159.相談
「今日は皇帝としてでなくマリアの従叔父として、そして君の友人として話をしよう」
陛下はそう切り出した。
いつもならそんなこと言わないのにあえてそう言ったのは私の隣にルイス殿下がいるからだろう。
いつもと同じ陛下の執務室なのになぜか空気が重い。
ふかふかのソファーに座っているのにどことなく座り心地が悪いのはその雰囲気ゆえか。
ルイス殿下は険しい顔をして目の前に座っている陛下を見つめている。
二人の仲、良くないのかな。
無関係の私が首を突っ込んではいけないけれど、もう少し家族仲良くできればいいのに。
「ルイスは少し肩の力を抜きなさい。僕は彼女の願いを妨げることはないし、できる限り協力するつもりだよ」
「…………父上はいつからご存知だったのですか?」
「それは彼女がマリアではないことかい? ルカが彼女に会った後すぐに報告してくれたから四月からだね」
ルカと初めて会ったのは入学式の翌日だ。
仕方なかったとはいえもう少し早く教えてほしかったな。
「それで直接話さなければならない事とはなんだい?」
私はエルフに会ったことと屋敷にエルフが出入りしているという事実、そして昨日確かめたことを話した。
「…………それは困ったね」
「そのエルフの男は信頼できそうなのか?」
「正直わからないの。害意はなさそうだけど善意で助けてくれるような人でもなさそうだし……。仲良くなれそうな気はするから、頼まれた人探しの結果次第かな」
「次はどうするつもりなんだい?」
「それは……まだ何も思いつかなくて。屋敷にいる認識できない人たちの中に探しているエルフがいるとしても、他の人達がいる理由が見当もつかないので……」
「その事だが、それらが別人だという確証はあるのか?」
「ううん、誰かがいるのがわかっただけでそこまでは……。でも同一人物だったとして、そんな短時間に屋敷内をうろうろする理由なんてないと思うんだけど……」
「理由ならあるだろう。その人物はお前の行く先々に現れている。つまりお前について回っているんじゃないのか」
「……まさか。だって私女性のエルフに会ったことないし付きまとわれる理由なんてないし……」
「その理由は俺にもわからない。が、何かがあるからエルフの男はお前に接触して来たのだろう」
そう言われるとそれが正しいような気がしてきた。
確かにうちの屋敷に何人ものエルフが入ってきててメイドのふりしてると考えるより、私の後をついて回っているエルフが一人いると考えた方が自然だ。
認識できないからそのエルフが何をしてたかわからないけれど。
「…………だったら一人になったときに声をかければ応えてくれるかな」
「それは危険だ。そのエルフの女がなんの目的でそこにいるかわからないんだ。敵意がないとも限らない」
「でも今まで何も無かったのよ。私に危害を加えるつもりならとっくに何かされてるでしょ」
「それはルカのおかげかもしれないね。もし君に何かあればルカはすぐに駆け付けるだろうから」
確かにそうかもしれない。
下手に私がエルフと接触してルカを巻き込むことになったら大変だ。
ルカはエルフと折り合いが悪いらしい。そしてあのエルフの男から私の願いがバレたら……。
今はまだルカに知られたくない。
いつか知らせないといけないけれど、それは私の口から然るべき時にきちんと話すべきだ。
「その屋敷に入り込んでいる奴についてもっと調べる必要があるな」
「でもどうやって? 認識できないから調べようがないわ」
「そうだな……。次にメイドの仕事を見学するのはいつだ?」
「次は明後日よ」
「ではその日一日お前と共に過ごそう」
「ルイス、それは駄目だよ。何かあったら取り返しのつかないことになる」
「マリアを守るためです。先生に打ち明けられない以上こうする事が最良の方法でしょう」
「お前が行けば事態が悪い方へ動くかもしれない」
「このまま静観していればそれこそ取り返しのつかないことになるかもしれません。相手は既に公爵家に出入りしています」
「お前が赴くことで向こうが強硬手段をとらないとも限らないだろう」
「そのときは先生に頼るしかありません。けれど向こうが万全の体制を整えた後にそうなるよりはいいでしょう」
ルイス殿下と陛下は険しい顔で言葉を交わしている。
私の問題なのに私が口を出せる雰囲気ではない。日本人らしく空気を読んでもう少しだけ黙っておこう。
