164.兄との再会4
「遅くなってしまって申し訳ございません」
殿下はいつもよりほんの少し低い声でルイス殿下に謝罪した。
それに対してルイス殿下は首を横に振り三人に座るよう促す。
「気にしなくていい。ヨハンがこちらの予定を考えずに早く来ただけだ。全てこいつが悪い」
ルイス殿下の表情は先程より少しだけ柔らかい。大好きな弟が来たからかな。
反対に私は胃が痛くて泣きそうだ。
ヨハンお兄様はなんだか様子がおかしいし、フランツ殿下はなんだか表情が暗い。
これからどういう話になるかわからないけど、少なくともこの雰囲気はよくならないだろう。
「確かに俺が少し早く来てしまったのは悪かった。だがお前が忙しいのはわかってるつもりだ。少し話してすぐに帰るつもりだったんだ。というか俺はルイとマリアの話を聞きに来たはずなんだが、どうして三人が来たんだ?」
「俺が呼んだ。少しでもヨハンが大人しくなればいいと思ってな」
「弟達を盾にするな。悪いが俺はいつも通りにするからな」
「そうか、それは残念だ」
ルイス殿下は苦笑している。
「ヨハン、久しぶりだね。元気だったかい?」
「ああ。急に来て悪かったな。だがお前たちの顔を見ることができてよかった。学園生活は楽しんでるか?」
「レオもリオンもいてくれるし楽しいよ。ヨハンは結婚生活はどうだい? 仲良くやれてる?」
「全然。今朝も喧嘩してきたしほぼ毎日喧嘩してるな」
あっけらかんと言い放ったヨハンお兄様に殿下は口元を引き攣らせた。
私もびっくりしてヨハンお兄様の顔を凝視する。
毎日喧嘩してるの? なんで!?
「そんなことよりフランツは二人のことを納得しているのか?」
「…………納得はしていないけれど二人が決めたことだ。僕が口出しする権利は無い」
「本当にそれでいいのか?」
「うん。まあ納得できるまで二人の邪魔をするつもりなんだけどね」
「ははは、そうしろ。そのうちボロが出てくるかもしれん」
「酷いな。俺はそんなに信用がないのか?」
「今回のことに関しては信用出来ないな。レオとクリスはどう思う?」
ヨハンお兄様は殿下の隣で黙っている二人に話を振った。
「俺は……マリアが自分で選んだのならどちらでもいい。俺は何か言えるような立場では無いし……」
気まずそうに二人で目を合わせ、先に喋ったのはクリスだった。
まあクリスは私の従兄弟ってだけだしそうなるよね。
「レオは?」
「…………これまでのマリアの事を考えると今回の件は信用できないと思っています」
その言葉に驚く。
まさか実の兄から信用されてなかったとは。
お兄様は殿下とずっと一緒にいるし、私が振り回してしまっているのを見ているからそう思われても仕方ないかもしれない。
いやでもちょっとショックだ。
「それは何故だ?」
「最初マリアはリオンの事が好きだっただろう?」
「えっ!?」
思いもよらない言葉に声が出てしまった。
どうしてそんな勘違いをされてしまったのか。
「違ったのか? リオンを見る度に嬉しそうにしてたじゃないか。それに人見知りするお前がやたらとリオンには近付こうとしていた」
「ああ、僕も最初はそう思ってたよ。マリアはリオンの事が好きなんだって」
二人の言葉を理解するのに少し時間がかかった。
確かに、リオンに対しては彼女面して絡みまくった自覚はある。
距離も他の人より近かったかもしれない。というか近かった。
けれどリオンは嫌がる素振りはなかったしいつも優しく接してくれてたし……。
でもそんな風に思われていたなんて。
当時はまだマリアは殿下の婚約者だ。浮気していると思われてたってことか。
「その後はフランツの方へ行って、両想いになったと思ったら婚約解消して……今はルイス殿下と婚約しようとしている。信用するなんて到底無理だ」
その突き放したような言い方に胸が痛む。
「それに…………立場的にマリアから婚約を強要することは出来ない。が、本当にマリアが何もしていないとは……俺は思えない」
