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32.謝罪


 ベッドに入って就寝する直前に現れたのは不躾で傲慢な美形の吸血鬼だった。


「っ…!?」

「静かに。襲いに来たわけではないが、暴れるようならまたあの部屋に連れていく」


 私は必死に頷いた。あそこにはもう二度と行きたくない。

 起き上がってベッドの縁に腰掛けた。

 


「何をしに来たのですか…?」


 隣の部屋にいるアデルハイトにバレないよう、極力小さな声で尋ねた。


「これを返しに来た」


 差し出されたものを受け取ると、それは教授に奪われたままだったバレッタだった。


「ありがとうございます」

「それと……怖い思いをさせてしまってすまなかった」


 !? 謝った!

 信じられない。あんなに人の話を聞かない自分勝手で思い込みの激しい教授が他人に謝るなんて。

 彼の表情は真剣で、口先だけで適当に謝っているとは思えなかった。

 キャラ崩壊起こしてるんじゃない?

 何かへんなものでも食べたのだろうか。


「……いきなりどうしたのですか?」

「いや、あんなに拒絶されるほど嫌だったとは思わなくて……。それをルディに聞いたら怒られた」


 むしろ今までの行動で受け入れられると思っていたことの方が驚きだ。

 というか陛下に話したのか。

 次に会う時どんな顔をすればいいのだろう。


「今まで会った女のほとんどが俺の言うことを全部受け入れたし、そうでない奴も血を吸えば従うようになった」


 それはつまり、今までは顔と吸血鬼の能力頼りで生きてきたってことか。

 まあ顔だけはいいもんね。

 他人にふしなくてもチヤホヤしてくれる人は掃いて捨てるほどいるだろう。

 わからなくもない。

 通常時にこの顔で『お前が欲しい』なんて言われたら私も断れない気がする。


「お前も他の奴らと同じだろうと思い込んでいたんだ。……悪かった」

「……もう過ぎたことです。それより、貴方がつけた印、はずしてもらえませんか?」


 さすがに日常生活を覗き見され続けるのはごめんだ。

 しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。


「それは……できない。その印はルディの要請でつけたものだ」

「えっ」

「これがあれば俺はお前がどこにいても見つけられるし、何か危険なことに巻き込まれても助けられる。お前は今殺されそうなんだろう?」


 まだ何も起こってないけどね。たぶん。

 私が知らされていないだけで実は何かしらあるのかもしれないが。


「命を狙われているとは聞いています。ですが、そこまでしていただかなくても……」

「だめだ。お前はルディの大切な人間なのだろう? だから死なせる訳にはいかない」


 そこは真面目なんだ……。

 それとも、陛下にものすごく怒られたからだろうか。たぶん後者だな。


「ならせめて覗き見できない形にして頂けますか? さすがに入浴時や就寝時に見られてると思うと気が滅入るので……」

「今まで気にせず長風呂したり爆睡したりしてたやつが何を言ってるんだ?」


 は? 今こいつなんて言った?


「み、見てたのですか?」

「ああ。ずっとお前のことを見ていた」


 こんなに平然とした顔で何を言ってるんだろう。

 うっかりときめきそうな台詞だが、それはこれまでずっと監視してたってことで。

 そうなるとつい先日うっかりやってしまったあれも知っているのだろうか?


「お前、男の身体を舐めたいんだろう?」

「!!!?」


 確かにそう言ったけど、なんか違う!

