表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/188

2. 憑依なんてありえない



 私が悪役令嬢になったのは一ヵ月半ほど前のこと。


 鏡に写った私は私ではなかった。

 この世界での私の記憶はここからはじまる。


 青みがかった銀髪、くっきりとした二重に吊り上がった目、そして形の良いぷっくりとした唇。

 その鏡に映った顔を私はよく知っていた。



 それは乙女ゲーム『華の神子』に登場するキャラクターでヒロインであるプレイヤーに嫉妬し、嫌がらせをする存在。


 マリアは公爵家の令嬢であるため、まごうことなく『悪役令嬢』である。


 動悸が激しくなる。まるで貧血を起こしたときのように視界がぐらぐらした。

 周囲を確認すると、どうやらここはマリアの私室のようだ。

 よろよろとベッドに腰掛ける。落ち着いて状況を確認しなければ。


 深呼吸してそっと記憶の糸をたどる。

 この身体はマリア・フォン・クラウス。

 クラウス公爵の娘で兄二人をもつ末っ子。

 先日十五歳になったばかりだ。


 まだまだ陽が高いが、午前中に魔法の練習を張り切りすぎて疲れたために少し休むといって部屋に戻ってきたのだ。

 それはまるで映画でも見ているように鮮明に思い出すことができた。



 ほっと息を吐きだす。

 しばらくは誰かがやってくることはないようだ。


 そして私はマリアではないが、マリアとして振る舞うことに問題はないだろう。


 再び記憶の糸を手繰り寄せる。

 次は本来の私の記憶だ。

 日本にいたオタクとしての私の記憶は、イベント当日の朝に原稿をかきあげたところで最後だ。

 三徹で朦朧としていたが、原稿を保存したところまでは覚えている。


 が、それ以降の記憶は何もない。


 つまり、私はその直後に死んでしまって、ゲームの悪役令嬢に憑依してしまったのだ。

 最近流行ってるやつ!

 私は閃いたとばかりに立ち上がったが即座に思い直す。

 そんな非科学的な話信じられるわけがない。



 そもそもゲームとおなじ世界が実在するなんて馬鹿げてる。

 しかも憑依した先が悪役令嬢??



 あり得ない。

 創作の世界が登場人物も関係性もそのままに存在するなんてあり得ないわ。


 普通に考えたら夢よね。

 そう思ったら今の状況はなんてことないように思えてきた。



「どうせ見るなら『神遊戯』の夢がよかったー!! 悪役令嬢出てこないし女の子はヒロインしかいないし」


 日本の一般家庭ではなかなかお目にかかれない天蓋付きの巨大なベッドでゴロゴロと転がる。


 清潔なシーツにふかふかマット。

 高級ホテルに泊まったことはないけれど、きっとこんなかんじの寝心地のいいベッドが使われてるんだろうな。

 夢みたい。たぶん本当に夢だけど。



 自分の行いを省みるもこんな贅沢な夢が見られるのなら悪くはない。


「まぁ夢ならすぐに覚めるでしょ」


 これは地味に暮らしている私への私からのご褒美かもしれない。

 そんなことを考えつつ私は貴族生活を満喫することにした。









 そうして夢が覚めぬまま二週間が経った。


「まさかこれ本当に夢じゃなかった……とか…」


 うすうすそうじゃないかとは思ってたけど、まさかこんなことが本当に起こると思わないじゃない。

 ……いやいやいや、ゲームと同じ異世界が存在するなんてないないない。

 設定まで全部一緒だし。


 いくら頬をつねっても夢は覚めるどころか痛みが増すばかり。

 現実逃避もそろそろ限界だ。

 貴族生活を満喫してるどころじゃなかった。

 どうにかしないと。


 もちろん、これまでだって不安になって色々と試してはみた。


 主に自傷行為的なあれこれを。

 頬や手足を抓るのはもちろんの事、針で刺してみたりナイフでばっさりやってみたり、あと階段の上から転げ落ちてみたり。


 最後の階段からダイブは自らやったことではないけれど。


 憑依したからなのか、なんだか身体が動かしにくいのだ。

 元の身体と色々サイズが違うからだろうか。

 しかも慣れない重いドレスを着てるために足がもつれてよく転けていた。


 あの時は、その場所がたまたま階段の上だっただけ。

 結果、私はエントランスの階段の一番上から一番下まで転がり落ちた。

 ここは池田屋かな?って勢いで。


 そして一週間意識の戻らない重体となり、少し前に目が覚めて絶望のどん底に叩き落とされたところだ。


 目が覚めた途端知らない人達が私を見て泣きながら喜んでるのはかなり怖かった。

 いや、一人は知ってる顔があったけれども。でもほぼ知らない人だ。

 泣きながら手を握られても正直困る。


 で、混乱してものすごい泣いた。それはもう泣き叫んだ。

 旅の恥はかき捨てだというけど、憑依した場合も同じでいいかな。



 何にしても私はこの世界から元の世界に戻ることが出来ていない。


 困った。本当に困った。

 本当にこの世界はなんなのだろう。

 もしこれが夢ならば、どうにか目覚める方法はないのだろうか。


 来月発売の新作ゲームやりたいし十年間追い続けていた漫画の結末も見たいし今期のアニメがとても面白そうなので続きが気になる。

 家族にも親友にもお別れが言えないなんて。

 謝りたいこともお礼を伝えたいことも山ほどあるのに。

 

 そして何よりPCの中にある原稿のデータと自室にある同人誌の山!!

 これを残して死ぬわけにはいかない。

 切実に戻りたい。

 家族はオタクではないのだ。

 死んだ娘の大っぴらにできない趣味を見たら……哀れとしか言いようがない。

 もちろん一番哀れなのは私だ。



「……」




 ゲームの世界をなぞってるのなら、このゲームをクリアしてしまえば夢も終わるのではないだろうか。小説や漫画の世界ならそうだ。


 エンディングを迎えたらその報酬でもとの世界に戻るのだ。

 少し無理やりすぎる気もするが、今の状況事態が無理やり展開なのだからこの際少し無理やりが増えてもいいだろう。


 ただ、こういう夢に囚われるお話はこっちで死ぬと現実世界でも死んじゃうって言うのがお約束。

 この世界での私は悪役令嬢。

 つまり悪役、やられ役なのだ。


 すべてのルートをクリアしたわけではないのだけれど、いくつかのルートでマリアは悲惨な最期を迎える。

 きちんとグッドエンディングを迎えることを前提とするなら主人公の動きを見極めて私が死なないルートに誘導しなければならない。




 こうして私はヒロインを導くべく悪役令嬢の道を歩む決心をした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