表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/188

147.夜中の訪問3


「ごめんね。もうしないから許してくれる?」


 殿下は小首を傾げて少し困ったような表情で私の手を握った。


「…………別に怒っているわけではありません」


 にやけてしまう前にそっぽを向いた。

 しゅんとした殿下はとても可愛い。できればもっと見ていたいけれど、この至近距離ではまともな顔を保てる自信がない。


「お前は求愛されるのが嫌なのか?」

「求愛って……」


 また凄い表現するな。

 なんだか野生動物みたいじゃん。なんでその言葉使ったの??

 まあ確かに言葉自体は合ってるかもしれないけど、動物のドキュメンタリー番組をよく見てたからそっちのイメージが強くて困る。派手な柄の羽根を広げて求愛行動をとる孔雀がどうしても頭の中から消えない。

 告白とか想いを告げるとか、もっといい表現あったでしょう?

 顔が顔なんだからもう少しロマンチックな言葉で翻訳していただきたい。


「そういうのは二人きりのときにしてもらいたいの。他人がいるところでは恥ずかしいわ」

「他人じゃないよ。家族だよ」


 殿下は不満げな声をあげた。


「確かに弟は他人ではないな」


 ルイス殿下はほんの少しだけ笑って殿下に同意した。

 いや、そういうことじゃないから。


「ずいぶんと仲がいいのね」

「そう見えるか?」


 楽しそうに聞き返さないで。半分は嫌味だから。

 でも昨日よりは仲良いと思う。

 このまま仲直りしてくれたらいいのに。まあ私がルイス殿下と恋人のふりを続けている限り無理だろうけど。


「でも今後は私のことで口論するのはやめて。フランツ殿下も……殿下?」


 振り返ると殿下は少し困惑したような表情で固まっていた。

 何か変なこと言ってしまったのだろうか。


「ごめん、ちょっと驚いてしまって……。大丈夫、君の話はちゃんと聞いてたよ。もう喧嘩しないから安心して」


 何に驚いたのかを聞こうと思ったのに、握られたままだった手が一度離れた後に指を絡めるように握り直された。所謂恋人繋ぎをしている状態だ。

 そのまま顔が近付いてくる。なんで今そうなるの!?


 慌てて距離をとろうと身体を後方に傾けた。

 しかし何かにぶつかってそれ以上離れられない。


「なんだ、甘えたいのか?」


 ルイス殿下だ。

 二人は私の両隣に座っているのだから当然なんだけど。というか今更だけどなんでこの並びに座ってるんだ。隣に座る必要なんてないのに。

 混乱して固まった私をよそにルイス殿下は後ろから抱きしめるように私の身体に腕をまわした。


「ちがっ、そうじゃなくて……」

「ならどういうつもりだったんだ?」

「兄上、マリアは嫌がってます。離してください」

「俺には嫌がっているようには見えないが?」


 これ私をダシにして殿下をからかってるんだ。弟とうまく話せないからってそういうのよくないと思うんだけど。




 正直なところ焦っている殿下も困っている殿下もちょっとむっとしている殿下もめちゃくちゃ可愛い。兄相手だからなのかいつもとは少し反応も違う。

 そんな殿下を間近で見ることが出来るのは役得というやつでは。

 いやいや、これまためんどくさいやり取りに発展してくやつだから止めないと。


「あのっ、二人とも少し離れてください……」

「どうして?」

「何故だ?」


 息ぴったりですね。

 未婚の令嬢が……ううん、未婚だろうが既婚だろうが男性二人にくっつかれているこの状況が健全であるわけがない。

 それに二人から甘い匂いがして若干頭がくらくらしてる。


「フランツはそろそろ戻らなければならないんじゃないか?」

「マリアをここに残して戻れるわけがないでしょう」

「だが戻らなければ余計な仕事も衝突も増えるな。俺とお前の仲が悪いことは皆が知っていることだ。それに戻って来ないお前を案じて人が来たらどうする? 誤魔化すにしても不自然さは残ってしまうだろう」


 仲の悪い皇子が夜遅くに長時間二人きりだなんて不穏すぎる。しかも時期が時期だけに余計に心配されるよね。

 皇宮内の派閥争いにも影響ありそう。

 私はあまり教えてもらえてないけれど、お兄様やお父様の普段の様子を見るに、貴族間の対立にはかなり気を使っていることはなんとなくわかる。

 それなのに色々と引っ掻き回してしまって申し訳ない。いやでも私何も知らされてないし、それがデリケートな問題だと気付いたのもわりと最近だ。

 私悪くない……なんてことは口が裂けても言えないけど、お父様やお兄様も少しは悪いはずだ。


「…………わかりました。一度帰ります。すぐに戻ってくるのでくれぐれもマリアには何もしないでください」


 苛立ったような声になった殿下は私をルイス殿下から引き剥がした。


「マリア、嫌だと思ったらちゃんと嫌だと言うんだよ?」


 私が頷いたのを確認して殿下は部屋から出ていった。









 扉が閉まった直後、ルイス殿下は大きなため息をついた。


「お前はフランツを諦めるつもりはないのか? 顔を見てあからさまに喜ぶのはやめろ」


 不機嫌そうな声に眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔。

 さっきまでのルイス殿下とは別人のようだ。

 一瞬で切り替えられるのは相変わらず凄いな。


「だって好きなんだもん。急には無理よ」

「冷たくしろとは言わないがせめてもう少し抑えられないのか?」

「一応努力はしてるんだけど、手を握られたり顔を近付けられたりしたら何も考えられなくなっちゃって……」


 ルイス殿下はまたため息をついた。


「わ、私も悪いけどルイだっていちいち弟に張り合おうとしたり揶揄ったりするのはやめてよ。それで余計に距離が近くなるんだから……」

「フランツよりお前のことを好きなのだと示さないとあいつは諦められないだろう?」

「だからってもう少しやり方があるでしょう?」

「あれ以上に愛情を示す方法を俺は知らないな。俺の周囲はみんなあんなかんじだった」


 なんてこった。

 この世界の男性からの愛情表現はあれがデフォなのか??

