「マリア、こっち向いて」
言われるままリオンの顔を見上げた。
愛おしそうに私を見つめる彼に心臓が跳ねた。
あの日以来、彼は二人きりのときにだけこんな顔をするようになった。
でも殿下やルカと違って決して触れてこようとはしない。一応越えてはならないラインを弁えてくれている。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないです」
私は彼の気持ちに気付いてないフリをして、いつもの顔で首を傾げた。
リオンは仄かに頬を染め首を横に振る。
…………これ、気づかない方がおかしいかな。
鈍感な女の子を装おうにも無理がある。誰がどう見ても確実にわかってしまうレベルだ。
もう少し気持ちを隠して欲しい。
いや、これはもうあからさまなアピールと思っていいのか?
自分から言えないから私から気付けということなのか。やめてくれ。
「そろそろ戻りましょうか」
私はリオンに背を向けて歩き出す。
リオンは見つめてくるだけで行動に移さないからあまり気にしてはいなかった。
別に好かれていたとしても、攻略キャラからの好意は私にとって都合がいいものだと思っていたから。彼らはこの世界の中で強力なカードだ。
殿下との婚約関係が解消されない限りは問題にならない。
ならばできるかぎり曖昧な態度で利用しよう。
その方が私にとっては都合がいい。
少し前までそう思っていた。
が、最近そうでもないことがわかってしまったので、リオンに対しても態度を改めなければならない。
幸いにも私はまだ彼の好意に気付いてないフリをしている。
このまま少しずつ距離をとって、なるべく殿下と親しくしている所を見せつつ自ら諦めてくれるよう誘導しよう。
今後のことに考えを巡らせながら塔屋の扉を引いた。
ここには階段に続く踊り場のようなちょっとした空間がある。
屋上に出る扉の前ってこんな場所だよねっていうイメージそのまま。
漫画でもよく見る場所。ここで見てはいけない場面を見てしまったり、不良がたむろしてタバコを吸っていたり、いじめが発生していたり、何かと面倒が起こる定番の場所だ。
そして今、とても面倒な場面に出くわしてしまった。
そこに居たのはあられもない姿のクラスメイトと、その子の身体を舐めるノアだった。
 




