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49.第一皇子


 

 お父様の仕事が終わるのを待って一緒に帰るようにと言われ、その待ち時間を皇宮の東にある図書館で過ごさせてもらうこととなった。

 今日はすぐに帰らせると陛下は言っていたが、本当にそんなことができるのかは疑問だ。


 図書館は学園のものより狭かったがそれでも充分すぎる広さで、本棚の間を歩くだけでも楽しかった。

 




 本日何度目になるかわからないため息をつく。

 ため息をつくと幸せが逃げると言うが、幸せが逃げたからため息をつきたくなるのだ。


 結局このゲームに似た世界が何なのかさっぱり分からないまま4ヶ月が過ぎていた。

 おそらく夢ではない、と思う。

 不思議な点は山ほどあるが夢ならば私が知らないことは出てこないはずだし。

 本当にゲームの世界に転生してしまったのかは分からないがそこは考えるだけ無駄だ。

 どうせわかりっこない。


(そういえばすっかり忘れていたが、隠しキャラルートはクリアしてないんだったっけ……)


 そもそも中身がなんだかわからないルートに挑むつもりはなかったから必死にリオンとくっつけようとしていたのだけど、もしかしたら最初から隠しキャラルートに入っていたのかもしれない。


 だから知らないイベントばかりでリリーもリオンに靡かないのかも。


 隠しキャラとなり得る人物。

 誰がいただろうか。

 そもそも攻略キャラ以外の男性キャラはほとんど登場しなかったはずだ。

 プレイした記憶が朧気で何も思い出せない。


 ……これも考えるだけ無駄だ。

 とりあえず私とリリーが死ななければ何でもいい。





 声をかけられたのは奥の本棚の前で暇つぶしに読む本を吟味していたときだった。


「お前がどうしてここにいるんだ?」


 振り向くと黒髪翠眼の男性が立っていた。

 マリアは彼を知っている。殿下の異母兄で第一皇子のルイスだ。


 ……殿下とは兄弟ではあるが、あまり似ていない。美形であるということは共通してるけど。


 私は礼をして彼の疑問に答える。


「お父様の政務が終わるまでこちらで待つことを陛下にお許しいただけたのでここで本を見ておりました」

「フランツは一緒ではないのか?」

「ええ、フランツ殿下はお部屋で休まれていると思います」


 さすがに今殿下に会いたくはない。


 目の前の彼もやっぱり背が高く、柔和な雰囲気の殿下とは違って冷淡な目で私を見下ろしていた。

 少しの温度も感じさせない虫けらを見るような目。


 正直、かなりいい。

 彼の髪が殿下と同じ金髪だったら完璧だった。


 いや、だからって好きにはならないけど。


 たしか殿下より四つ歳上だったか。つまり二十一歳。

 

「……俺の顔に何かついているのか?」

「あっ……し、失礼しました! 無礼をお許しください」


 思わずルイスの顔に見とれてしまっていたが、それはとても失礼な行為だ。

 慌てて頭をさげる。


「いい。気にするな」

「ありがとうございます」


 見た目は好みだが別に一緒にいたいわけではない。

 正直いろいろと面倒臭いので殿下以外の男性と二人きりになるのは避けたかった。


「一人なのか?」

「いえ、入口の方で侍女が待ってくれています。少しの間一人になりたかったので……」


 なので会話を切り上げて早く一人にしてください。と心の中でこっそり付け足した。


「そうか。どんな本を読むんだ?」

「……最近は魔法学や物理学、歴史の本を読むことが多いです」

「フランツも同じような本を読むのか?」

「いいえ、フランツ殿下はそこまで本をお好きではないようですので……」

「普段は二人で何をしているんだ?」

「そうですね……」


 先程から質問ばかりで会話が途切れる気配がない。困った。

 とりあえず聞かれたことに答えようと最近の記憶を振り返る。


「一緒にお茶したり、買い物に行ったり、庭園を歩いたり、勉強したり、あとは……」

「あとは?」


 キスされたり抱きしめられたり……。

 なんて言えるわけが無い。不用意に続く言葉を口にしたことを後悔する。

 そもそもそんなことをうっかり口にしてしまいそうになった自分が恥ずかしい。


「そ、それだけです。それ以外何もしてません!」

「……そうか」


 少しだけ不満げな表情で頷くルイスはかっこいい。

 でも出来ればもう少しだけ眉間に皺を寄せて欲しい。


 それにしても、彼からの質問は全て殿下に関することばかりだ。

 兄弟なのだから直接本人から聞けばいいのに。 

 この歳になると色々と難しいのだろうか。


「フランツは…………いや、やはりいい。もう聞きたいことは無い。行っていいぞ」

「はい。失礼致します」


 礼をして足早にルイスから離れた。






 図書館の二階の端。

 ここならルイスもそう立ち寄ることはないだろう。

 お父様の仕事はまだまだ終わらない。

 私はここで待たなければならないのに、ルイスがいるせいでのんびり本を見て回ることができない。


 館内にあった小さな椅子を持ってきて角に置く。お父様のお仕事が終わるまでここで本を読むつもりだった。


 ルイスは殿下に負けず劣らずの綺麗な顔をしていた。

 美形の家族はみな美形なのだろう。

 羨ましいかぎりだ。

 あの顔なら殿下やお兄様と並んでも見劣りしない。


 ………………。

 あ、もしかしたら隠しキャラはルイスなのかもしれない。

 ゲーム中に彼を見た記憶はないが、殿下に兄がいることは何度も書かれていた。

 帝国の第一皇子であれば隠しキャラとしては申し分ないだろう。


 きっとそうに違いない。


 だからといってリリーと会わせたいとは思わなかった。

 どうせややこしい事になるのだから知らんぷりしておきたい。

 リリーはうちで預かればいいわけだし、イベントも結末もわからないのにやる意味は無い。


 私はまた大きくため息をついた。


(早く帰りたい……)


 もう疲れてしまった。

 昨日ほとんど寝ていないのがよくない。

 帰ったら夕食は軽めにしてもらってすぐに寝よう。

 しばらくはルカも来ないだろうしのんびりと過ごしたい。


 そんなことを考えていたらいつの間にか眠りに落ちていた。







 気づくと時計の針が18時を回っていた。慌てて立ち上がる。

 お父様のお仕事は終わっただろうか。

 椅子をもとの場所に戻して急いで図書館の入口に向かう。

 そこには、既にお父様が立っていた。


「マリア! 待たせてしまってすまないね。さぁ帰ろう」


 会うなり満面の笑顔で抱きしめられて恥ずかしくなる。

 もうそんな年齢でもないのだから過剰なスキンシップはやめて欲しい。

 だが、普段忙しくて娘との時間をなかなかとることのできない彼にとってはとても大切なものなのかもしれない。


「お父様、お疲れ様です」


 しばらくはこれでもいいかな、なんておもってしまった。


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