155.二度目の訪問3
そもそもルカに無理やり連れてこられて置いていかれただけだ。
もちろん私にも多少悪いところはあるけれど、ここに居るのは私の意思ではない。
「それに二人きりでいるなんて……。ルカに頼んでここへ来たんだろう? どうしてルカに居てもらわなかったんだ」
怒っているというか説教タイムだ、これ。
これまでの経験から殿下がこうなったら話が長くなるのはわかっている。
それはあまりよろしくないのでさっさと事情を説明して謝って許してもらおう。
「私はここに来るつもりはなくて、昨日と同じようにルカに連れてこられて……」
「ならどうして兄上の近くにいるの? 来ることを望んでいなかったのならもう少し距離をとるべきだ」
「それは俺のせいだな。マリアを責めるな」
「兄上はどうしてそんなことをするのですか? 昨日だってそうだ。マリアの意志を無視して抱きしめるなんて……本当にマリアのことを想っているのならそんなことはしないはずだ」
矛先がルイス殿下へ向いた。
正論を言っているような気がするけれど、私は嫌だとは言わなかったし、そもそも殿下だって私の意志を確認したことないじゃないか。
まあ顔に出ていたと言われたら何も言えないけど。
「待ってください。こんな時間に来てしまったことは謝ります。でも何もありませんでした」
「君のその言葉を信用できると思う? この部屋に座る場所はいくらでもあるのに、わざわざ隣に座っていて何も無かったとは思えない。それにここにいる時点で何かあったも同然じゃないか。誰かに気付かれたらどうするつもりなんだい?」
「それは…………、もし誰かが来たらバレないようにちゃんと隠れるつもりでした。ベッドの陰なら隠れられそうですし!」
流れ的にそういう話じゃないのはわかってるけど、すっとぼけた方が早く話を終わらせてくれるはず。
あまり何度も使える手じゃない。けれど今回はルイス殿下もいるし最速でこの時間を終わらせたかった。
殿下は少し困ったような表情になって小さくため息をついた。
「そういうことを言ってるんじゃないんだけど。…………まあいい。君は他人に近付きすぎる。相手はレオじゃないんだからもっと警戒して。何かあってからでは遅いんだよ?」
「はい、ごめんなさい……」
よし、終わった!!
一応落ち込んでいるように見せるため俯いておく。
しばらくすればいつも通りの殿下に戻るだろう。
ぶっちゃけ説教してるときの殿下も相変わらず可愛かったからちょっと名残惜しい。
でもルイス殿下がいるから長引かせるわけにもいかなくて仕方ないんだけど。
殿下は窓際からソファーの近くまでやってきて、何故か私の隣に座った。
他人に近付きすぎると言って私を叱ったばかりなのにどうして私にくっついて来るのか。
今座っているソファーは三人が余裕で座れるくらい広いけれど、でも三人目がくると思ってなかったから殿下のスペースは少し狭い。
だから私とかなり近い。肩がくっついている。
「ところでルカはどうしてここに居ないんだい?」
「わ、わかりません。昨日と同じくすぐにどこかへ行ってしまって……」
「そう、困ったね……」
殿下は小さくため息をついた。
これは左にずれるべき? でもそうするとルイス殿下にくっつかないといけないからまた兄弟喧嘩がはじまってしまう。
このままでいるべき? 私としては嬉しいけどルイス殿下を好きになると決めたばかりなのに元婚約者にくっついているのはよろしくないんじゃないか。
冷静になってちゃんと考えないとまた余計なことをしてしまう。
「…………ルカ、こっちに来れるかい?」
殿下が小さくそう言うと目の前にルカがあらわれた。
「何か用か?」
「どこに行ってたの?」
「部屋でマリアから呼ばれるのを待ってた」
ルカは少し面倒くさそうに答えた。
その言葉に驚いて頭が真っ白になる。
呼べば来てくれたの!?
