141.お菓子作り2
「出来上がったケーキにデコレーションしましょう」
エリックはそう言った。
今回作ったシフォンケーキはよくある中央に穴があいたものではなく、紙のカップを使った小さなケーキだ。
小さいから冷えるのも早い。魔道具を使うから更に早く冷える。
先程ようやく生クリームが出来上がったばかりだと言うのにもう次の作業に進むのか。
休む暇ないな。まあ私は応援してばかりでずっと休んでたんだけど。
「粉糖とチョコソースとイチゴソース、ナッツ類、フルーツも用意してあります。お好きなように飾り付けてくださいね」
やっぱり喋るのはエリックだ。
ハンスは少しさがった位置で居心地悪そうに立っている。
なんだか申し訳ないな。
後から何かお礼をしないといけないだろう。考えておこう。
それはそうとして、ケーキのデコレーションはお菓子作りで唯一楽しい作業だ。
リリーが泊まりにきてるときにパンケーキにソースで絵を描いて遊んだのだけど、想像以上に面白かったし美味しいスイーツが可愛くなるしでなかなかよかった。
今回デコレーションの素材が沢山あるのもその事があったからだろう。
今日はどんなデコレーションにしようかな。
「ねぇ、チョコレートはある?」
「はい、こちらにございますよ」
エリックに尋ねると丸いタブレットのチョコレートを出してくれた。
すごい、準備万端だ。
お礼を言って受け取り、小さめのボウルに入れてチョコレートを溶かす。こういうとき魔法が使えるって便利だなと実感する。
湯煎しなくてもボウル自体を温めればすぐにチョコは溶けるし温度調節も簡単だ。
あまり熱くすると火傷しちゃうけど、そのときは魔法で治せばいい。便利すぎる。
クッキングシートのような白い紙に、溶かしたチョコレートを三角にのせ冷やして固める。ついでに細い線状のチョコも四本作っておいた。
カップケーキの上に丸く生クリームを絞って猫の耳に見立てた三角形のチョコと髭のチョコを飾る。
最後に目と口をチョコレートソースで描いて猫のケーキの出来上がり。
なかなか可愛い。
「へぇ器用だな」
「わあ、すごく可愛いね」
「これを真似すればいいのか?」
気付けば三人が私の後ろに立っていた。
もしかしてずっと見られていたんだろうか。ちょっと恥ずかしい。
「これは真似をする必要はないので各々好きに飾りつければいいと思います」
「そうか」
「エリック、キャラメルソースってあるか?」
「それは用意してないな。作るか?」
「いや面倒だからいいや」
お兄様とクリスは頷いて戻っていった。
というかクリス、キャラメルソースなんて作れるの?
私作り方さっぱりわからないんだけど。
もしかして化粧やドレスに詳しいだけじゃなくてお菓子作りもできるんだろうか。
「僕は君と同じものを作りたいんだけど教えてくれる?」
「でも教えるようなものでは……」
断ろうとしたところでふと邪な考えが頭をよぎった。
猫のケーキを作ってる殿下ってとっても可愛いんじゃないだろうか。
殿下は真面目な性格だけれど、案外めんどくさがり屋で手間がかかる事はあまり好まない。
マリアに関することは基本的には頑張ってくれるがそれでも途中で面倒になって強引に物事を進めてくるときが稀によくある。
だから、私がここで断ったらきっと殿下は生クリームをケーキに乗せて終わりにするだろう。いや間違いなくそうだ。
「お手伝いいたしますわ!」
殿下が引き下がる前に、と思って慌てたせいでやたらと勢いよく答えてしまった。ちょっと恥ずかしい……。
気を取り直しつつ先程やったことと同じことを次は殿下と一緒にやっていく。
といっても私は隣で応援しながらアドバイスするだけ。作るのは殿下自身だ。
じゃないと殿下が作ってるところ見られないし。
溶かしたチョコレートで耳と髭を作ってケーキの上に盛った生クリームにさしていく。
最後に目と口を描いて……。
「…………なんか違う……」
殿下は渋面を作って不満そうな声をあげた。
そのいつもとは明らかに違う声にお兄様とクリスがこちらへ視線を向ける。
「マリアと同じものを作ったのか……? その……いや、悪くないんじゃないか」
「不細工な猫だな」
「そういうこと言わないの!!」
言葉を濁すお兄様とは反対にクリスはストレートな言葉で感想を述べた。
慌てて注意したけど絶対に聞こえてしまったよね。クリスは殿下の再従兄弟だし不敬罪に問われるなんてことはないとは思うけど、それでもそれは言ってはいけない言葉だ。
恐る恐る殿下の方を振り返ると、殿下は苦笑していた。
「やっぱりそう思う? マリアの真似をしたつもりなんだけど何が悪かったんだろう」
怒っているようには思えない。よかった。
いやでも人が頑張って作ったものを貶すのはよくない。
確かに殿下が作った猫は少しバランスが悪い。
耳は左右の高さが揃ってないし髭は少し歪んでいる。
目は横長でジト目気味だ。それに口と目の位置が近すぎる。
…………あれ、こんな顔の猫いなかったっけ?
