19.デートの約束
用事のない日の放課後は極力図書館で過ごしている。
シナリオをこれ以上狂わせないという目的に加え、本が好きだったマリアを演じるため、授業の予習復習をするため、そして一人になるためだった。
この図書館には人が来ない。
だから一人で考え事をするにはうってつけだったのだ。
適当な本を何冊か手に取り閲覧席へ向かう。
この世界の本は全てがハードカバーだ。全て皮製の本当にファンタジーの魔導書のイメージにぴったりな本。
そして紙もしっかりしていて分厚い。だからなのかやたらと重い。
一度にたくさん持つことができないしちょっと中身を確認するのも大変で若干めんどくさい。
本が重たいなーなんて思いながら小さくため息をついた。
結局昨日の出来事は何だったのだろう。
一人で考えても答えが出ないことなどわかりきっているが、それでも考えずにはいられなかった。
だってリオンの言い訳はどう考えても嘘だったから。
友人から逃げていてつい私を抱きかかえて逃げてしまったというが、あのあらわれ方は最初から私を連れ去ることが目的としか思えない。
彼が何のためにそんなことをしたのかはわからないが、少なくとも危害を加えることではないのだろう。
だって私は何もされなかった。
こういうわけがわからないのは本当にストレスが溜まってしまう。
いや、もうリリーとリオンがくっついてくれればなんでもいいや。
面倒なことを考えてはいけない。肝心なのはグッドエンディングを迎えることだ。
彼が何か企んでいたとしても関係ない。
だってリオンルートでマリアはほぼ関わってこないのだ。
早くリオンとリリーを出会わせよう。
二人が出会ってくれればきっとうまくいく。
「ずいぶんと重そうだね。持ってあげようか?」
「殿下……」
本を抱えて歩く私の後ろから、しれっと現れたのは私の“推し”の殿下である。
今日も一段とお美しいですね。
なんとなく来るだろうとは思っていたが本当にそうなるとは。
教室のある中央棟からこの図書館まではずいぶんと離れている。
だからこそ私はここを選びせっせと通っていたのだが、もしかしたらあまり効果はないのかもしれない。
というか殿下お仕事しなくていいんですか? 確か公務ありましたよね??
「結構です。持てないほどの重さではありませんから。それより図書館にいらっしゃるなんてどうされたのですか?」
マリアの記憶では殿下は本を読むことを好まなかった。
その理由は知らないけれど、静かに本を読むより身体を動かす方が好きなのかもしれない。男の子だしね。
「僕がここに来る理由なんて一つしかないだろう? 君に会いに来たんだよ」
「いつもお会いしているではありませんか。先週末も一緒に過ごしましたわ」
「それでももっと一緒に居たいんだ」
殿下は笑って手にしていた本を持ってくれた。
「……ずいぶんと難しい本を読むんだね」
その背表紙のタイトルを見て殿下は顔を歪めた。
古代遺跡を調査した論文を集めた本と建国時に初代皇帝が起こしたとされる戦争の文献、そして四百年前に起きたエルフとの抗争の文献。
最近帝国史の本を読み漁っていたからもっと深堀したくて手に取ったものだ。
「少し興味があって……」
それらは絶対にゲームの中では知りえないものだ。
この世界ではどういう歴史が設定されていてどういう流れで今に繋がるのか。
綻びは本当にないのか。ここは私の夢なのか現実なのか。
本を読んだってそれらの答えが出ないことはわかっていたが、重箱の隅をつつけばボロが出たりしないかなーなんてちょっと思ったのだ。
そして調べてみたら案外楽しくて今に至る。
正真正銘ただの興味だ。何の意味もない。
「そう。マリアは勉強熱心なんだね……」
いつも座っている窓際の席に座る。
当然のごとく殿下は私の隣の席に座った。
そしてそのまま頬杖をついて私を見つめてくる。
「ど、どうしてそのように見てくるのでしょうか……?」
ただでさえ隣の席に座られてそわそわしてしまうのに、さらにそんなに見つめられたら平常心ではいられない。
「昨日のリオンとのことだけど……」
何の脈絡もなく切り出された話題に心臓が跳ねる。
「っ、リオン様からお聞きになられたのですね」
落ち着け。
私は何も悪くないはずだ。
でもそのことを聞かれても私は答えようがない。
だってなんであんなことになってしまったのか私も知らないのだから。
「いや、たまたま君がリオンにしがみついているところを見たんだ」
ぎゃあ! 一番最悪なパターンじゃない!!
最悪だ。浮気されたと思われても仕方ない。
してないけど! 何もしてないんだけどね!!
状況的にはそう見えるから。
殿下は先ほどから表情は変わらない。
「僕には今までそんなふうにしてくれたことなかったのに……リオンのことを好きになったの?」
「ち、違います! 私がフランツ様以外の方を好きになることなんてありえませんわ」
浮気なんてしてません。
ここでリオンに気があるなんて思われたらいろいろとややこしいことになってしまう。
マリアが好きなのは殿下でなくてはならないし、殿下にはマリアのことを好きになってもらわなければならない。
私が死なないために。
必死に言い訳を考えていると殿下が驚いたような顔をして固まっているのに気が付いた。
「フランツ様……?」
「……あ、ああ、疑ってしまって悪かった」
「いえ……」
不思議な雰囲気になる。
何か変なことを言ってしまったのだろうか。
「……土曜日は友人と街に出かけるんだろう?」
「はい、リリー様とアデルハイト様と三人で一緒に過ごす予定です」
「なら日曜日は僕とデートしよう」
「デートって……」
今まで頻繁に会いに来てたのはデートではなかったんだな。
いや、確かに屋敷にきてお茶飲んでお喋りしていただけではあるが、でもそれは世間一般的にお家デートというやつじゃないのか。
「婚約者なんだ。それくらいいいだろう? たまには皇宮に遊びにおいで。もちろんレオは連れてきちゃ駄目だよ」
殿下は楽しげに笑っている。
そして彼の左手が優しく私の頭を撫でた。
(やっぱりまだ妹扱いされている気がする……)
どうすればこの妹扱いから抜け出せるだろう。
相手に意識させるためにはボディタッチするといいとよく聞くけど、すでに向こうからされている。
ならば思わせぶりな言葉で意識させるか。
…………何を言えば意識してもらえるんだろう。
狙った相手に好かれるなんてテクニック、私は持ち合わせていない。
とりあえずデートを喜んでおくか。
「わかりました。二人きりで過ごせる時間を楽しみにしてますわ」
「…………うん、僕も楽しみだよ」
あれ、今の間はなんだ。
不思議に思っていると殿下の顔がぐいっと近付いてきた。
近い! お顔が! 近いです!!
「マリア、今も二人きりだよ……。どうする?」
「ど、ど、どうするって、何がですか!?」
「先週僕が言ったことを忘れてしまったのかい? なら思い出させてあげようか」
殿下の右手が伸びてきて私の唇を指でなぞった。
「!!?」
馬車の続きってこと!?
ここ図書館ですよ!??
「…………なんてね。そろそろ帰ろう。あまり遅くなるとまたレオに怒られる」
殿下はにっこり笑って私から離れた。
もしかしてまたからかわれた……?
いや、それより……。
「帰ろうってまさか……」
「ああ、今日も泊まるつもりだよ」
皇子がそんなしょっちゅう外泊って許されるんだろうか……。
 




