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144.散歩6



 程なくしてお兄様とクリスが戻ってきたので屋敷に戻ることになった。


「ねぇ、エリックを待たなくていいの?」

「あいつがいたらマリアは怖がるだろ?」

「マリアはエリックが怖いの? どうして?」

「蛇を触った人も蛇と同じくらい無理なんだと。昨日はそれでエリック凹ましてたな」

「それは……まあ仕方ないね」


 殿下は苦笑した。

 仕方ないと言っているけどわがままな子だと思われてしまってないだろうか。でも生理的に無理なんだからどうしようもない。

 …………次からはちょっとくらいは我慢しよう。


「じゃあ行こうか」


 手を差し伸べられる。

 どうするべきか逡巡しているうちに間に割り込んできたクリスが殿下の手を払い除けた。


「しれっと手繋ごうとするんじゃねぇよ。マリアの隣に立つのも話しかけるのも禁止だ」

「さすがにそれは酷くない? 僕はマリアの再従兄で皇子なんだけど」

「関係ないな。もう婚約者でもないんだし、お前はただマリアのことが好きなだけのマリアとは無関係な男だろ」

「いやだから再従兄だって……」

「だからも何も無い。とにかく近寄るな」


 なんかクリスがだいぶ面倒臭いかんじになっている。お兄様と一緒に離れている間になにかあったのだろうか。


「あいつらの事は放っておいていい。戻るぞ」


 言い合いしている二人を残してお兄様と共に屋敷までの道を歩く。

 さっき二人きりにしてもらったときのこと、お兄様に報告するべきだろうか。

 とは言っても殿下が結婚を諦めてくれたこと以外何も変わらないんだけど。きっと彼はこれからも今日みたいに突然やってきて私に絡んでくるだろう。


「そういえばリリーとの約束の事だが……」

「えっ、あ……な、何かありましたか? もしかしてリリーが恋しくなりました???!」


 予想外の言葉に少し驚いたが、お兄様が自主的にリリーの話題を出してくれたことにテンションが上がって食い気味に返してしまった。

 お兄様は少し……いや、だいぶ引き気味に首を横に振る。


「いや、そうではなくて……観劇に誘うのは喜ぶと思うか?」


 デートの内容に関する相談か。

 こっちの世界の演劇ってどんなのだろう。マリアも観たことないから知らない。

 

 けれど一緒に劇を見ればその後の会話が弾むことは間違いない。

 一週間も一緒に過ごしたのにぎこちない会話しかできない二人にはもってこいのデートなんではないだろうか。


「リリーは演劇を見たことがないでしょうからきっと喜ぶと思います」

「そうか。お前はどんな劇がいい? 喜劇……の方がいいよな?」

「デートなんですから明るいものがいいと思います。できれば恋愛が主軸のもので……そういうのってあります?」

「俺も詳しくないから後からクリスに聞いてみよう。他に行きたい場所はあるか?」


 何故それを私に聞くのか。

 リリーとのデートの話じゃなかったのか。

 もしかして私も同伴すると思っているのか。それデートじゃないじゃん。


「お兄様、私はついていきませんからね? リリーと二人で楽しんできてください」


 笑顔でそう告げるとお兄様はこの世の終わりのような顔をした。

 いつも仏頂面のお兄様がリリーに関わるときだけ表情豊かになる。もちろん悪い方の豊かさだけど。

 見てる方はかなり面白い。


「…………無理だ」

「最初から諦めないでください。大丈夫、困ったらリリーがなんとかしてくれますよ」


 彼女のコミュ力は高い方だ。お兄様とはまだうまく話せないけれど、まあなんとかできるだろう。


 ぶっちゃけそのぎこちなさにめちゃくちゃ期待している。それは友人としてではなく異性として見てるから話しにくいのではないかと思っているから。

 偽とはいえ恋人同士なのだ。お互いなにかしら思うところはあるだろう。

 一緒に過ごしている間に惹かれあって……なんてのは少女漫画の定番でもある。


 問題はお兄様がいつまでも後ろ向きな事だ。


「お兄様の方が年上なんですからしっかりしないと。あ、デートのときはリリーから離れすぎちゃダメですよ? ちゃんと恋人の距離でお願いします」

「無茶を言うな。そんなことできるわけがないだろう」

「大丈夫、お兄様ならできますから! それにリリーは可愛いでしょう? でもベタベタ触るのはだめですからね」

「フランツじゃあるまいしそんなことはしない」


 あ、お兄様も殿下のことそんなふうに思ってたんだ。

 距離が近いもんね。近いっていうかほぼくっついているというか。

 屋敷の敷地内にいる間は誰もが見て見ないふりしてるから問題にならないけれど、たまに学園でも近いなと思うことはあったから……。

 周囲からどう思われてたのかなんて考えたくない。


「冗談はさておき、普通に二人で楽しめばいいと思います。お兄様はこれまで特定の女性と親しくしてたことはなかったでしょう? だからお兄様の隣に女の子が居るだけで十分なのです」