 これじゃまるで私が痴女みたいじゃない。


「舐めてみるか?」

「……結構です」


 危うく頷いてしまうところだった。

 それをやってしまったら本当の痴女になってしまう。


「とにかく、ずっと見られるのは嫌です。どうにかなりませんか?」

「……なら別の印をつけてやる。行くぞ」


 腕を掴まれそうだったので咄嗟に身体をずらして避けた。


「なんで逃げる?」

「だってあの部屋には行かないって……」

「ここでやってもいいが……俺は移動した方がいいと思うが?」


 前回のことを思い出す。

 噛まれるのはものすごく痛かった。それこそ叫んでしまいそうな程に。

 アデルハイトが異変に気付いたら……そんな事になったら大変だ。


「……わかりました。一つだけ、持っていきたいものがあるのですがいいですか?」

「なんだ?」


 枕の下から銀の装飾が施された短剣を取り出す。護身用に用意していたものだ。

 刀身自体は通常の鋼だが、その刀身にも銀の装飾が施されているので吸血鬼には有効だろうと思ったのだ。


「そんな物騒なものどうするつもりだ?」

「いえ、もし襲われそうになったら使おうかと……。吸血鬼ですから銀は苦手ですよね?」

「俺を殺したいのか…?」

「いえ、護身用です」


 さすがに陛下のご友人に手を出す訳にはいかない。

 ちょっと脅すだけのつもりだ。一応。


 それにしても、監視していたなら私がこれを用意していたのを知っていただろうに。

 実はそんなにずっと見ていなかったのかもしれない。


「そんなもの持ってくるな」

「え、でも……」


 手に持っていたナイフは簡単に奪われ、ベッドに放り投げられる。それを拾う隙もなく、私はまたあの部屋に連れてこられた。


「……いきなりすぎます」

「こうでもしないとあれ拾ってただろう?」

「いいえ、実はもうひとつありまして」

「はぁ!?」

「枕の下に隠すだけですと前みたいにいきなり連れ去られた時に持っていけませんから」


 パジャマのスカートを捲り、太ももに取り付けたホルスターから銀のナイフを取り出す。

 衣服の下に隠し持つ形になるため小ぶりだが、先ほどのナイフとは違い正真正銘の銀のナイフだ。


「見ていたと仰ってたので、てっきりこれも取られるかと思っていたのですが……着替えの時は見てなかったのですか?」

「さすがに一日中見ていたわけではない。それに、風呂に入ってる時は見ないようにしていた。嫌がると思って……」


 目が泳いでいる。


「……本当に一度も見てないですか?」

「…………」


 その問いに答えることなく彼は目を逸らした。

 ああ、きっと見たんだな。

 あまり深堀すると私が精神的ダメージを負ってしまう。


「気にしないことにします。今更ですもの。それより痛いことは早く終わらせてしまいましょう」





 印をつける行為は前回と違ってそこまで痛みを感じなかった。

 どうやら痛くないようにしてくれたらしい。

 そんなことができるなら最初からやってくれればいいのに。



「これならここに来なくてもよかったのでは?」

「大事な話をするのに人が来るかもしれない部屋では落ち着いて話せないだろう?」


 それもそうか。

 ……そうか?


「……これは契約の証だ。この印がある限り俺はお前を守り、お前は俺に血を与える。前と違って許可がなければお前を見ることはできない」


 教授が私の髪をひと房手に取り、口付けた。


「居場所はわかるから、何か困ったことがあれば俺を呼べ。すぐにお前のもとに行ってやる。……いいか、俺の本当の名は“ ルカ”だ。ヘンリーじゃない。間違えるなよ」

「え、ヘンリーって偽名だったの!?」

「ああ、ルディが適当に名前をつけた」


 ゲームではずっとヘンリーだったのは何故だったのか。

 ヒロインには本当の名前を教えてあげればよかったのに。

 とは思うが、目の前の彼とはまた別の彼の話だから言ってもわからないだろうな。


「……これで話は終わりでいいかしら? そろそろ部屋に戻って…」

「まだだ」


 ヘンリー、いや、ルカは私を抱き寄せた。

 そして私の首筋に唇を寄せる。

 

「契約は、お前が血を与えることで成立する。……少しだけ貰うぞ」

「待って!」

「……なんだ?」

「首からはやめて欲しいの。血を飲むだけなら手から飲めばいいでしょ?」


 露骨に嫌そうな顔をされたがこれは譲れない。

 僅かとはいえ痕は残るし身体は密着するしでいいことはないのだ。


「お願い」


 ルカは渋々身体を離し、私の右手を取った。

 そして人差し指を咥えた。

 チクッとした痛みの後に指を吸われ、そして指に舌が触れる。


(これはこれで恥ずかしいかも……)


 見ていられなくて目を伏せた。

 ルカが血を飲み終わるのをじっと待つ。

 見つめるのも恥ずかしいが、様子が見えないのも余計に意識が指に集中してしまう。


「終わったぞ。……なぜ顔が赤いんだ?」

「なっ、なんでもないです! 早く部屋に帰してください」


 恥ずかしくて死んでしまいそうだ。

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