148.夜中の訪問4
「どうしてそんな顔をしているんだ?」
そりゃ乙女心を弄ぶ気満々な人を前に心穏やかでいるのは難しいよ。渋い顔してしまうくらい許してほしい。
というか無理難題を言ってる自覚はあるんだろうか。むしろ困らせたくてこんなとんでもない事言い出したんじゃないだろうか。
もうそうとしか思えなくなってきた。
もしかして私のこと嫌いなのかな。
「…………相手に私を選んだことを後悔してる?」
「してないな。お前は今回の計画に適任だと思っている。フランツとの関係は確かに懸念があるが、それだけならさほど問題ではない」
「それはものすごく大きな問題だと思うんだけど……」
「そうでもない。…………俺は女性が苦手だ。戦争から帰ってきてから色々あってな。話しかけられることも触れられることも好きではない」
この顔で女性が苦手って人生しんどそうだな。
黙ってたって向こうから寄ってくるだろうに。皇子だし英雄だし、興味無い女性を探す方が難しそう。
「だがお前とは話すことも触れることも不快ではない。暫くは恋人として過ごさなければならないんだ。お前以上に相応しい人間などいないだろう」
この言葉を素直に受け取るのなら、私はルイス殿下に特別な存在だと思われているってことか。
なんだか少女漫画みたいな展開だ。
さすが攻略対象キャラ(仮)。
女性嫌いなイケメンが主人公とだけは平気で一緒にいられるのって定番よね。そこから恋がはじまるやつ。
けれど、脳裏に過ぎるのは私の過去の発言たち。
……女性としてではなく珍獣として見られてる気がする。ううん、気がするだけじゃなくて絶対にそうだ。
まあ蔑まれたい踏まれたい、なんてお願いしてくる人間を周囲の普通の女性と同格に扱うのは無理だろう。
わかる。わかるよ。
でもなんかマリアに申し訳ないな。
「だから相手はお前しか考えられない」
真剣な表情で告白じみたことを言ってくれてるけどあまり嬉しくない。
「……本当に誰とも結婚しないつもりなの?」
「ああ」
「皇子としてその選択はよくないんじゃ……」
「問題ない。それに他人を愛することのできない俺が妻子を持てば不幸な人間を増やすことになる」
本当に問題ないんだろうか。
現状皇子は二人だけだし陛下の兄弟は全員亡くなっている。皇位を継げる人間は本当に少ないのだ。
あれ、これもしかしてルイス殿下に協力しない方がよかったんじゃ……。
今更後悔してもどうにもならないけど。
さすがに全てを暴露して計画を台無しにする勇気は私には無い。
「それと今朝の手紙のことについてだが……話さなければならないこととはなんだ?」
今朝送った手紙にはルイス殿下と二人で話したい、できることなら陛下と一緒がいい、と書いていた。
それをうけてルイス殿下は二日後に陛下との時間を作ってくれた。
万が一のことを考えて詳しいことは書かなかったから話の内容が気になるのだろう。
今後ルイス殿下の協力を得るためにも情報共有は必要だ。
私は陛下にエルフの首塚に行くよう勧めてもらったこと、そしてそこで出会ったエルフに協力して願いを叶えてもらう約束をしたことを手短に話した。
「そうか。…………父上もお前が元の世界に帰りたがっていることを知っているんだな」
「うん。でもルカは知らないの。だから二日後に陛下の執務室に行く時にはどこかへ行ってもらえるように何か考えないと……」
「それは問題ない。父上に考えがあるらしい」
少しだけほっとした。
ルカは私の話を聞いてくれないこともあるから心配していたのだ。
「……父上はお前が異世界の人間だということを信じたんだな」
「まあ色々話をしてきたしね」
「どうやってそれを証明したんだ? 異世界からやってきたなんて普通は信じられないだろう?」
「え、今それ聞く? ルイは信じてくれてたんじゃないの?」
「お前の言葉を疑っているわけではない。が、嘘をついていなくともそれが真実と異なる場合もある。だから本当にお前が異世界から来たのだと証明してみせろ」
これまたなんという無茶ぶりをしてくるのか。
皇子だからなのかな。
というかやっぱりこの人私のこと嫌いなんじゃなかろうか。弟を誑かした悪女とか思ってそう。
それはそうとしてなんか微妙にムカつく。
皇子だからなのかもしれないけど、命令すれば周囲の人がなんでもやると思ってるのだろうか。
