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154.二度目の訪問2


 それはそうとして、ルカが戻ってくるまでの時間をどう過ごすべきか。

 踏んでもらうのもダメ、見つめるのもダメ。

 なによりちゃんと女の子扱いしてもらえるようなことをやらなければならない。


「あ、そうだ。刺繍のハンカチをプレゼントしたいんだけど、ルイは何が好き?」

「いきなりどうしたんだ?」

「恋人のふりをするんだからそれっぽいことした方がいいでしょ? 半年の間に身体もしっかり動かせるようになったし、練習もいっぱいしたから上手になったの」


 今日の午後クリスに刺繍の腕前を褒めてもらえた。お兄様やお父様と違ってクリスは私にお世辞を言わないから信用出来る。

 これまでは身体の確認を兼ねた自己満足でやっていただけだったが、どうせなら得た技術を活用したいし見てもらいたい。

 そしてもっと褒めてほしい。


「難しいモチーフもちゃんと刺せるようになったの。だから何を指定しても大丈夫よ」

「…………お前の好きな物がいい」

「ルイにあげるのに私の好きな物を刺しても意味ないじゃない」

「俺はお前のことを知らない。何が好きなのか、何をしたら喜ぶのか、何をしたいと思っているのか……。マリアではなく、お前のことを知りたい」


 あまりにも真剣な表情に居心地が悪くなってしまう。

 これは口説かれてる……んだよね。

 ルイス殿下が私のことを好きになってからって話なのに。

 効率よく動きたいのはわかるけど、現状私を好きでもない人に、しかも好きにさせたあとポイ捨てする気満々な人に口説かれてもあまり嬉しくない。


 いやでもこれ本当に口説かれてる?

 知らないから知りたいって口説き文句か?

 マリアになって周囲があまりにもチヤホヤしてくれるから勘違いしてない?


 こっちの人ってかなり直接的に口説いてくるし、これ勘違いしてるパターンな気がしてきた。

 口説かれてるかもなんて考えてたのバレたら恥ずかしいし適当にはぐらかそう。


「聞いてくれたら都度答えるわよ。といっても好きな物はこっちには無いものばかりなんだけどね」

「そうか。俺が用意できるもので好きな物はあるか?」

「えっと…………あ、お酒!」

「酒は十六歳からだ」

「わかってるわよ。でも美味しそうなワインが沢山あるのに見てるだけなんて悲しいじゃない」


 お兄様も殿下もお父様も、私の目の前で美味しそうに飲むのだ。羨ましくて仕方がない。


「お前が十六歳になったら用意してやる」

「約束ね! 一番美味しいワインを飲んでみたいわ」

「一番美味いかどうかはわからんが、俺の好きなワインを用意しよう」


 マリアの誕生日は一月二十三日。まだ半年も先だ。

 日本にいた頃は半年なんてあっという間に過ぎたのにこっちだと遅く感じる。




 …………半年後か。

 私はどうなっているだろう。まだこっちに居るのだろうか。


「そういえばシュヴァルツ領に行くのっていつ? お父様を説得しないといけないでしょ。私がついて行かないといけない理由は何?」

「二週間後にここを出発したいと思っている。理由は…………今から俺が話すことは決して誰にも話すな」


 先程までとは打って変わって暗い表情になり、この先の話が決して楽しいものではないことが察せられた。


「辺境伯とは四年前からの付き合いだが……彼は俺が最も信頼し、尊敬している人だ。以前からずっと結婚について言われていたんだが、俺は女性が苦手で結婚する気はなかった。…………春に辺境伯から手紙が届いたんだ。大病を患ってしまって先が長くないらしい。せめて死ぬ前に俺が選んだ女性に会いたいと……」

「それって辺境伯が亡くなる前に結婚してほしいってことなんじゃ……」

「ああ、手紙の意図はそうだろう。だが何度も言っているように俺は結婚などするつもりはない。だからしばらく結婚できない正当な理由のある令嬢と解消前提で婚約しなければならなかったんだ。その点お前は都合がいい」


 マリアはまだ十五歳で結婚できない上に、多くの令嬢は卒業後に結婚する。

 それにマリアはフランツ殿下の婚約者という過去がある。婚約自体もすぐには無理だ。


 なにより私は誰とも結婚したくない。

 来年の一月末まで辺境伯が存命だったとしても何の問題もない。もともとルイス殿下とは解消前提で婚約する約束だったし。

 しかも私にも人に言えない秘密があって協力関係を築ける。


 確かに私以外に相手役が務まる令嬢はいないだろう。

 というか私に出会わなかったらどうするつもりだったのか。


「でもいいの? 辺境伯を騙すなんて。尊敬してる人なんでしょう?」

「……よくはない。だがこれが最良の選択なんだ。辺境伯の願いのために無関係の誰かを不幸にすることはできない。俺のせいで不幸な人を増やしたくないんだ」


 ルイス殿下の思い詰めたような表情に何も言えなくなった。

 これは間違っている。けれど正しい行いだけが正解だとは限らない。


 私に好きになれと再三言ってきたのも辺境伯に疑われないためなのだろう。

 最初はそんなこと言ってなかったのに突然言い出したのは、実際に私とフランツ殿下のやり取りを見てまずいと思ったんだろうな。


 向こうにはアデルとアレクがいる。上手く立ち回らなければ疑われてしまうから。



 これまでずっとルイス殿下が結婚したくないという一心でこんなことをしているのだと思っていた。

 もちろんそれも間違いではないのだろうけど、強引に計画を進めようとする原因は大切な人のためなのだ。


 この先もしかしたら誰かを愛し結婚してもいいと思える人が現れるかもしれない。でもそれを待つだけの時間は辺境伯に残されてはいない。

 偽りだったとしても辺境伯に心残りのない最期を迎えてほしい。


 そう考える彼の気持ちは理解できる。

 



