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153.二度目の訪問


 今日は朝から動いて身体的にも精神的にも非常に疲れていた。

 エルフの問題は進展があったようなないようなよくわからない状態だし、この身体に関する新たな問題が発覚した。

 どちらも気掛かりだけれど、先に片付けてしまわなければならない問題がある。

 ルイス殿下のガウンを持って帰ってきてしまったことだ。


 今日はなんとか誤魔化せたけれど、明日以降も誤魔化せるとは限らない。

 こんなものはさっさとルカにお願いして返却してしまわなければ。


 クローゼットを開けてルイス殿下のガウンを取り出す。

 男性用のガウンは私が普段使っているものに比べてかなり大きい。引き摺らないよう注意しながら綺麗に畳み直す。

 ふわりと自分のものではない香りが鼻腔を擽る。ルイス殿下の香りだ。

 爽やかで大人な感じの匂い。…………あれ、甘くないな。

 不思議に思ってルイス殿下のガウンに鼻を近付ける。匂いは確かにルイス殿下の香りだ。でも甘くない。

 あのくらくらするような甘い香りはこのガウンからは一切感じられない。

 どうしてだろう。

 甘いと感じたのは気の所為だったのだろうか。もう一度ガウンに顔を埋めて確認する。

 やっぱり甘くない。でもいい香りだ。

 二十一歳――いや、まだ誕生日が来てないから二十歳か――の男の人ってこんないい匂いがするものなのか。

 やっぱり顔がいいからなのか。好みの顔だからいい匂いだと思うのかもしれない。


「何やってるんだ」


 背後から突然声をかけられて思考が停止する。


 声の主はもちろんルカだ。

 恐る恐る振り返ると若干呆れたような表情のルカが私を見ていた。


「そんなにルイスのこと気に入ったのか? 顔のいい男が好きなのは知ってたが……」

「違う! 違うの!!」


 慌てて否定する。確かにルイス殿下の顔は好きだけど、顔が良ければ誰でもいいわけではない。




 よりによってガウンの匂いを嗅いでるところを見られるなんて。

 鳩尾のあたりがきゅーっと締め付けられるようなかんじがする。


「別に怒ってはいない。お前が誰を選んでも構わないと言っただろう」


 ルカの指が頬に優しく触れた。


「……が、ずっと好きだった女が後からやってきた男に夢中になっているのは気に食わないな」

「そういうのじゃ、んんっ」


 否定しようとした言葉は最後まで続かなかった。

 ルカの手が私の口を塞いだからだ。


「言い訳は要らない。そもそも俺は何かを言える立場ではないからな」


 ルカは悲しげに笑った。


「ルイスの事が好きか?」


 小さく首を横に振る。

 私のことを拒絶しなかったこと、味方になってくれたことを感謝してはいるけれど、だからといって好きな訳ではない。


「……お前は俺の事を憎んでいるか?」


 もう一度首を横に振った。

 なんでそんな事を聞くのだろう。確かにルカは私に酷いことをしたけれど、それと同じくらい助けてくれた。


 だから感謝しているし憎んだり嫌いになんてなれない。

 なのに心の奥底に何か引っかかるものがある。

 どうしてそんな気持ちになるのだろうか。





 口を塞いでいた手がゆっくりと離れた。

 

「ねぇ、何かあった……? 夏休みに入ってからなんだか変よ」


 昨日も突然あらわれて噛んだし、今だっていつもとはなんだか違う。

 変わったのは夏休み初日に一緒に過ごした日からだ。

 その前の日は普通だった。


「何も無い。俺は俺だ」

「でも……」

「ルイスに会いたいんだろう? 行くぞ」

「え、待っ」


 ルカは返事を聞くことなく私を抱き寄せてルイス殿下の部屋へ移動した。


 違う、そうじゃない。

 私は別にルイス殿下に会いたいわけじゃないからガウンだけ持って行ってほしかったのに。


「今日はルイス一人しかいない。しばらく二人で過ごすといい」

「待って、行かないで!」


 慌てて制止するけどルカは私の言葉を無視して消えてしまった。

 様子がおかしくても私の言葉を無視するのは変わらないんだな。もう諦めるしかないのかもしれない。




「また今日も来たのか」


 振り返ると眉間に皺を寄せ不機嫌そうな表情のルイス殿下が立っていた。


「私だって来たくて来たわけじゃ……、そうじゃなくて、昨日借りたガウンを返しにきたの。ありがとうございました」

「そんなことのためにわざわざ来たのか」

「ううん。本当はルカにガウンだけ渡そうと思ってたんだけど、なんだか変な勘違いされちゃってまた連れてこられちゃった」

「そうか……」


 ルイス殿下は小さくため息をついた。

 一人の時間を邪魔することになって申し訳ない。アポ無し訪問とか失礼過ぎるし迷惑にも程がある。

 私のせいではない……と言いたいところだけど、半分くらいは私にも責任があるので開き直る訳にもいかない。


「ごめんなさい。隅の方で大人しくしてるから居ないものとして扱ってもらって構わないわ」

「何故そう卑屈になるんだ? お前は俺の恋人だ。恋人があらわれて嫌がる男はいない」


 いやいや、めっちゃ嫌そうな顔してましたけど。

 眉間に皺寄ってたのしっかり見ましたよ。せめてもっとマシな嘘をついて。


「二人きりのときに無理する必要はないでしょう。適切な距離を保って過ごすのがお互いのためよ」

「……ならこっちに来い」


 ルイス殿下は私の手をとった。

 どうしてそうなるかな。

 

