4.銀のバレッタ
大通りの端から三番目のジュエリーショップ。
今日の目的地はここだ。
この辺りはマリアも訪れたことのない場所だ。
日本と違ってザ・西洋の街並みといった感じでゆっくりと見て回りたかったが隣に”推し”がいるために断念する。
いつかまた来た時にゆっくり見て回ろう。
このお店は攻略キャラとヒロインが最初のデートに訪れる場所。
そのタイミングで一番好感度が高いキャラがヒロインを誘うのだ。
本当は店の周囲もしっかりチェックしたかったのだが、怪しまれては困るので我慢して店に入った。
護衛の騎士たちは店の外で待機してくれるらしい。
店内に入り扉を閉めるとほっと息を吐いた。
危害を加えられることも悪意もないとはいえ、民衆の視線を一気に集めるのはとても居心地が悪い。
(これは私が庶民だからなのかも。貴族のマリアならこのくらいなんてことないんだろうな……)
庶民らしい悪役令嬢なんて物語が崩壊してしまう。
できるかぎり貴族らしく振る舞うよう気を付けなければ。
自分にかけていた魔法を解いて本来の銀髪に戻す。
「い、いらっしゃいませ。本日はどのような品をお求めでしょうか」
殿下を見た店主の顔がひきつっている。
そりゃそうだ。
ここは貴族が訪れるような店ではない。
「バレッタを見せてもらえるかしら」
上品に、貴族らしく。
心の中で何度も唱えながら店主にこたえる。
貴族らしく振る舞ったところで私が今身に付けているのはお忍び用の地味な服。
せいぜい商家のお嬢さんくらいにしか見えないだろうが。
裏返った声で返事をした店主は店にあるすべてのバレッタをカウンターに並べた。
並べられたバレッタについている宝石はどれも小さい宝石ばかり。
見たところバレッタだけでなくネックレスや指輪についてもそう変わらないようだ。
大きな宝石はなく、小さい宝石がいくつかついている程度だ。
それでも庶民にはなかなか買えないもの。
主に婚約時に送るプレゼントを購入する店として利用されている、とゲームで説明されていた。
(ゲームでは、庶民向けのお店でありながら細工の繊細なデザインが秀逸で人気の店、だったはずなんだけど……)
不思議なことに店内には私たち以外の客はいない。
「マリア、気に入ったものがあれば全部買ってあげるからね」
「まぁ、ありがとうございます」
特に理由もなくジュエリーを買ってもらうのは大変心苦しいのだが、お断りするのは返って失礼になるのでお言葉に甘えることにした。
改めて並べられたバレッタに目を向けると、宝石を飾り立てる台座の細工は繊細で職人の腕のよさが伺える。
ヒロインはここで蝶のデザインのバレッタを購入する。
金細工で華奢なそれは可憐なヒロインにとても似合っていた。
その、未来でヒロインが選ぶであろうバレッタを手に取る。
下見をすることは叶わなかったが、万が一間に合わずに殿下と出くわしてしまった時のために別の策も考えていたのだ。
それはヒロインが選ぶバレッタと同じものを先に購入すること。
そうすれば、もし殿下とヒロインがこの先デートすることになっても間接的に邪魔することができる。
我ながらいい考えだと思う。
マリアに買ってあげたバレッタと同じものをヒロインが選ぶ。
今後そのバレッタを見るたびに殿下はマリアを思い出すのだ。
優しい殿下はそれだけできっと苦しむだろう。
それがノイズとなり好感度があがりにくくなるはず。
ヒロインはキャラの好感度をあげるために、宝石の色は相手の髪の毛と同じ色を選ぶ。
つまり殿下なら黄色の宝石だ。
が、殿下のバターブロンドの色と似た色の宝石はなく、ほとんどがオレンジよりの色だった。
また、マリアの髪は青みがかった銀髪なので金細工のバレッタは似合わない。
もう少し落ち着いた色の、アンティークゴールドくらいの色味ならよかったのに。
手に取ったバレッタをもとの位置に戻す。
どう考えても似合わない、しかも殿下の髪の色とは似ても似つかない色の宝石がついたバレッタを身につける意味はあるのだろうか。
牽制にはなるだろうが、ゲームの攻略アイテムに対抗するものとしては弱い気がする。
「そのバレッタが気になるのかい?」
「ええ、デザインがとても素敵で気に入りましたの。でも私の髪にはとても合いそうになくて……」
真剣に悩んでいると殿下が横から覗き込んできた。
近い近い、近いですって。
“推し”の吐息が聞こえる距離。
先ほどエスコートされて歩いていたときよりも近い。
「マリアにはこれが似合うよ」
そういって殿下が手に取ったのは、銀のバレッタ。
先ほどのものと似たようなデザインではあるが、こちらの方が線が細く、まるでレースのような華奢な作りだ。
(これ、昔お土産にもらったマルタのフィリグリーに似てる……)
マリアの記憶をたどっても似たようなものは見たことがない。
散りばめられている小さな宝石はエメラルドで、それは殿下の瞳とよく似た色だ。
にっこり笑った殿下は、その手に取ったバレッタを私の髪につけた。
「ほら、まるでマリアのために作られたみたいだ」
「お嬢様、とても素敵ですわ」
一歩下がって見守ってくれていたサラが嬉しそうな声をあげる。
「お、お待ち下さい。それはお嬢様のような方が身につけるような上等なものでは……せめてこちらの金細工のものを」
「いや、私はこれが一番マリアに似合うと思う」
殿下は店主の申し出をきっぱりと断り私に目を向けた。
「どうかな?」
「はい、とても気に入りましたわ」
相手は皇子とはいえ他人に奢ってもらうのならできるかぎり安い方が気が楽だ。
それに殿下が直接マリアに似合う、と選んでくれたものなのだからデザインが多少違っても計画通り、いや計画以上の効果を発揮してくれるだろう。
でも、できることなら殿下がデート相手になりませんように。そして事前にここに訪れたことでバグが発生しませんように。
こればかりはそのときになってみなければわからない。
気持ちを切り替えて店主の方へ視線を向ける。
この見覚えのある細工の正体を知りたかったからだ。
「このような繊細な細工は初めて見ましたわ。どこで学んだのですか?」
「これは昔行商人が持っていたネックレスの技法を我流で真似たものです。たしかそのネックレスは西の大陸から買いつけたと言っておりました」
「ああ、だから見たことない細工だったんだね」
マリアの記憶では西の大陸の国々とは国交が断絶している。
海の魔物の活動が活発になって船を出せなくなったからだ。
この銀細工も西の大陸の話も私の知るかぎりゲームには出てこない設定だ。
「本当に素敵ですわ」
「これと同じ細工のものは他にはないのかい?」
「あとはネックレスとイヤリングがございます」
殿下の顔になれたのか、接客がスムーズになった店主が銀のレースのジュエリーを持ってくる。
「ではそれをすべて買おう。マリア、つけてあげるよ。おいで」
“推し”にNOと言えないオタクはひきつった笑みを浮かべながら首を縦に振るのだった。