158.二度目の訪問6
その事に対して私が何か言う権利なんてない。
でも一応彼は攻略対象キャラなわけで、本来ならリリーと結ばれる運命を持っていたわけで、しかも最初はリリーとくっつける候補と思っていた人で。
過去にそんな沢山の女性と関係を持っていただなんて信じたくなかった。
というか攻略対象キャラなんだからリリー以外の人と関係を持ったり好きになったりはダメだ。私が許容できない。
恋愛方面の初めては全てリリーじゃないと。他の女性との関係なんて、たとえ過去であっても許せない。
まあここはゲームの世界じゃないし、そもそも私のことを好きな時点で攻略対象キャラとしては失格だ。
もともと失格だとわかっているのだからショックを受ける必要はないはず。
それに600歳で未経験なんてそれはそれでキツい。顔がいいから余計に。
だから気にしてはいけない。
けれどその失望をうまく隠せなかったようで、ルカは焦ったように弁解をはじめた。
「以前は確かにそうだったが今はお前だけだ。もう誰とも会っていないしほかの女の血も飲んでいない」
「……別に貴方が誰と関係を持っていても私には関係ないわ」
口から出た言葉は思いのほか冷たく素っ気なかった。
ルカが私だけを見てくれているのは知っている。本当に愛してくれているのもわかっている。
過去に誰と関係を持っていてもそれは過ぎた話。今の彼の気持ちを疑う理由にはならない。
「最後は五月の終わりだったな。ランゲ伯爵夫人が相手だっただろう」
「ルイスは少し黙ってろ」
ルカは苛立ったように言った。
思っていたより最近だ。四月以前ならまだしも、私と出会ってからもそのような行為を続けていたという事実に不快感を覚える。
けれどもお互い様だ。
私だって殿下とキスしたしルイス殿下に何度も抱きしめられた。やっていることは変わらない。
けれどもやもやする。
どうしてこんなことを感じるのか。
私のことを好きだという男性が他の女性と関係を持つのを嫌がるなんてさすがに酷い。
私のことを好きなまま誰のものにもならないでいてほしいと思ってしまっているのだろうか。
「本当に何とも思ってないわ。私は貴方の彼女ではないもの」
私が嫉妬する理由は無いはずだ。
だからこれは攻略対象キャラなのに女遊びをしていたという失望からくる感情だ。
きっとそう。
そもそもルカはゲームの設定とはかなり違う。だからそれと比べても仕方ない。
それに他の人はそうじゃないかもしれない。
例えばそう、女性が苦手なルイス殿下はきっとまだ誰ともそういう事をしていないはずだ。
第一皇子というポジション的に間違いなく攻略対象キャラだし。
でもなんでルカの事情について詳しいんだろう。まさか一緒に……いやいやそんなことないはずだ。
「ルイはどうしてそんなことを知っているの?」
「……結婚相手を探すために夜会への参加を強制させられていた。先生は俺の監視役だったんだ」
「お前が女避けに俺を利用していただけだろう」
ルイス殿下は軽く笑って肯定した。
寄ってくる女性たちをルカに押し付けていたのか。なるほど。
「ならルカと違ってそういう事はしていないのね」
少しだけほっとした。
女性が苦手な皇子が女遊びを楽しんでたら設定の矛盾どころじゃない。ちゃぶ台ひっくり返したくなるしゲーム機を全力でぶん投げる自信がある。
もしお兄様とリリーが上手くいかなかったらルイス殿下と会わせてみようかな。
もしかしたらこの世界でのリリーの運命の相手はルイス殿下で、だからこそ誰ともいい関係にならなかったのかもしれないし。
もちろんゲームと現実が違うことは分かっているけど、でもゲームに似た世界なんだから期待するくらいはいいよね。
けれどルイス殿下は気まずそうに目を逸らした。
「ルイスは夜会で出会った女性とは何もなかったが」
「それ以上は言う必要はない。俺は女性を弄ぶようなことなどしていない」
ルカの言葉をルイス殿下が遮った。
それはつまり女性経験はあるのか。
ショックだ。
女性が苦手だという設定はどこいったの?
ルイス殿下も攻略対象キャラ失格じゃん。
「やっぱりマリアは僕と一緒になるべきだね。僕は君以外の女性と関係を持つつもりはないし、これまでにそんな事実もない」
嬉しそうにそう言う殿下は可愛いと思うけど、その内容は誇るような事じゃない気がする。
皇子だから逆にいいんだろうか。実際女生徒には告白されまくってるし、手を出そうと思えばいくらでも相手はいるもんね。
いやでも私に対してあんな迫り方してたのに……。
あれ、じゃあリオンは? お兄様は??
