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143.散歩5


 殿下とクリスが四阿に着いた途端、お兄様は立ち上がった。


「クリス、俺達はあっちに行くぞ」

「え、なんでだよ」

「二人でしっかり話す時間が必要だろう」

「いやでも二人きりにするなって……」

「問題ない」


 お兄様はそう言い切るとクリスを強引に連れていった。

 私も一緒に連れて行ってほしかった。絶対ダメだって言われるだろうけど。

 というか今日殿下が来たのはこのためだったのか。いつかは話さないといけないとは思っていたけれど、まさかこんな急にやってくるとは。


 殿下は二人が離れたことを確認した後、私の隣に座った。


「二人きりになっちゃったね。嬉しい?」

「う、う、嬉しくなんて……」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべる殿下を可愛いなんて思ってしまう私は本当にどうしようもない。


「僕は嬉しいよ。君と一緒に居られるのはどんな時でも嬉しい」

「…………怒ってないのですか?」

「どうしてそんなこと聞くの?」

「それは……ルイス殿下と……」


 どう言葉にすればいいのかわからない。

 浮気でも不貞でもない。そもそも殿下とはもう再従兄弟姉妹という関係でしかないのだから、裏切ったという表現も違う。

 今回のことで問題があるとすれば、婚約解消したばかりだというのにルイス殿下との婚約を決めたことか。それが公になれば殿下の名誉を傷付けてしまう。


「君は僕に怒っていてほしい?」

「いえ、そうではありません。ただ……罵られても仕方ないことをしたと思っています」


 今回の件で彼の立場は間違いなく悪くなる。

 もちろんそれは一時的なもので、私が卒業して婚約解消してしまえば元に戻るだろうけど。


「まあ、正直に言うとかなりショックだったし今でも…………。君は僕のことが好きだと思ってたし僕は変わらず君のことが好きなんだ。だから兄上との事は……認めたくない」


 しかし殿下はいつもと同じように微笑んでいる。


「…………兄上と二人でどんな話をしていたの?」

「そ、それは……学園のこと、とか……」


 あなたの惚気話です、なんてことは口が裂けても言えない。

 なんとなく気まずくて視線を下に向けた。


「他には?」

「他と言われても……二人で話す機会はそう多くありませんでしたから」


 お互い殿下のことにしか興味が向かなかったんだから仕方ない。

 それに他の話をしたくとも共通の話題がそれしかなかったのだ。


「そう。兄上とは……本当に結婚するつもり?」


 結婚はしない。

 そんな気持ちは毛頭ないしお互いがお互いにとって都合のいい相手。それ以上でもそれ以下でもない。

 ただ、私の事情を知っても尚受け入れてくれたことは感謝しているし、協力すると言ってくれたからそれに報いたいとは思っている。


「そうする必要があるのなら……すると思います」


 この件に関しては迂闊なことを言えないからできるだけ曖昧に誤魔化したい。

 重要なのは殿下と一緒になれないことだ。そこをはっきり伝えて今度こそ諦めてもらう。


「その必要があるかどうかは誰が決めるの?」

「えっ」


 そんな質問してこられるなんて思ってもみなかった。

 そこどうでもよくない??