「…………マリアはルカを呼ばずに兄上と二人きりで過ごしてたんだね」
「ちがっ、昨日みたいにそのうち戻ってくると思って……、た、確かに呼んでは……ない、ですけど……」
今日は呼んだら来てくれたなんて言われてないからわからない。
昨日と同じように勝手に連れてこられて置いてかれたんだから呼んでも来ないと思うじゃん。
でも確かに一度も呼ばなかった私に落ち度があるけれど。
というかこれ、帰る手段があるのに嘘をついて居座っていたと思われているのか。
冷や汗が吹き出る。恥ずかしさと軽蔑されたんじゃないかという恐怖と焦りで心臓が痛くなってきた。
「昨日持って帰ってしまったガウンを返したかっただけなんです! そ、それに何もしてませんし、するつもりもありませんでした!! 本当です!」
「落ち着け。誰もそんなこと思ってない」
宥めるようにルイス殿下が背中を撫でてくれているけどその言葉を信じることはできない。
昨日だって透け透けの寝間着でここに来てしまったのだ。
どう考えてもルイス殿下を籠絡しようとしてるようにしか思えない。
泣きたい。今すぐここから消えてしまいたい。
「マリアは兄上と一緒に過ごして楽しかった?」
「………………はい、楽しかったです」
その質問の意図はよくわからなかったけれど、返す言葉は決まっている。
「そう。…………じゃあここに来る日を決めよう。君はクリスが居ないところで兄上と会いたいんだろう? でも僕としては二人きりにさせるわけにはいかないから、君がここに来る日を事前に決めてこうやって集まればいいと思うんだ」
クリスの目がないところで、というのは間違ってはいないけれどこうやって集まる意味はあまり無い。
それここに来る度に兄弟喧嘩になりません?
「俺はそれで構わない。が、お前はここに来て遊んでいられるほど暇では無いだろう?」
「その程度の時間なら捻出できます。今は夏休みですし、いつもよりは時間に融通もききますから」
「そうか。いつにする? あまり頻繁には来れないだろう?」
「……三日に一度にしましょう。あまり間隔をあけるのはよくないでしょうから」
勝手に話が進んでいく。
でも私より遥かに忙しいだろう二人に合わせるべきではあるからいいのかな……?
いやでも三日に一回って会いすぎじゃない??
さすがにその頻度で二人に会うのは疲れる気がするんだけど。
ちらりと殿下を横目で見る。
怒ってはいないようだ。
少しだけほっとした。
別に好かれてなくていい。嫌われたくはなかった。
「マリアもそれでいいよね?」
これ拒否権がないやつだ。
小さく頷くと殿下は満足気に笑った。
どうしよう。不満があったのにどうでもよくなってしまった。
つくづくこの人の笑顔に弱いな、私。
「で、もう戻るのか?」
いつの間にか向かい側にあるソファーに腰掛けていたルカが呆れたように問いかけた。
「僕は今来たばかりなんだ。ここでマリアが帰ると少し寂しいな。もう少しゆっくりしていくだろう?」
これも嫌だと言えないやつだ。
いやでもここにはルイス殿下もいるのだから、寧ろ好都合なはずだ。もっと彼を知らなければならないのだから。
そのためには共に過ごす時間が必要だ。
「ご迷惑でないのなら……」
別に殿下と一緒に居たいとか思っていない。もう少しここに居るのは私の意思ではなく、殿下の要請だ。
それに目的はルイス殿下とより仲良くなるためだから。
「じゃあお茶を用意しよう。ルカ、レッドティーを淹れて」
「わかった」
殿下が指示を出すとルカは立ち上がって部屋の奥へ向かった。
この部屋、ルイス殿下の部屋だったよね?
「マリアはレッドティー飲んだことある?」
「いいえ。名前も初めて聞きました」
レッドティー。そんな名前の飲み物聞いたことない。
赤いお茶だからそれは紅茶じゃないのか。これは翻訳の齟齬なのか、それともそういうお茶が本当にあるんだろうか。
「珍しいお茶でね。南の方の一部の地域でしか栽培されてないんだって」
「クラウス公爵は苦手だと言っていたからマリアは飲んだことがないのだろう」
ルイス殿下が会話に入ってきた。
そしてさり気なく手を握られる。これは握り返すべき……かな。
指を絡めるように握り返してみた。
よくよく考えてみたら、知ってる人の前でわざわざ恋人繋ぎするのってだいぶ恥ずかしい行為じゃないか。
顔が熱くなる。
「……少し癖があるけど美味しいよ。マリアも気に入ってくれると嬉しいな」
殿下が私のあいている右手をとって手を繋いだ。
もちろん恋人繋ぎで。
なんだこの状況。
ここまで来ると逆に滑稽だ。なんでみんなで仲良くお手手繋いでるんだろう。
幼児かな。
ドキドキするどころか逆に冷静になってしまった。
「…………何してんだ、お前ら」
戻ってきたルカが私たちを見てちょっと引いてる。
気持ちはわかるけどそんな目で見ないでほしい。私が悪かったかもしれないけど今一番困ってるのは私だから。
お願いだから助けて。