私はお兄様からルイス殿下を誑かしたと思われている。
鳩尾のあたりが重くなる。
「レオがそう言うのだからマリアは疑われるような言動をしていたのだろう。マリア、お前はどうなんだ? レオの言葉に反論することはあるか?」
「わ、私は……」
なんと言えばいいのだろう。
ここでどんな弁明をしたところでお兄様の不信感は消えないだろう。
殿下もクリスも何も言わないから、もしかしたら二人とも同じことを思っているのかもしれない。
「ルイス殿下を籠絡しようとしたことは一度もありません」
「俺は俺の意思でマリアに婚約を申し込んだ。誰かに強要された事実は無い」
「まあ二人の答えはそうだろうな。ここで白状するようならこんな大事にならない」
ヨハンお兄様は軽く笑いながら含みのある言い方をした。
なんだか追い詰められているようで怖い。
「で、リオンとはクライスト伯爵の息子だったか。その件は事実なのか?」
「違います! 私は彼を好きになってはいません」
「では何故レオはそんな勘違いをした? マリアはどうしてそいつだけ特別扱いしたんだ?」
日本でやってたゲームの登場人物と瓜二つだからなんて言えるわけが無い。
かといって適当なことを言えば余計に疑われる。
えっと、嘘をつくときは真実をいくらか混ぜるといいんだっけ。
この場合、話してもいい真実はなんだろう。
リオンが周囲の人よりかっこよく見えたこと、くらいか。
それだけだと少し弱いかもしれない。もう少し理由を盛らなければ。
「それは……その……」
視線が私に集まっていることがわかる。
胃が痛い。早く逃げ出したい。
「か…………顔が、…………好みだったから……です」
恥ずかしすぎて声が小さくなってしまった。
泣きそう。
「だ、だって守ってくれるって言われて、その、なんだかお姫様みたいに優しくしてもらえて、だから……嬉しくて……、たくさん話したくて……」
死ぬほど恥ずかしい。
こんな理由しか出せないことが辛い。
前を向いていられなくて顔を手で覆って下を向いた。
みんなからの視線が痛い。恥ずかしさのあまり涙が滲んできた。
どうしてこんなことになっているんだろう。
「なるほど。マリアは顔のいい男が好きなのか」
あまりにも場違いな明るい声でヨハンお兄様は言った。
そういう事はもうちょっとぼかして言ってほしい。その言葉は私の心にグサグサ刺さる。
間違ってはいないから余計に辛い。
でも人間誰だって美しいものが好きなはずだ。私が特別なわけじゃない。
だって顔がいいんだよ? そんなの好きじゃない方が稀だ。
「ま、まあそれまで同年代の異性と関わることがなかったから……うん、仕方ないね。リオンは確かにかっこいいよね……」
顔を見なくても殿下が落ち込んでいるのがわかる。
本当にごめんなさい。マリアをそんなミーハーな子にしてごめんなさい。
「ああ、だからルイを選んだのか? 外面だけは誰よりもいいからな。だが中身は臆病で人の話は半分しか聞かないしとにかく頑固で面倒な奴だ。見た目で選ぶと苦労するぞ?」
納得したようなヨハンお兄様の言葉に空気が凍りつく。
なんでここで皇子を貶めるような発言を?!
恐る恐るルイス殿下の方を見ると苦笑していた。
ここまで言われて怒らないのはどうしてなのだろう。
「マリアは見た目で俺を選んだわけではない」
「本当にそうか? そもそもお前が父上と陛下の言質を無理矢理とったんだろう? 父上が許可したからマリアもそれに従った。それだけだ」
「マリアもこの婚約に納得している。何度も言っているだろう」
ヨハンお兄様はそうだな、とルイス殿下の言葉を軽く流した。
「二人が今何を言っても周囲の不信感は消えない。そんなことはわかっているだろう」
「ああ」
ルイス殿下は平然としているけど、これからどうするつもりなのだろう。
認めてもらえなければ婚約はできない。婚約できなければ目的は果たせないのに。