それに耳の高さが揃ってないと思っていたけどこれはこれで首を傾げているように見えていいんじゃないだろうか。
見れば見るほど癖になる感じ。ブサカワの部類に入るんじゃないだろうか。
なんかどんどん可愛く見えてきた。絶妙なバランスの上で成り立っている可愛さだ。
「私はとても可愛いと思います」
「…………ありがとう。けれど自分でもこれが可愛くないことはわかってるんだ」
殿下は力なく笑った。
これは完全に落ち込んでいる。クリスがあんなこと言うからだ。
「嘘じゃありません。本当に可愛いです」
「うん、ありがとう。次作る時はもっと可愛くなるよう頑張るよ」
ああ、もう! 全然信じて貰えない。
私が殿下のこと好きだからお世辞だと思われてるんだ。
本当に可愛いと思ってるのに。どうしたら伝わるだろう。
あ、『可愛い』っていう形容詞が良くないのかも。可愛いの基準って人によって違うし。
「私この子好きです!」
「え、あ、うん……そう……」
あれ、なんかとても微妙な反応された。
困ったというか居心地が悪そうな顔……あれ?? なんで?
「もう別になんでもいいだろ。そんなにフランツの作ったケーキがよければ交換してもらえよ」
私と殿下のやり取りを見ていたクリスが呆れ半分イライラ半分といった感じで口を出す。
全てはクリスのせいなんだけど。けどその提案は最高だ。
「も、もし殿下が良ければ……その、交換していただきたいです」
「…………君がそれでいいなら……」
やった! 交換してもらえた!!
殿下お手製のケーキなんて今後拝めないかもしれない。だから思う存分堪能しよう。
デコレーションはケーキにしかしてないからお皿にもイチゴソースでハートを描いてもらった。
お願いしたときは口許が引き攣ってたから断られるかと思ったけど渋々承諾してくれた。
男子高校生が照れながらハート描いてくれるのってすごく可愛いと思う。
ついでにお兄様とクリスにも頼んだけど二人には断られてしまった。残念。
◇◇◇◇◇
時間が時間だったのでお菓子作りの後すぐにみんなでお昼を食べた。
食後のデザートは、もちろんみんなで作ったシフォンケーキだ。
「ふふふ、可愛い」
殿下の猫がジト目で私を見ている。
首を傾げてハートを撒き散らしている猫はとても可愛い。
好きな人が作ったという付加価値の存在も大きい。可愛いしかない。
「本当に可愛いと思ってるの?」
「もちろんです! このジト目がたまらなく可愛いです」
「そ、そう……」
「可愛すぎて食べられないかも」
「食べないと腐るぞ」
「そんなことわかってるわよ。でも食べたくないくらい可愛いってこと」
この世界にスマホがあれば写真撮りまくるのに。なんで魔法があるのにスマホがないんだ。
魔法なんていうとんでも技術があるんだから科学だって進歩しててもいいじゃない。地味に不便な世界だ。
とにかくしっかり目に焼き付けておこう。殿下が帰ったら思い出して一人でニヤニヤするんだ。
この若干潰れたような顔が本当にたまらない。愛嬌ありすぎる。ぬいぐるみがあったら毎日抱いて寝たい。
ああ、可愛い。
「はぁ、可愛かった。……いただきます」
愛でるのに満足したのでフォークで生クリームとシフォンケーキの生地をすくいとって口に入れた。
ふわっふわで甘さ控えめの生地と少し砂糖を多めに入れた生クリームのバランスが最高。甘いけど甘すぎないからいくらでも食べられそう。
耳と髭をチョコで作ったからそのパリパリとした食感もいいアクセントになっている。
ああ、最高。この美味しいケーキを殿下が作ったんだと思うと余計に美味しく感じられる。
料理とかお菓子作りの醍醐味ってこういう所なのかも。美味しいものがより美味しく感じられる。
控えめに言って最高だ。
ふと気づくと四人が私を凝視していた。あれ? なんで??