 協力すると決めたのは他でもない私自身だ。

 中途半端なことしていないで腹を括ろう。


「今までごめんなさい。好きになれるかはわからないけれど……努力はしてみる」

「…………ありがとう」


 ほっとした様な笑顔を浮かべたルイス殿下は私を優しく抱きしめてくれた。

 少し驚いたけれど、大人しく受け入れることにする。

 ルイス殿下からはやはり甘い匂いがした。

 美味しそうで食べたくなる。


「……あの時私を選んでくれたのはどうして? 中身が私だったから偶然条件に合致したけど、それはあの時点ではわからないことだったじゃない」

「それは…………実はお前が結婚の話をされて困っているところを何度か見かけていたんだ」

「えっ、そうなの?」

「だからお前も俺と同じく結婚したくないと考えているのだと思った。直接話した時に公爵の条件を聞いて喜んでいたしな」


 たしかにあの時は心の中で全力でガッツポーズしていた。


「お前に出会えてよかったと思っている。こうやって女性に触れることができると知れたのも……お前のおかげだ」

「触れることすら嫌なのに偽の婚約者を探そうなんて本当に無謀よね」

「人前では我慢するつもりだったんだ。バレない自信はあったし二人きりのときは距離を置くつもりだったからな」

「でも昨日も今日もくっついてくるじゃない」

「…………その必要があると判断したからだ」

「まあ離れてると会話するのも難しいものね」


 昨日私はルイス殿下のことをよく知らない人と言ってしまった。

 そして知らない人は好きになれないとも。

 だからこれはそのためなのだろう。


「あ、そういえばルイは私のことを好きにならなくてもいいわよ。必要ないもの」

「お前がそれで構わないのならそうしよう」


 本当に両想いになってしまったら帰るのが辛くなる。

 まあ帰る方法なんてないかもしれないし、そもそも好きになる人を自分で決めるなんてことが出来るかどうかもわからないけど。

 …………そうやって後ろ向きになるのは良くない気がしてきた。


「顔は一番好きなんだもの。一緒にいたらきっとすぐに好きになるわ」


 半ば自分に言い聞かせるように小さく呟いた。






 ルイス殿下の手が私の髪を優しく梳いている。

 昨日も触ってたから好きなのかもしれない。気持ちいいから仕方ないな。


 でもいい加減くっついていることに飽きてしまった。

 甘い匂いがするのもあってなんだか小腹がすいてきた。

 夜中に何か食べるわけにもいかないし我慢するしかないんだけど、ルイス殿下にくっついている限りこの状況は変わらないわけで。


 というかなんで抱きしめられてるんだっけ。

 誑かすためだろうか。でも抱きしめられると私の一番好きな顔が見られないから寧ろ逆効果なんだけど。


「昨日も思ったんだけど、どうして抱きしめるの? ここまでくっつく必要なんてないじゃない」

「恋人とはそういうものだろう? それに友人から意中の女性と二人きりになったら抱きしめて優しくしろと言われた。何度かやれば好きになってもらえると……」

「それは……うん、まあルイならそれでどうにかなりそうね」


 そんな事されたら間違いなく好意に気付く。

 そしてそれを拒否できる令嬢なんてほとんどいないだろう。

 結果として相手の意思に関わらずルイス殿下の望む結果が得られるだろう。


 ああ、さっきのくっつく必要があると判断したのってこの事か。


「でもその方法はよくないわ。皇子から言い寄られたら嫌だったとしても受け入れないといけなくなるから」

「強要しているわけじゃない」

「貴方はそう思っても相手はそう思えないわ。自分より遥かに権力も腕力も強い貴方にそんなことされたら怖いじゃない」

「優しく接するのに怖いのか……?」

「拒絶して気分を害したらどうなるかわからないもの。貴方が手を出さなくても、周囲に知られたら今まで通りに過ごせなくなるかもしれないし」


 ここは身分制度のある国だ。

 人間は平等ではなく、生まれによって格が決まる。もちろんそれは絶対ではないけれど、基本的に上の者には逆らえない。逆らってはならない。


 私が皇子二人に対して気安く接することができているのは二人がそれを許したからだ。


「もちろんルイが酷いことしないのはわかるけど、みんながみんなそれを知っているわけではないから。まあ貴方からの好意を喜ばない女性の方が少ないとは思うんだけどね。でも誰もがそれを喜ぶとは思わない方がいいわ」

「そんなこと考えもしなかった……」

「うん。だからこれからはこんなことしちゃダメよ」

「お前は……俺に触れられるのは嫌なのか?」

「……別に嫌じゃないわよ」


 顔は好きだしいい匂いするし、嫌悪感は全くない。

 声も好きだ。低くて落ち着くいい声だと思う。

 薄着だからこうやってくっついてると筋肉がしっかりついてるのがわかる。綺麗な身体してるんだろうな。


「そうか」


 小さく呟いたルイス殿下は私の背中に回していた腕を離した。

 これは離れていいのかな。さっさと離れると嫌がっていたように思われるかも。

 ゆっくりと少しだけ距離をとった。


「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」


 そこまで口にしたところで部屋の奥からガチャッという音がした。

 窓が開く音だ。


 続いて誰かが室内に入ってくる足音が聞こえた。


「まさかとは思ったけどまたここに来てるなんて……。君はこんな時間に男の部屋に来ることがどういう事なのかわかってるのかい?」


 呆れたような声色に身体が強ばる。

 この声は怒っている時の声だ。

 恐る恐る声がした方へ視線を向けると、そこには冷たい表情の殿下が立っていた。


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