 え、うざすぎる。めちゃくちゃ嫌なんですけど。

 学園の友人の中で彼氏がいる子は何人か知ってるけど、相手を紹介してもらえるほど仲良くないから彼の言葉が真実なのかどうかがわからない。


「そこまで嫌そうな顔をするな……。お前は俺が嫌いなのか?」


 ルイス殿下は少しだけ口元を引き攣らせた。


 好きか嫌いかなんて考えたことはなかったけど、顔は確実に大好きだ。私の好みのど真ん中。

 でもそれだけだ。

 ルカやリオンと違ってルイス殿下に思い入れはない。付き合いも短いし彼の人となりもよくわからない。

 好きな要素なんて顔以外ない。


 けれどそんなこと言えないから曖昧に誤魔化しておこう。


「嫌いではないけど好きでもない……かな」

「……お前にとって皇子はどうでもいい存在なのか?」

「そこまでは思ってないわ。でもよく知らない人のことは好きか嫌いかもわからないじゃない」

「よく知らない人、か……」


 ルイス殿下は呆れたように笑った。

 マリアにとっては再従兄だしこの国の皇子なのに知らない人呼ばわりは失礼だったかもしれない。

 マリアとして喋らないときにはなんだか失言が多くなってしまっている気がする。陛下やルカ相手に好き勝手に喋って何度もドン引きされたからいい加減気を付けよう。

 ルイス殿下くらいにはまともな私でいなくては。


「なら俺の事を知って俺を好きになれ」

「え…………嫌」


 あまりにも唐突な提案に驚いて顰めっ面になる。

 傲慢だ。皇子だからなのかな。

 その上から目線な態度はとってもいい。顔と身分にぴったり合う。


 けれども私の口からうっかり漏れたのは拒否の言葉だった。

 やんわりとお断りするべきだったんだろうけど出てしまったのは仕方ない。


「……普通皇子に嫌なんて言うか?」


 渋面になったルイス殿下は不満げにそう零した。


「嫌なことは嫌って言えってさっき言われたし」

「あれはそういう意味じゃないだろ」

「嫌なんだから仕方ないじゃない。それに元の世界に帰りたいのにこっちの人を好きになるのって不毛じゃない?」

「フランツのことは好きなんだろう?」

「それとこれとじゃ話が別。好きになりたくてなったわけじゃないもの」

「だがお前があいつを想い続けている限り状況は変わらない」

「そんなことわかってるけど……でもだからって簡単に他の人を好きになるなんて無理よ」


 好きになる人を選べるのなら殿下を好きになんてなりたくなかった。

 真実を隠し続けたとしても全てを打ち明けたとしても苦しむ未来が待っている。

 いっそマリアと無関係の人を好きになれていたらよかったのに。


 ルイス殿下は困ったように小さくため息をついた。


「……お前はどうしてフランツのことを好きになったんだ?」

「それは……頼れる人がいなかったときにずっと隣にいて助けてくれたから……。それに私が何を言っても何をやっても絶対に馬鹿にしないの。私の話をちゃんと聞いて一緒に考えてくれるのがすごく嬉しかった」


 この世界の貴族令嬢としては考え方も興味を持つものも逸脱している自覚はある。

 だからできる限り誰にも見つからないように行動していたつもりだったのに、何故か殿下にだけは見つかってしまっていた。

 そして叱られる。いつもそうだった。


 けれどその後に必ずやりたい事や疑問を解消してくれる方法を一緒に考えてくれるのだ。

 もちろん全て解決できたわけではないけれど、それでも私の気持ちに寄り添ってくれた事が嬉しかった。


 好きになったきっかけは隣に居て支えてくれたことだけれど、ここまで好きになってしまったのは彼のそういった行動の積み重ねの結果だ……と思う。


「……まあ色々考えて尤もらしい理由を出してみたけれど、好きになるのに理屈なんてないし好きになったから好きなのよ」

「そうか。…………フランツがお前にしたことを俺がやれば、お前は俺を好きになるか?」


 真剣な表情で聞かれた。

 そんなに私に好きになってもらいたいの??


「…………それは諦めてもらえないかしら」

「お前が俺を好きになるのが一番手っ取り早くお互いの目的を達成出来ると思わないか?」

「それはそうかもしれないけど…………仮に私が本当にルイを好きになったとしたらどうなるの?」

「どうもしないな。当初の予定通りに行動するだけだ」


 つまり私がルイス殿下のことを好きになっても二人きりのときは恋人らしく振る舞わないし卒業と同時に婚約解消するのか。

 さすがにそれは酷くない??

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