156.二度目の訪問4
ルカがいれてくれたレッドティーなるお茶は赤茶色で見た目では紅茶との違いはわからない。
ほのかに甘い香りで後味はすっきりしているが、なんと言うか確かに少し癖がある。
そしてこのお茶日本で飲んだことあるお茶だ。確実にレッドティーなんて名前ではなかったけれど、この癖のある味は覚えがある。
というかしょっちゅう飲んでたお茶だ。姉の家でも友人の家でも出されていたのはこれだった気がする。
けれど名前が出てきそうで出てこない。首元まで出かかってるのに。
「気に入らなかった?」
正面に座っている殿下に問い掛けられてハッとする。
こんなどうでもいい事を考えてる場合じゃなかった。
「い、いえ、すごく美味しいです」
「無理する必要は無い。他にもお茶はある。マリアの飲めるものを飲めばいい」
殿下の隣に座っているルイス殿下がそう言った。
「何がいい?」
「大丈夫、本当に無理してないから」
私の隣に座っているルカに答える。
殿下がいる前で日本で飲んだことあるから思い出そうとしてた、なんてことは言えない。
「もしかして居心地が悪い? やっぱり僕の隣にいないと落ち着かないかな?」
「そういうわけでは……」
「フランツ、マリアを困らせるな。先程四人で決めたばかりだろう」
兄らしく弟を窘めるルイス殿下と不満げな表情の殿下にちょっとだけ、本当にちょっとだけテンションが上がる。
座る場所を変えて本当によかった。
できるならルカもあちら側に座ってほしかったのだけど、男三人が並ぶのは窮屈だと反対されてしまった為に私の望みは叶わなかった。
ソファーは充分大きいから窮屈なんてことは絶対にないのに。
それでもただ前を向いているだけで好きな顔と好きな人を同時に見ることが出来るのは幸せだ。
私があの間に座っていたら好きな顔か好きな人のどちらかしか見ることができない。
というかここには好きな顔と好きな人しかいないじゃん。幸せ空間だ。
「二人は別々に座らせた方がいいんじゃないか?」
「今のままがいいわ。気になるならルカが二人の間に座ってもいいのよ」
「あの二人の間に入るなんて考えただけで吐き気がするな」
「そこまで言わなくてもいいじゃない。二人と仲いいんでしょう?」
「よくないよ」
「よくないな」
答えたのは目の前の皇子二人だった。
ほぼ同時に答えるなんて流石兄弟だ。しかも嫌そうな表情もお揃い。眼福だ。
「それよりお前まだ魔力使い切ってないだろ。昨日もやらずに寝たんだから今日はしっかり使い切れよ」
「昨日は色々あって疲れちゃったんだもん。仕方ないでしょ。今日は部屋に戻ったらちゃんとやるわ」
「部屋に戻ったらって……いつもどうやってるの?」
「いつもは…………お湯を沸かしたり氷を作ったり何が出来るのかを確かめたり……最近は魔力が伝播しやすい物を探したりしてました」
それ以外にも傷を作ってみたりそれを治したりしていたけどこれを言ったら怒られそうだから秘密にしておく。
魔法は向こうの世界にないものだから色々試すのは楽しかった。
物を凍らせる為に必要な時間を測ってみたり、どこまで遠くのものを凍らせられるか確かめたり、物質によって魔力の伝播速度に違いがあるかどうかを調べたり、とにかく色々な検証をした。
中でも自分の血液を魔法を使って操作できることを発見したときはめちゃくちゃテンションが上がった。
まあその血液を硬化させて武器にしたり重たい物を動かしたりは出来なかったんだけど。魔法があっても漫画やアニメと同じようにはできないらしい。
そんなふうにいつも楽しみながらルカからの課題をこなしている。
とはいってもいつも時間が充分に取れる訳ではないから、余った魔力は適当に放出して誤魔化していたりする。
「それは魔力を流して確認するだけなのか?」
「うん。私の部屋にあるものは大体調べてみたわ」
おかげで魔力の通りやすさで大体の材質の目処がつくようになった。まだ試したことはないけど、材質さえ分かれば壁の厚さも推測できるようになるんじゃないかな。隠し扉とか見つけるのに役立ちそう。
けれど私の答えが気に食わなかったのか、ルカは呆れたようにため息をついた。
「それはあまり意味が無い。俺が説明したことを忘れたのか?」
「忘れたわけじゃないけど……部屋の中でやれることには限界があるじゃない。魔力の操作はしてるけどそれじゃだめなの?」
こんなことをしているのは、他の人と同じように魔法が使えるようになりたいという私のお願いを叶えてもらうためだった。
「確かに無意味では無いが……難しいのなら無理に使い切る必要はない。魔力を使い切ることが目的ではないと言っただろう」
ルカの魔力を使って魔法を使うこと。それがルカの出した解決策だった。
私の身体は印によってルカと繋がっている。そのおかげでルカは私の位置や状態を把握したり呼びかけに応えられるらしい。
だから印経由でルカの魔力を使えば他の人と同じように魔法を使うことができる。
けれど私は自分の魔力ではなくルカの魔力を使って魔法を使うことができなかった。
ルカの魔力と自分の魔力の違いもわからない。そもそも魔法もなんとなくで使ってるし。
陛下とルカと私の三人で話し合った結果、魔法を使った経験が足りないために魔力の質の違いを感じ取ることができないんじゃないかという結論に至った。
なので経験値を貯めるために魔法を使い倒す日々を送っている。
「それはそうなんだけど……魔力が尽きてた方が疲れてすぐ眠れるから……」
睡眠時間は少しでも多い方がいい。
それに魔力を全部使い切らないと次の日にルカが注意しに来るじゃん。
私の一人時間がなくなるじゃん。
「…………それなら」
「駄目だ。マリアと寝るのは僕が許さない」
殿下がルカの言葉を遮った。
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「今言おうとしたじゃないか。君がマリアと二人きりになると何をするかわからない。だから駄目だ」
「俺がマリアの側にいる時のことは全て報告しているだろう。少しは信用しろ」
「できるわけないだろ。夏休みの初日にマリアと寝て二人で出掛けたことを報告された僕の気持ちがわかるかい? 報告してるからって君が何もしないとは限らない」
え、今なんて言った?
「マリアを傷付けるようなことはしない」
「信用出来ない。君には前科がありすぎる」
夏休み初日に私がルカと寝たことを知られている。
もちろんいかがわしい事は何もしていないはずだ。ルカは子どもの姿だったし。
というかその前の晩の私の記憶が曖昧でルカが来たことすらよく覚えていない。とはいえ何かあったら覚えているだろうから普通に何事もなかったはずだ。
でも一晩一緒にいた事を知られてしまっている。罪悪感と焦りで胃が痛い。
「それに傷付けないことと手を出さないことは同義ではない」
「マリアの身体に触れることも血を飲むこともキスすることも、本人から許可を得ている。お前が口を挟む権利は無い」
「ちょ、ちょっと待って! その話をここでするのはやめて」
慌てて二人の口論を止めた。
ルイス殿下が居るのにそんな話をしないで。
一応全て打ち明けてはいるけどそういう部分はぼかして伝えていたからこれ以上聞かれたくない。
それに殿下が私たちの関係についてどこまで知っているのかを知りたくなかった。
話題を変えなければ。
「そ、そういえば、最近血を飲みに来てないけどお腹すいてないの?」
咄嗟に出てきた話題はそれだった。
怪訝そうな表情のルカに焦る。唐突な話題転換で申し訳ない
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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