「女性が苦手なんでしょ? 無理するのはよくないわ」

「お前だけは平気だと言っただろう。それに離れて過ごすより共に過ごす方が効率がいい」

「効率?」

「ああ。隣で支えることがお前が俺を好きになるための条件だろう」


 真顔でそんなこと言われたら何と返していいのかわからない。


「もちろん俺がお前を好きになってからにはなるが……人を好きになるのに時間がかかるのなら今からやれることをやっておいた方がいいと思わないか?」

「それはそうかもしれないけど……他の方法を考えるっていう選択肢はないの?」

「ないな。これ以上の成果を期待できる方法など存在しない」


 うーん、なんでこんな自信満々なんだろ。


「お前はフランツに全てを明かせないことに罪悪感を持っているんだろう。お前が俺を好きになればそのことで苦しむ必要はなくなる。それにお前が元の世界に帰るのを俺は引き止めたりしない。……お前の全てを受け入れて力になれるのは俺だけだ。皇子という立場もお前の助けになるだろう」


 確かにそうかもしれないけどなんかもやもやする。



 ルカに頼れないのは、私が元の世界に帰ることを反対されそうだからだ。

 リリーは力があっても権力がない。遠出するのにお父様や殿下を説得するのは難しいだろう。

 それにこれ以上彼女を巻き込むのは気が引ける。学生生活を楽しんでもらって、あわよくばお兄様と……というのは別にしてもちゃんと幸せになってほしいから。

 陛下は私に協力的だけれど傍にはお父様もルカもいるし、二人に隠れてまで何かをやってもらえるとは思えない。私が陛下に返せるものなんて何もないし。


 だからルイス殿下の言葉は一理も二理もある。

 彼の『皇子』というカードはとても強い。

 皇子であるルイス殿下の上に立つのは皇帝のみ。例えお父様でも逆らうことは許されない。

 それは私が今後帰る方法を探す上で大きな強みとなる。


 けれど好きになる必要があるかどうかはやっぱり疑問だ。


「最後に別れるって決まってるのに好きになるのは不毛じゃない? 辛くなるわ」

「お前は今フランツのことが好きなんだろう? その相手が俺になるだけだ。フランツを好きなままでいるよりまだいいだろう」

「それはそうだけど……。わざわざ貴方が苦しむことしなくてもいいじゃない」

「俺が苦しむ? どうしてそうなる」

「お互い好きになったとしても別れるのよ? 辛くない?」

「問題ない。もともと結婚などする気はないしするべきではないとも思っている」

「それなら好きにならなくてもいいんじゃ……」

「人を好きになることが如何に難しい事なのかはわかっているつもりだ。お前に要求するだけではフェアではないだろう?」


 そう言われるとその通りな気がするし、なんだか盛大に間違っている気もする。


「最終的にはお前の方が失うものは多くなるだろう。だからこそ俺は可能な限りお前の望みに応える義務がある」

「だからってそこまで……。あ、望みに応える義務があるって事は」

「踏まないぞ」

「まだ何も言ってないじゃない」


 確かにそれをお願いしようとしていたけれど、でも口に出す前に拒否することないじゃん。

 睨み付けるとルイス殿下は楽しげに笑って私の肩を抱き寄せてソファーへ移動した。


「お前は俺の顔が好きなんだろう? なら俺の事をずっと見ていろ」

「そんなこと言ってると本当にずっと見つめるわよ」

「構わない」


 許可を貰えてしまった。

 それなら見るしかないよね。




 ルイス殿下は肌が綺麗だしまつ毛長いし鼻も高いし本当に完璧な顔をしている。

 毛穴どこいったんだろ。若いとはいえ二十歳の男性なんだからもう少し肌が汚くてもいいのに。

 マリアも思春期真っ只中なのにどれだけケーキ食べてもニキビできないし、学園の友人たちも肌スベスベだからこっちの人間は向こうとはやっぱり違うのかも。

 唇も乾燥してない。リリーはよくリップを塗るのを忘れて唇切れてたから逐一何か塗ってるのかな。皇子だし、唇がさがさなのよくないよね。

 瞳もすごく綺麗だ。よくよく見ると中心に近い所は黄味掛かっている。

 虹彩の複雑な色は見ていると吸い込まれそう。




 …………あれ、これって私も見つめ返されてない??


「私は見つめるけどルイは見つめ返さなくていいのよ?」

「生憎今はお前を見るくらいしかやることがなくてな」

「私を見ても楽しくないでしょ」

「そうでもない」


 ルイス殿下は私の頬に手を添えた。


「皇子である俺をこんな不躾に見る人間がいることは興味深い」


 皇子だろうが平民だろうがジロジロ見るのは相手に対して失礼だもんね。

 でもちゃんと許可とったから私悪くない。


「貴方が見ていいって言ったじゃない」

「確かにここまで凝視されると想定しなかった俺に非があることは認める。が、瞬きもほとんどせずに俺の顔を見続ける女が存在するなどと普通は思わないだろう」

「…………見つめるってそういうことでしょ」

「そうだな」


 ルイス殿下はなんだか楽しそうだ。

 珍獣枠だとは自覚しているけれど、顔を見るだけでここまで面白がられるのは心外だ。

 私はともかくマリアは美少女だし珍獣と思われ続けるのも癪だな。汚名返上するためにお淑やかにするべきかも。


「次からは見つめ過ぎないように気をつけるわ」

「二人きりのときに無理する必要は無い。お前はお前の思うように行動すればいい」


 笑顔でそう言ってくれるのはいいけど、単に面白がってるだけでしょ。

 恋人どころかおもちゃ扱いされてる気がする……!!


地味に最初の方改稿していってます。

まだ1話と序盤のちょこちょこした部分の修正しかできてませんが……。

今回の改稿では24話〜中間試験終わりくらいまで頑張る……はず。


改稿が終わったら後書きか活動報告にてお知らせします。

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