 視線をあげると思いのほか真剣な表情をしていて少し驚いた。


「それは…………だ、誰でしょう……?」

「僕が聞いたのに聞き返されても……。君は兄上のことを好きなわけではないし、婚約の話だって兄上が強引に進めたと聞いたよ」


 怒っているわけではなさそうだ。かといって悲しんでいるというわけでもない。


「僕は駄目で兄上ならいい理由は?」

「それをお話することはできません」

「…………僕の何が駄目なんだい?」

「ダメなことなんて何も……」

「ならどうして? 僕のことが嫌いになった?」

「そうではありません」


 あ、間違った。

 嘘でも嫌いだと言うべきだった。


「でもだからって、す、好きでは……ないです」


 取り繕うように言ってみたけれど吃ってしまったからあまり意味が無さそうだ。

 でも好きじゃないって言えただけ前進した。言ってる途中で俯いちゃったけど、でも言ったことには変わりない。

 もうちょっと頑張って平然と好きじゃないって言えるようにしないと。


「……そう、もう僕のことは好きじゃないんだね」


 小さく頷いた。

 俯いてるから彼がどんな表情をしているかわからない。いつもより声が低くなっているから落ち込んでいるのだと思う。


 今後関わらなくなればこの気持ちもきっと落ち着くはずだ。

 それに殿下と会う必要がなくなればもう少し自由に動くことができるようになるだろう。私が帰るためにも、マリアに身体を返すためにもその方が都合がいい。


「本当にそう思っているのなら僕の目を見て話して」


 肩を捕まれた。

 驚いて顔を上げると真剣な表情の殿下と目が合う。


「前に話をした時、君は僕との結婚を拒絶する理由があると言った。それは今も変わらない?」

「はい、何も変わっていません」


 私は私のままだし殿下は真実を知らない。


「僕との結婚は無理だけど、兄上との結婚を拒む理由はない……。これも間違いでは無い?」

「はい」

「兄上は…………知ってるの?」


 言葉には出さなかったけれど、それが殿下との結婚を拒む理由のことを聞いているのだということはわかった。

 答えるべきかどうか少し悩んだけれど否定すれば余計にややこしくなる。

 小さく頷くと彼は少しだけ苦しげな顔をした。


「そう……。僕は…………」


 殿下は下を向いて言葉を止めた。



 これで私たちの関係は終わるだろう。

 結局ひどく傷付けてしまった。私が自分のことしか考えていなかったからだ。


 今後は今までのように顔を合わせることはなくなるはずだ。名前を呼ばれることも笑顔を見ることもなかなか出来なくなる。

 名残惜しいとは思うがお互いにとってそれが最もいい選択だ。





 夏休みはあと一ヶ月ほど残っている。

 その間にステラという名のエルフの手掛かりを見つけてあの男から帰る方法を聞き出さなければならない。

 そして私が居なくなったあとのフォローをルイス殿下と陛下にお願いして……。

 ああ、その前にルカのことをどうにかしないと。何も言わずに消えたらきっと一生私を探し回るだろう。

 リリーの安全も確保しなければならない。残りの学園生活を楽しく過ごせるように。

 ゲーム的にも現実的にもお兄様と恋仲にさせるのが一番だと思うけれど、人の気持ちはそう簡単に変わるものではないから期待しすぎるのは禁物だ。

 それでもクラウス公爵家との繋がりは彼女を守ってくれるはずだ。できるだけ二人が仲良くなるよう努めよう。

 

 そこまで考えたところで殿下が小さくため息をついてゆっくり顔をあげた。

 真剣な表情だけれど、悲しんでいるのか怒っているのかは判別できない。


「君の隠し事が何なのか僕はまだわからない。けれどその隠し事によってこうなっていることはわかるんだ。……そして僕が君に全く信頼されていないことも」

「そんなことは……」

「誤魔化さなくてもいいよ。僕は君の隠し事が何であれ受け入れるし、それがどんな困難なことであったとしても僕がなんとかしてみせる……つもりだったんだ」


 彼の優しさを切り捨てることしか出来なかった罪悪感と、その優しさが向けられるべきマリアはここには居ないという現実に泣きたくなった。


「……ごめんなさい」

「そんな言葉が聞きたいわけじゃないんだ。……一つだけ教えてほしい。君は兄上との婚約を、君自身の意思で受け入れたの? それとも誰かに強要された?」


 その問いに若干の引っ掛かりを覚えた。

 ルイス殿下が私に無理強いしたと思っているのだろうか。

 これはきっちり否定しないと。私のせいで二人の仲がこれ以上悪くなるのは嫌だ。もう今更かもしれないけれど……。


「婚約は確かに私の意思で受け入れました。誰かに強制されたなどということは決してありません」


 殿下は私の目をじっと見つめた。

 嘘をついているのか見極めようとしているのかもしれない。


 少しの間見つめ合っていたが、程なくして殿下は私から視線を外し身体を離した。


「…………そう。なら僕が言うことは何も無い。それが君の望みだというのなら諦めるよ」




 これで本当に終わった。

 そして私の悩みも一つなくなった。

 とはいえまだ問題は山積みだ。一つ一つ確実に片付けていこう。


 まずは時間のかかりそうなルカとリリーの問題から……。


「まあ諦めても邪魔はやめないけどね」

「…………はい?」


 一瞬何を言われたのか理解ができなくて首を傾げる。

 邪魔はやめないって言った??

 え、諦めるって言ったよね?


「君との結婚は諦めるよ。今以上の関係も……きっと君は嫌がるだろう。だけどそれとこれとは別だ。僕は君と兄上が夫婦になるのは嫌だ」

「い、嫌だと言われましても……」

「前も言ったけど本当に二人が結婚したいと思っているのなら僕が邪魔しても問題ないだろう?」


 問題しかない。

 どうしてその結論に至るのか。マリアが殿下以外の人と結婚するのがそんなに嫌なのだろうか。

 マリアが行き遅れたらどうするんだ。


「人の恋路を邪魔するのは……」

「大丈夫。馬に蹴られても死なないから」


 あ、その言葉こっちにもあるんだ。でも馬に蹴られたら普通に死にますよ。

 なんでそんな自信満々なんだ。


「君は僕にとって妹みたいなものだからね。その大切な妹の伴侶となるに相応しい相手かどうか見極めるのは兄の役目だ」

「そんな役目ありませんし、私のお兄様達は今までそんなことしてません」


 もしそのような役目を負う人がいるとすれば、それはお兄様達ではなくお父様だ。

 そもそも殿下はマリアの兄ではないけれど。


「…………うん、そういうことにしておこうか。何にしても僕の気持ちは変わらないよ。君の幸せのために僕はやるべき事をやるだけだ」


 笑顔で宣言されてちょっと頷きかけたのを必死で堪える。

 喜んでいる場合じゃない。


 殿下はいつも都合のいい時だけ妹扱いしてくる。絶対にそんなこと思っているわけないのに。

 そういうのってなんかずるいなってずっと思っていた。


 いつか言い返してやるなんて思ってはいたけれど、いざその時になると何も言えなくなってしまう。

 先程までの真剣な表情は何処へやら、殿下は何事もなかったかのように私の手を握ってきた。

 そしてそのまま肩を抱き寄せられる。


「話も終わったしレオもクリスもまだ戻ってこない。……どうしようか?」


 一応お伺いは立ててくれているけれど、身体はしっかりくっついてるし当然顔も近い。

 一気に心拍数が上がった。どうしようも何もない。


「い、妹として見てるならこんなことしないでください!」


 慌てて殿下の胸元を押し返すと、彼は楽しそうに笑って離れてくれた。

 これは間違いなくからかわれている。私がまだ殿下のこと好きなのをわかっていてやってるんだ。

 ああ、もう! 本当に殿下は狡くて意地悪でどうしようもない人だ。

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