「えっと……何ですか?」
「いや、あんなに可愛いって言ってたのに……」
「躊躇いもなくフォークを突き刺したな」
「え?」
「しかも左目抉ってるし……可哀想だとは思わなかったのか?」
「何言ってるの? お菓子に可哀想なんて思うわけないじゃない」
四人は顔を見合わせた。
何なの? みんな可愛いお菓子は食べられないっていう幼女のような純真無垢な思考なの??
それはそれで可愛いけどその歳で言うことじゃないと思うよ。
「……美味しかったですか?」
「ええ、とても。みんなで作ったからなのか、いつもより美味しく感じるわ」
「それはよかったです」
エリックはにっこりと笑ってくれた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
面白いと思ったらブクマ、いいね、評価で応援していただけると嬉しいです!
以降は閑話に入れるまでもないちょっとしたSSのようなもの
後半以降のフランツ視点です
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
マリアは僕の作った不細工な猫を可愛いと言う。
最初は気を使って言ってくれているのかと思った。どう見ても可愛くはなかったから。
けれど彼女は本気でこれを可愛いと思っているらしい。
「私この子好きです!」
挙げ句の果てに好きだとまで言い始めた。
本気なのだろうか。
マリアが最近可愛いと言っていたのは、抱き枕用にと用意させたクマのぬいぐるみ、子どもの姿のルカ、そして僕だ。
可愛いと言われるのは男としては複雑な気持ちではあったけれど、マリアがそれで僕のことを好きになるのなら構わない。
そう思っていたのだけれど。
「ふふふ、可愛い」
うっとりと見つめるその先にはどこからどう見ても可愛くないケーキ。
彼女の『可愛い』がわからない。クマのぬいぐるみは誰が見ても可愛いし子どものルカは生意気だけれど可愛く見えなくもない。
けれどこれは?
誰が見ても明らかに不細工だ。
この猫を可愛いと言うマリアが、僕を可愛いと言う。
彼女にとって『可愛い』は本当に可愛いのだろうか? 褒め言葉なのだろうか?
「はぁ、可愛かった。……さぁ、食べましょう」
マリアは小さくそう言った後に手に持っていたフォークを猫の左目に突き立てた。
そのまま抉った顔を口に運ぶ。
幸せそうにケーキを咀嚼するマリアと無惨な姿になった猫。
あまりの落差に声が出ない。
可愛いすぎて食べられないと言ったのにも関わらず、この場にいる誰よりも早くケーキを食べだした。
前々からマイペースな子だとは思っていたがここまで予想外な行動をとるとは思わなかった。
正直どんな顔をしていいかわからない。
それでもマリアはとても幸せそうな顔をしている。
「みんなで作ったからなのか、いつもより美味しく感じるわ」
…………彼女が幸せならそれでいいか。




