169.お茶会2
お茶会の話題は流行りのものから恋愛の話に変わっていた。
参加している令嬢たちは私の事情を察してくれているのか話を振ってくることはない。
ありがたいけれど少し居心地が悪い。
話題にあがるのは身分も顔もいい男子生徒の事。リオンやアレクも出てきたが、今はシュテファン伯爵家のマクシミリアンという二年生の話になっていた。
関わりが無さすぎて名前しかわからない。
誰に対しても優しく、これまで浮いた話もない。何よりかっこいいんだそう。
やっぱり顔は大事よね。
「そういえばエルゼ様はビスマルク家の方とお付き合いしてるとか……」
エルゼの近くにいる令嬢が突如クリスについて言及した。
場の空気が少しだけ変わる。
「……ええ。クリスティアン様とお付き合いさせていただいております」
エルゼは少し気まずそうに頷いた。
ゲルダが婚外子という存在を嫌っていることは有名だと聞いた。
けれどクリスは私の従兄でお兄様や私と仲がいい。それに私が最も仲良くしている友人はリリーだ。
どのように答えても私かゲルダの反感を買うことは避けられない。
とはいえ私はクリスのことを好きではないから何を言われても気にしないけどね。
マリアにとっては弟のような存在だとしても私にとっては他人だし。
本人や家族のいない場所でクリスのことを気遣う必要は無い。
「どうして彼を選んだのですか?」
「…………クリス様は英明闊達で素晴らしい方ですから」
「エルゼ様は爵位より彼の将来性を見込んでいらっしゃるのですね」
「そ、そのようなことを考えていたわけでは……」
エルゼに質問する令嬢の言葉には悪意が感じられる。
私とゲルダを対立させたいのか、エルゼを孤立させたいのか。
いずれにしても気に入らない。
何か言い返してやりたかったけれど私は彼女の顔が認識できないせいで名前がわからない。
下手なことを言えばマリアの立場が悪くなってしまう。
ここは我慢して黙っているべきだ。
「それに夏休みに入ったばかりのころ、帝都に侵入してきた魔獣を二人で捕獲して勲章を授かるそうですね」
「ええ、そのように聞いています……」
「あのルイス殿下よりも早く、最年少での受勲だとか……。それにしても帝都の街中に魔獣が現れて、それを捕獲できる方が居合わせたなんて凄い偶然だと思いませんか?」
「…………」
「帝都に現れたというオルトロスは討伐に特殊な武器が必要で、本来なら十人がかりで討伐するような凶悪な魔獣だそうです。それをたった二人で捕獲するなんて……どうしたらそんなことができるようになるのでしょうね」
……あ、これは私に喧嘩を売ってるのか。
私はあの場にいた。
二人が守ってくれなければここに居ることは出来なかっただろう。もちろんあの時噴水広場にいた全員がそうだ。
二人は間違いなく多くの人の命を救った。
だからこそ彼女の言葉を無視することなんてできない。
私は顔の認識できない目の前の令嬢を睨むように見据えた。
「つまり二人が勲章を手に入れるためにオルトロスを帝都に引き入れたと言いたいのでしょうか?」
「まさか……そのような恐ろしいこと考えてもいませんでしたわ」
彼女は軽く笑って白々しく否定した。
確かに決定的な事は何一つ言っていない。
けれど彼女がその根拠のない出鱈目な推論でクリスとエリックを貶めたいという意図は誰の目からも明らかだ。
「仰る通りオルトロスは本来二人で捕獲できるような魔獣ではありません。ですので二人が受勲することとなったのです。先程の口ぶりからすると、二人の功績そのものに不満があるようでしたが……」
「不満なんてありませんわ。ただ不思議に思っただけです。私たちは普段魔獣なんて目にしませんから」
「そうでしたか。先の件はしっかりと調査を行った上で皇帝陛下が直々に決定を下したものです。そのことに不満を持つなんてあまりにも不敬ですから……。あらぬ誤解を与えてしまわぬよう、今後は言葉には気をつけられた方がよろしいかと思います」
もしまたどこかで同じような事を言ったのなら不敬罪で突き出してやる。
私の言いたい事を察したのか、彼女は取り繕うようにお礼と謝罪の言葉を発した。
実際にはこんな些細なことで罪に問うことはできない。けれど釘を刺しておくことは必要だ。
もし別の場所であんなことを触れ回っていたのなら……。
可能性がないとはいえない。
帰ったらサラに相談してみよう。彼女ならきっといいアドバイスをくれるだろう。
小さくため息をつく。
私のせいで周囲の雰囲気は最悪だ。
やっぱり私には社交は無理だな。潔く諦めよう。
そう決めたらこれ以上ここにいても仕方がない。
「本日は失礼させていただきます。皆様とお話できて有意義な時間を過ごす事ができました」
別れの言葉を口にして席を立つと、隣にいたゲルダもほぼ同時に席を立った。
「お見送りいたしますわ。皆様はこのままゆっくりとお過ごしください」
ゲルダの申し出を断ろうかと思ったけれどお茶会の空気を悪くしたことを謝らないといけない。
立ち上がり二人で庭園から離れる。
「先程はお茶会の雰囲気を悪くしてしまって申し訳ありませんでした」
「いえ……。迂闊なことを口にしたドロテア様にも非がありますから。私も彼女をとめればよかったですね」
ゲルダは眉尻を下げ申し訳なさそうな表情をした。
そんなこと絶対に思っていないくせに。
あの場にいた令嬢達は私を品定めしていたように思う。仲のいい従兄弟を貶められてどう対処するのかを見ていた。
本来ならば貴族令嬢としてあのように感情をあらわにすることは褒められるようなことではない。
嫌味を言われたとしても笑顔でかわせるだけの余裕がなければならないのだ。言い返すにしてもあの様な相手の面目を潰すような真似をしてはならない。
でもそんなのクソ喰らえだ。
大切な人を悪く言われても笑っていなければならないのなら、それが貴族令嬢としての正しい行いだというのなら、私は失格でいい。
これは私の感情ではなく、間違いなくマリアの感情だ。
だから今回の立ち回りに後悔はない。
「マリア様とはもっとお話したいことがあるのです。次はお茶会ではなく、個人的に会ってお話させていただけませんか?」
「え、ええ……。ゲルダ様にそのようなお誘いをいただけるなんて嬉しく思います」
「ではまた改めてお手紙をお出ししますね」
誘いを受けたことを不思議に思ったが、それについて疑ったところで何かわかるわけもない。
私は礼をしてゲルダから離れた。