「証明してみせろなんて簡単に言うけど、そんなことできると本当に思ってるの? 技術体系も歴史も生態系も違うのに、異世界にいた平民の記憶だけで何か証明できるようなものがあると思ってる?」
そりゃ私はエンジニアだったけど、その知識と技術は全て日本の技術と道具があることが前提のものだ。
電気部品も基板もPCもないのだから何も出来ないし作れない。
しかもここは異世界だ。魔法があるような世界だ。
向こうとは常識も理も異なっているかもしれない。
「ルイだって魔法のない世界で魔法を使えって言われたらできるわけ? それに私はこっちにきてまだ半年しか経ってないの。向こうとこっちで何が違うのか知らないことも多いしわからないことだらなの。信じられないからって無茶ぶりしないで」
「わ、悪かった……」
イラッとして捲し立ててしまったが、ルイス殿下はそれに対して怒ることはせず小さく謝ってくれた。
反論されたことに驚いているのか、若干目を丸くしている。
どんな顔してても最高だけど、驚いたり戸惑ったりしている顔もなかなかいいな。
素の顔を見れた気がしてなんだか得した気分だ。
「…………まあ証明できなくもないけど。陛下にも同じようなこと言われてやったから」
「結局できるのか……」
「簡単な玩具を作る程度ならね」
陛下に言われた時に簡単なスターリングエンジンを乗せた車の玩具を作ったのだ。
完全に魔法を使わないで作るのは難しかったから一部に魔道具を使ったけれど、理論や原理を説明して魔道具の力で動いているわけではないことを説明したら一応納得してくれた。
「前作ったものがあるから二日後に陛下に会う時に見せるわ。……それにしても顔は似てないのに考えることは同じなんて、さすが親子ね」
魔法がある世界なんだからそういう細かいことはスルーしてくれてもいいのに。
皇族だからか? 上に立つために生まれてきた人間だからそういうのが気になるのかな。具体的にどういう関連性があるのかはわからないけど。
小さくため息をついて私より上にあるルイス殿下の顔を見上げると何故か見つめられていた。
どうしていいかわからなくてとりあえず二十センチほど横にずれてみる。
「そんなふうに凝視されると気まずいんだけど」
「…………フランツの時のように喜べとは言わないが、せめてその嫌そうな顔はやめろ」
「じゃあそんなに真剣な顔して見詰めないでよ。なんだか悪いことしちゃったと思ってびっくりするじゃない」
顔が整っているからか圧が凄い。
何もしてなかったとしても焦ってしまう。
ルイス殿下は呆れたように小さく笑って私の頭を優しく撫でた。
これは年下扱いされてるな。
私の方が年上なんだけど??
ものすごく不満だったけど反応したら年齢を聞かれてしまうのでこの件はさらっと流してあげることにした。
「話は変わるが……お前は辺境伯家の双子と仲が良いと聞いている。八月の半ばにシュヴァルツ辺境伯に会うために一緒について来てほしい。もちろん挨拶が終われば双子と残りの時間を自由に過ごして構わない」
「行くのは構わないけど……お父様がなんていうか……」
「そこは問題ない。皇子である俺の傍は帝国の最も安全な場所の一つだ」
確かにそうかもしれない。
皇子なんて誰よりも守られなければならない人なんだし。
「じゃあお父様の説得を一緒にしてくれる?」
「もちろんだ」
夏休みが終わるまでアデルに会えないと思っていたからちょっと嬉しい。
会えたらリリーとお兄様の話をしなくちゃ。お兄様の面白い話は沢山ある。会うのは二人のデートの後だろうからその話もできたらいいな。
「シュヴァルツ辺境伯にはお前を恋人として紹介するつもりだ。それまでに俺を好きなふりができるようにしろ」
「任せて。フランツ殿下がいなければそれくらい余裕よ」
ルイス殿下の顔は好みだし、会ったことない人なら比較できないからバレることもない。
北部はマリアも行ったことないから楽しみだ。
もともとは別の国だったのが二百年ほど前に帝国に吸収されたのだという。少し建物が違うと聞いてるけどどんな感じだろう。食べ物や着るものも違うのかな。
「期待している」
ルイス殿下は満足気に笑って私の頭をまた撫でた。
だから私は十五歳じゃないんだって。
軽く睨みつけてやると、何が面白いのかさらに笑って私を抱きしめてきた。
どうしてそうなるの!?