「君は自分がこの国の皇子である自覚はあるのかい?」
「それを自覚することに意味などないでしょう。それに危険を避けてばかりでは何も為せません」
陛下は諦めたように小さくため息をついた。
「マリア、明後日の朝に会いに行く。何が起こったとしても必ずお前を守るから心配しなくていい」
「う、うん、でも陛下も反対してるしもう少し私だけで調べてからでも……」
「お前を守るためだと言っただろう。俺はお前の力になりたいんだ」
好みの顔に真剣な表情でそんな風に言われたら嫌なんて言えない。
私は促されるまま首を縦に振った。
ルイス殿下はそれに満足したように綺麗に笑った。
「エルフ相手だったとしてもそれなりにやりようはある。それに先生と同じような魔法を使っているのなら集中すれば何かしらの痕跡を感じられるはずだ」
「そんなことできるの?」
「ああ。一日お前の傍にいれば本当にお前についてまわっているのかどうかがわかる。いつから居ていつ居なくなるのかがわかればお前も動きやすくなるだろう」
ルイス殿下は私の頭を撫でた。
優しく見つめられて恥ずかしくなってくる。
陛下の前だから私を好きなふりしないといけないのをすっかり忘れてた。
恥ずかしがるのはダメだ。私もルイス殿下を好きにならなければならないのだから。
私もルイス殿下を好きだとアピールするには喜ぶ振りをするべきなのかな。
いやでも急にここで喜びはじめたら演技だとバレるかな。
とりあえず話題を変えて誤魔化しておこう。
「あ、あともう一つ相談したいことがあって……」
私は二人にマリアの感情がわかるようになったことと、それに振り回されてしまっている現状について話した。
「ルカはマリアの身体に私の魂が入ったと言っていました。そのことに関して他に何か聞いていませんか?」
「…………ルカは君の身体のことを話そうとはしないんだ。だから僕は詳しいことはわからない」
「そうですか……」
やっぱりリリーに聞いてみるべきか。
リリーも直接わかるわけではなくて、周囲にいる精霊に教えてもらったと言っていた。私のことを嫌っている精霊たちが教えてくれるといいんだけど。
「他に何か変わったことは? 胸が苦しくなったり身体が痛んだりしていないか?」
「それは大丈夫。ただマリアの気持ちがわかるようになってマリアの夢を見るようになっただけよ」
「夢?」
「うん……。もともと毎晩悪夢を見るんだけど、その後にマリアの声が聞こえるの」
今朝もそうだった。
家族から愛されているはずのマリアの異常に低い自己肯定感と皇子の婚約者になってしまった絶望と、それでも認められたいという渇望から来る言葉。
「ずっと苦しんでたみたい。だから夢を見たあとは私も少しだけ苦しくなるわ」
目が覚めたあと彼女の記憶を辿るとこれまでとは見え方が変わっていた。映画を見ていたようなこれまでとは違い、それはまるで実体験したかのような生々しさがあった。
周囲が優秀な人ばかりだったから余計にマリアの不出来さが際立った。努力は彼女の求めていた結果には繋がらず、虚しい慰めの言葉と小さなため息ばかりが記憶を埋めつくしている。
彼女の感情と共に見た記憶は辛く悲しいものだった。
それでも私から見たらマリアは優秀だし美人だし、殿下の横に立つのに相応しい女の子だった。
もちろんこの国にはマリアより優秀な女性はたくさん居るだろう。それでも彼の隣に最も相応しいのは間違いなくマリアだ。
ふと気付くと部屋の空気が重苦しく、二人の表情は曇っていた。
ヤバい、どうにかして誤魔化さないと。
「えっと、その、苦しくなるって言っても少しだけですし、マリアも悩みはあっても幸せな日々を過ごしてたと思うのでそんな深刻な話ではないです」
「…………無理はしなくていい。お前の辛さを理解することはできないが、話を聞いて寄り添うくらいならできる。苦しいことや悲しいことを無理矢理抑え込むな」
「……ありがとう」
その優しさに少しだけ泣きそうになった。
……そんなに優しさに飢えてるわけではないのに不思議だ。
これはルイス殿下の顔のせいかな。好みの見た目の人に優しくされたからだ、きっと。
「出来ることは限られているけれど、話してくれれば力になれることもあるかもしれない。溜め込まずに何でも話すといい」
陛下からも優しい言葉をかけられて、どうしてなのかわからないけれど、堪えきれずに泣いてしまった。