「普通に楽しむ……のが難しいんだが」


 その若干情けない悩みに思わず吹き出してしまった。


 この世界が何なのかは未だにわからない。不自然なことも偶然とは思えないことも沢山あるけれど、それでもここが私の夢の中の世界ではないということだけはわかる。

 夢ではないからこそお兄様や殿下は私の想像とは違う行動をして予想外の事を言う。


 だからリリーとお兄様が恋仲にならなくても仕方ない。

 もちろん諦めるつもりはこれっぽっちもないけれど。


「マリアがレオと話してそんなに笑うなんて珍しいね。何の話をしているの?」

「ひゃああ!!」


 突然背後から話しかけられて、驚きのあまり変な叫び声をあげてしまった。

 振り返ると殿下とクリスが目を丸くしている。

 ヤバい。この行動はマリアらしくなかった。誤魔化さないと。


「な、なな、なんでしょうか!?」

「そんな驚かなくても……」

「せっかく兄妹仲良くしてたのに水差すなよ。そうやってお前がすぐ話しかけるから二人でゆっくり過ごす時間がなくなるんだろ」


 心臓がバクバクしている。

 いつの間に追い付いてきてたんだろう。お兄様との話に夢中で全然気が付かなかった。


「そっか。ごめんね」

「いえ、謝られるようなことでは……申し訳ございません」

「なんでマリアが謝ってんだよ」

「だって……」

「だってじゃねぇよ。もう少し堂々としてろ」


 なんかクリス、偉そうだな。

 この中で一番年下なんだけど。

 実際はマリアと同い年ではあるけれど、マリアはクリスのことを弟と認識していたのでマリアより下認定だ。

 だから叱ったり諌めたりするのは年上で一番しっかりしているお兄様の役目のはず。


 ちらりと横目でお兄様を伺うと小難しい顔して悩んでいた。

 ダメだこれ。リリーとのデートのことでいっぱいいっぱいになってるんだな。

 仕方がない。そっとしておいてあげよう。


「そんなことより疲れたので早く戻りましょう」


 三人を急かすように歩き始めた。

 行きと違って帰りは寄り道しないからそう時間はかからない。

 もう屋敷が目の前だ。


 正面玄関まであと数十メートルにまで迫ったとき、サラが玄関から出てきて私たちの方へ小走りでやってきた。

 いつもとは違うその行動に不安に駆られる。何かあったのだろうか。

 もしかしてお父様の体調が悪くなった? エリックがさっきの蛇に噛まれた? それともヨハンお兄様やお義姉様に何かあったのか。


 サラは殿下とお兄様に非礼を詫び、許可を得てから私の方へ一通の手紙を差し出した。


「お嬢様、ルイス殿下からお手紙が届いております。今朝出されたお手紙のお返事のようです」


 周囲の空気が凍りついた。

 なんでそれを今出すのか。


 いや、そんなのわかりきっている。私がルイス殿下と手紙のやり取りをしていることを殿下に伝えたいのだ。


 クラウス公爵邸の使用人のほとんどは殿下の味方だ。彼に忖度して周囲からすぐいなくなるし、執事や家令は業務連絡と称してお兄様に話しかけつつ余談で私の様子をさりげなく殿下に伝えている。

 何故それを私が知っているのかと言うと、夏休みの初日にその場面を偶然目撃したからだ。

 それに婚約解消してから殿下が来ることは隠されるようになった。私が逃げ出さないように、だ。


 雇い主の娘を囲い込むようなことをするのは如何なものかと思うのだけれど、私もそれを利用して色々やってきたのであまり強くは言えない。

 そして使用人たちのそれらの行為を許容しているのは間違いなくお兄様だ。


 だから今回のことはわかっていながら何も対策していなかった私も悪い。

 けれどこんなに早く返信がくると思わないじゃん。皇子って忙しいんじゃないの?


「兄上に手紙を書いたの……? 僕には一度もくれたことなかったのに……」


 ショックをうけているのか殿下の声が僅かに震えている。

 罪悪感で殿下の方を見ることができない。

 これまで手紙を出さなかったのはマリアの責任だし、私が手紙を出さなかったのは文字が書けなかったからで、今回手紙を出したのはそうしなければならない理由があったからだ。

 何も殿下を傷付けようとか悲しませたいなんて意図はなかった。


「お前がいつも言ってるだろう。マリアの兄のような存在だって。普通兄貴には手紙送らねぇよ。レオナルドにも書いてないしな。そんな落ち込むなよ」


 クリスが諭すように殿下に話しかけた。

 いつも小煩いことしか言わないけれど今回だけはクリスがいてよかったと思った。

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