51. 疑問
お兄様の部屋の扉を二回ノックする。
入室の許可を得てから扉を開けた。
「失礼します」
「中間テスト、二位だったって? すごいじゃないか」
部屋に入るなり褒めてくれるお兄様は流石だ。
イケメンに褒められて少しテンションが上がる。
「ありがとうございます。でも本当は少し悔しいんです」
お兄様は学年で一位をとっている。ここは兄妹でお揃いにしたかった。
いや、ぶっちゃけアレクシスにさえ勝てれば何位でもよかったのだけど。
「向上心があるのはいいことだ。だがあまり無理はするなよ?」
「大丈夫です。次の期末テストこそは必ず一位をとりますから」
負けっぱなしは悔しい。曲がりなりにも私は大人なのだ。
たった十六年弱しか生きてない子どもに負けるなんて許せない。
それはそうと、今日はお兄様に確認したいことがあるのだ。
わざわざお兄様の部屋まで来たのは二人きりで話をしたいからだった。
お兄様にソファーに座るよう促された。
二人きりで、と事前に言ってあったからかお兄様手ずからお茶を用意してくれる。
お兄様がいれてくれたお茶! 嬉しい。
基本的にこの世界で飲む紅茶はとても美味しい。
私がいつも横着して適当に紅茶を淹れていたせいもあるだろうが、日本で飲んでいたものとは段違いだ。
本来はコーヒー派だが、こっちに来てから紅茶派に染められつつある。
優雅だよね、紅茶って。王子様の飲み物って感じ。
お兄様がソファーに腰を下ろしたのを確認して、私は静かに息を深く吐き出した。
うまく話すことができるといいのだが。
「私、ずっと考えてたんです。どうして私が狙われるんだろうって……」
満たされたティーカップを見つめながら私は話を切り出した。
「フランツ殿下でもお兄様でもお父様でもない、私である理由。それが、ずっとわからなかったんです。仮に私が死んだとして、得する人が本当にいるのか疑問で」
お兄様は黙って私の話を聞いてくれている。
その表情は先程から少しも変わらない。
「色々考えたんですけど、いないんですよね。私が死んで得をする人。だからそもそもの前提が違うんじゃないかなって思ったんです」
「……と言うと?」
「私を狙っている振りして、実は私の隣にいる人を狙ってるんじゃないかなー、なんて」
お兄様の目が僅かに険しくなる。
フランツ殿下の立場は今とても難しい。
皇宮に第二皇子を支持する貴族はほとんどない。皇位争いは圧倒的に第一皇子が優勢だとみられている。
それはフランツ殿下の問題というより、第一皇子があまりにも優秀すぎたからだ。
文武両道、政治的な判断にも優れカリスマ性も持ち合わせている。
彼を慕い忠誠を誓うものたちは多い。
それでも第二皇子が警戒されているのは、クラウス公爵家の子どもたちが揃って彼を支持しているからだ。
お父様はこの国の宰相で陛下の最も信頼する側近。
そのクラウス公爵家が第二皇子についていることが貴族たちの不安を募らせている。
陛下は周囲の反対を押し切り、第二皇子を皇太子にするのではないのか、と。
殿下が学園を卒業すれば、陛下は二人の皇子のうちどちらかを皇太子に立てるだろう。
だからこそ在学中の今、殿下を亡き者にしようと動き出すものたちがいてもおかしくはない。
帝都に来てから、つまり私が狙われるようになってから、殿下は私の隣にいることが多くなった。
私を守るためだ。
お兄様に言ったように私を殺す意味は無いが、殿下を巻き込めるという点では大きな意味がある。
私とほぼ同じ条件のお兄様は殿下に守られるような人ではない。
その点私は非力だった。
魔法は使えるけど、もし誰かが本気で私を殺しに来たら抵抗することも出来ずに殺されてしまうだろう。
優しい殿下は私に何かあればきっと身を挺して守ってくれる。
私がそれを望まなかったとしても。
「……マリア、それは考えすぎだ。そんなことを心配しなくてもいい。お前は俺と殿下が守る。だからそう思い詰めるな」
「ではどうして私が狙われるのです? なんの価値もない殺しにくいだけの小娘が狙われる理由なんて他にないでしょう」
正直、私の考えが正しいという根拠は何も無かった。
ルカは私だけを守るように言われたという。
陛下は子どもたちだけで解決することを望んでいる。
殿下の暗殺なんていう大それたことではなく、本当に私が狙われているだけの、なんて事ない小さな謀略なのかもしれない。
それでも、そうではないのだという確信があった。
「お兄様はいつも私と殿下が離れることを嫌がりますよね……。本当に何も無いのなら、お兄様は殿下を遠ざけようとするはずです。ですからお兄様も私と同じこと考えているのではないですか?」
守る人が増えるとそれだけ守りきることは難しくなる。
それでも殿下と私を一緒にいさせるのにはそれなりに理由があるのだ。
もちろん、殿下がそれを望んでいることもあるだろうが、それだけならお兄様が仲違いした二人の間を取り持つことはない。
お兄様は常に自分が殿下の隣にいられるようにしたいのだ。
殿下が私の隣にいれば、私の護衛という名目で殿下を守ることができるから。
……殿下はお兄様からこっそり離れて私のところに来てたりするので、正直あまり意味はないと思うのだけれど。
そもそも殿下はお兄様以上に魔法の能力が高い。
彼自身は護衛などいらないと考えているだろう。
だからばれないよう殿下を守りたいのだ。
「…………だとしても、お前は知らなくていい」
「…………」
お兄様は首を横に振って紅茶を飲んだ。
もう話すことはないということなのだろう。
ここまでか。
もしマリアがお兄様のように魔法を使いこなせたら。
もしマリアがアデルハイトのように強ければ。
もし、私がもっと賢くてお兄様の役に立てることを証明できていたなら。
きっとお兄様は私を信頼して話してくれただろう。
(一応当事者なんだけどなぁ……)
何も知らされず過ごす毎日がつらい。
私が知らない間に誰かが傷ついているかもしれない状況が怖い。
もちろん、私が出来ることなど無いだろう。
力も知恵もない、ただの平凡な人間だ。
わかってはいてもやっぱり私は彼らにとってお荷物でしかないという事実がやるせない。
「……お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」
私は立ち上がって一礼し、お兄様の部屋を後にした。
 




