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39.友達にはなれない


 今日も私は魔道具保管室に来ていた。

 アデルハイトが東棟から戻ってくるまでの時間潰しだ。

 前回ノアと出くわした時間とはかなりズレてるから大丈夫だろうと高を括っていた。


「先生、この魔道具はどこに置けばいいですか?」

「そっちの棚の二段目の端に置いてください」

「あ、この魔道具、核にちょっとひびが入ってます」

「おやおや、それは交換しないとね」


 なのに今私はドミニク先生とノアの三人で保管室の片付けをしている。なぜこうなってしまったのだろう。


「マリア、それ重いから手伝うよ」

「ありがとう、じゃあお願いね」


 ノアとタイミングを合わせて机を移動させた。もともと机があった場所の埃を箒で掃いて綺麗にする。

 壊れた魔道具と修理が必要な魔道具をわけて箱に入れて片付けは完了だ。


「手伝ってくれてありがとう。二人のおかげで予定よりずっと早く終わったよ」

「いえ、お役に立ててよかったです」

「いつもお世話になってるし、これくらいならいくらでも手伝いますよ」

「今から書類を取りに行くから少しの間まっててくれるかい?」

「もちろんいいですよ」


 ノアは元気に頷いた。


 時間を確認するとアデルハイトとの約束の時間にはまだ余裕があった。ここに留まってゆっくり過ごすこともできるけれど……。


 チラリと隣にいるノアを伺う。


 マリアの周囲にも、そして私の今までの人生でもいなかった人種だ。

 初対面の人とも物怖じすることなく会話ができて、空気が読めて気を配ることができる。明るくて元気で優しくて顔が良くてポジティブ。

 そしてとにかく人に近付きたがる。パーソナルスペースが狭いのか、他の人より近いのだ。

 油断しているとすぐに肩が触れてしまうような距離にいる。

 先生に対しても距離が近いので、きっと誰に対してもそうなのだろう。


 ……どちらかというと苦手だ。


 しかし名前を知られて捕捉されてしまったのだから、このまま何もせずに帰れば出くわしたときに面倒だ。

 どうするべきか。



 マリアはノアとは極力関わるべきではない。


 ノアは帝国の属国の元王子だった。

 これはノアルートの最後に明かされる真実だ。これまで彼は王家の血筋を絶やさぬよう隠れて生きていた。

 彼が国と名前と父親を失ったのはたった十年前のこと。

 

 戦争の過程でどのような悲劇があったのかはわからない。

 しかし彼の生い立ちを考えれば、帝国の人間を恨んでいたとしてもおかしくはない。


 だからこそ私が公爵令嬢であることは隠さなければならない。



「マリアは今日はなんでここに来たの?」

「待ち合わせの時間までの暇つぶしに来たの」

「ふーん、それって何時?」

「四時……あ」


 考え事をしながら答えてたから、つい本当の時間を言ってしまった。

 今は三時だ。早めに退散するには別の理由を作らなければならない。


「あ、ならまだ時間あるね。ちょうどよかった。マリアに聞きたいことがあったんだ」


 嬉しそうにそう言ったノアは私の手を取り部屋の奥にあるソファーの前まで引っ張った。

 どうやらそこに座れということらしい。


 立ち話するよりは座って話した方が距離は取れるだろうと思ってそれに従う。

 ノアは向かい側のソファーに座った。彼との距離が離れたことでほっとする。

 知り合ってまもない男性と近付きすぎるのは少し怖い。ルカみたいに最初からベッタリくっついて来るのはもちろん論外だ。


「マリアはよくここに来るの?」

「時間があるときに来てただけよ。でもここでの用事も終わったから次は来ないかも……」


 もともと図書館に行けなかったからここに来ていただけだ。

 ルカとの問題が片付いたので来る必要もなくなった。それに指導者という意味でもきっとルカは力になってくれるだろう。


 彼の教え方を私が理解できるかどうかは別として。


「えっ、そうなの? それは悲しいな。マリアと仲良くなりたかったのに……」

「そうそう、前も言ったけど、私がここに来ていたことは誰にも言わないでね」

「わかってるよ。……じゃあさ、秘密にするから今度俺とデートしてくれない?」


 名乗る時にフルネームを教えてなかったから、ノアはマリアが誰なのかをまだ知らない。

 なかなか表に出てこないクラウス公爵令嬢が第二皇子の婚約者であることは周知の事実だ。

 だからこんなストレートにデートに誘われることはなかった。

 しかもよく知らない男性に誘われるなんて。


 いや、私は彼のことをちゃんと知ってるけど、マリアとしてはたった二回会っただけの仲だ。


「えっと、ごめんなさい。婚約者がいるからできないの」

「えー、そうなんだ。ショックだなぁ」


 まったくショックを受けてなさそうな様子でノアは笑う。

 軽い。とはいえ私はゲームで彼のこの行動の理由を知っているので嫌悪感を抱くことは無かった。


「とにかく、別の場所で見かけても私と貴方は赤の他人なんだから声かけないでね」

「それ冷たすぎない? 俺、もうマリアとこうやって話せないってこと?」

「そうよ。第一、私たちはそんなに仲良くないでしょ」

「俺は仲良くなりたいんだけどなぁ」


 拗ねた子供のように唇を尖らせるノアに苦笑する。


「じゃあそろそろ行くわね」

「え、まだ時間あるじゃん」

「婚約者がいるのに、他の男性とずっと二人きりでいるわけにはいかないでしょう?」


 ソファーから立ち上がる。部屋から出るにはノアの横を通らなくてはならない。

 急いで通り抜けてしまえばきっと大丈夫。

 そう思って足早に立ち去ろうとしたときだった。


 ノアの腕がその通り道を塞ぐ。通せんぼされてしまった。


「待って。ここじゃない別の場所で会えば、普通に話してくれるの?」

「他の子と仲良くすればいいじゃない」

「俺、マリアと仲良くなりたいよ」


 これはノアの言葉を受け入れないと通してくれなさそうだ。


「……わかったから通してくれる?」

「約束だよ? 俺、マリアを探すからね?」


 思わず苦笑してしまう。

 ノアが求めているのは初恋相手のリリーだ。いくら私を追いかけても代わりにはならない。


「貴方の気持ちが変わらなければ好きにするといいわ」


 しかし私を探されるとリリーにも出会ってしまう。それは困るな。


「でも、婚約者のいる人をわざわざ追いかけるのはどうして? 本当に仲良くなりたいだけ?」

「……下心なんてないよ」

「ならいいけど。じゃあ行くね」


 通り道を塞ぐノアの腕をどけて保管室から出ていく。


 ああ言っておけば少しは牽制になるだろう。

 ノアもさすがに望みのない相手に付きまとうことはしないだろうし、積極的に私を探しはしないはずだ。

 たぶん。


 とはいってもちょっと教室を覗けばすぐにリリーが見つかってしまうので対策を考えた方がいいだろう。

 が、私がリリーにくっついて回るくらいしか思いつかない。




 いっそノアが別の人を好きになってくれればいいのに。

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