二人とももう誰かと関係を持っているんだろうか。
え、無理。
「もしかしてお兄様やリオンももう誰かと……」
「それは本人のいない場所で話題にするべき事ではない。……ただ、レオナルドは立場上そのようなことはできないだろう」
「うん、レオは不誠実な付き合いは絶対にしない。僕が保証するよ」
お兄様は皇子二人と同じく皇位継承権を持っている。さすがに迂闊なことはやらないか。
うん、でもそう考えるとルイス殿下は……いや、お兄様や殿下と違って大人なんだから仕方ない。気にしてはいけない、うん。
やっぱりリリーの相手はお兄様しかいない!
もちろん当人たちの気持ちがあってこそなんだけど。リオンでもルイス殿下でもリリーと相思相愛になれば応援するつもりだ。
現状いい雰囲気になったのは攻略対象キャラでもなんでもないクリスだけ。リリーがクリスを選ぶのなら……二人が幸せになれるよう全力を尽くす。
でもできればお兄様がいいなぁ。
「お前は周囲の男の女性経験がそんなに気になるのか?」
「そんな事ないわよ。別に誰が何をしてても私には関係ないもの」
ルカは少し困ったような表情をした。
そんな顔をされても困る。本心からの言葉だし、他人の人生にケチをつける資格なんて私にはないし。
「そういえば今日の夕方にヨハンからの手紙が届いた。明日の午後マリアと俺に会いに来るらしい」
「……えっ!? どうして? な、何をしに来るの??」
「俺がお前に相応しいか見に来るんだそうだ」
ルイス殿下は笑っているが、理由があまりにも不敬すぎて受け入れられない。
どう考えても逆だろう。相手は皇子で国の英雄なんだけど。
ヨハンお兄様に会うのは五ヶ月ぶりだ。向こうにいた頃は顔を認識できなかったんだけど今なら出来るだろうか。
ちょっと怖い。うまくマリアとして振る舞える自信が無い。
「僕には何も連絡なかったしレオもそんなこと言ってなかったのに……」
「こちらに来ることは誰にも伝えていないそうだ。公爵にバレたら面倒なことになるからだろう」
「そんな理由で……」
ヨハンお兄様ってそんな人だったっけ?
というかお父様にも何も言わずに領地をあけるのってよくないんじゃ……。何かトラブルがあったらどうするんだろう。
それにお義姉様は今妊娠中だ。そんな時期に夫が訳の分からない理由で遠出するなんて夫婦仲が悪くなってしまう。
「…………ルカ、ヨハンが無事に帝都まで辿り着けるよう護衛しろ」
「わかった」
険しい表情になった殿下とその指示に驚くけれど、確かにヨハンお兄様も皇族の血を引く人だし次期公爵だから何かあったら一大事だ。
もしかしたらルイス殿下の言っていたルカを遠ざける案ってこれのことなのかもしれない。
もしそうならヨハンお兄様を呼んだのはルイス殿下か。
「ヨハンお兄様とは仲がいいの?」
「…………悪くはないな。学生時代によく絡まれた。あいつはエリックがいると少し大人しくなるんだ。明日はエリックも一緒に連れてこい」
「わ、わかったわ」
ヨハンお兄様はそんな人だっただろうか。皇子に絡みにいくなんて想像ができない。
ヨハンお兄様は今年で二十二歳。建前上学生の間は平等だからその時に仲良くなったのかもしれない。
マリアの記憶ではヨハンお兄様は優しくて頼りになる兄だった。穏やかな性格で、マリアの記憶の中に彼が怒っている場面は見当たらない。
そして家族の誰よりもマリアを愛していて、マリアも彼のことを慕っていた。
「レオナルドも居た方がいいだろう。フランツ、明日の午後はあいているか?」
「……調整します」
「あれ、午後にヨハンお兄様が来るのなら……」
明日、陛下と話すのは午前中の予定だった。
お昼を食べるために屋敷に戻る時間あるかな。
「ああ、一緒に食事をしよう。食べられないものはあるか?」
「駄目です。兄上とマリアを二人きりにさせるわけにはいきません」
「二人きりではない。エリックも一緒に食事をとることになるだろう」
クリスもたぶん一緒にいるよね。
ものすごい変な空気になりそう。なんかやだなぁ。
「エリックとも仲がいいの?」
「そうだな。エリックが帝都にいた頃はよく一緒に居た。といってもあいつはヨハンのお守りで忙しく、すぐに去っていくんだが……」
お守りって……。ヨハンお兄様ってそんな人だったっけ?
マリアの記憶の中のヨハンお兄様とルイス殿下の話すヨハンお兄様が別人のように思えて仕方がない。
同じ名前の別の人じゃないよね??
釈然としない私にルイス殿下は苦笑いしながら言った。
「明日は楽しい一日になるな」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
年末にもう少し更新すると書いていたのに更新しませんでした_|\○_スイマセンデシタ!
だらだらと長く連載を続けてしまっているので今年中に完結できるよう頑張ります。




