136.エルフの探し人
私はクリスにしがみついたまま屋敷への道を歩いている。
離れた方が歩きやすいんだけど、虫が飛んできそうで怖くて離れられないのだ。
一方、エリックは私たちの五歩程後方を歩いている。私が近寄らないでと言ったからだ。
護衛という役目がある以上これ以上は離れられないと言われて渋々そこまで近付くことを許容した。
こればっかりは仕方がない。クリスではなくエリックを護衛に、と言い出したのは私なのだから。
でも今日は休みだって言ってたからそこまで頑なにならなくてもいいんじゃ……。いやまた蛇や蜥蜴や虫が出てきた時に即座に対処出来る距離にいてもらうのはいいことなのかもしれない。
うん、絶対そうだ。
だからエリックが蛇に触れたことはできるだけ考えないようにしよう。
でも戻ったら手をしっかり洗ってもらわないと。
いや、それだけじゃ足りない。何処に触れたかわからないからお風呂に入ってもらって全身綺麗になってもらおう。
そしたら全力で謝ってお詫びをしなければ。
クリスにも謝らないと。体調悪いのにしがみついてしまって申し訳ない。
歩きにくいよね。本当にごめん。
帰り道は寄り道なんてしないしまっすぐ屋敷に向かって歩いているから十分程で建物の裏まで戻って来れた。
あと少しで部屋に帰れる。
そんなとき、目の端に金の色が飛び込んできた。
建物から少し離れた場所にある木にもたれ掛かるように立っていたのは、首塚で会ったエルフの男だ。
目が合った。
けれども向こうは動かない。表情すら変わらない。
思わずクリスにしがみついている腕に力が籠る。
「ん? 何かいたのか?」
「ううん、なんでもない。そこの茂みからまたヘビが出てくるかもって思ったらちょっと怖くなって……」
咄嗟に誤魔化して視線を逸らす。
あのエルフに聞きたいことは山ほどあったけれど、二人がいるこの場で迂闊なことはできない。
「さっきみたいなことはそう起こらない。そうやって怖がってると何処にもいけなくなるぞ」
「そ、そうね。気にしないようにするわ」
「それにもし何かあっても俺がすぐに助けてやる」
「ありがとう」
笑顔でお礼を言った。
もしかしたら少し顔が強ばっていたかもしれない。けれど先程の蛇騒動があったからたぶん大丈夫。
何も見えていないふりをして歩を進める。
早く部屋に戻らないと。
エルフの前を通り過ぎる。相手は何も言ってこない。動きもしない。
もしかしたら私が見えてることに気付いていないのかも。
いや、さっき確実に目が合ったからそれはないだろう。
私に反応しないということはリリーに会いに来たのだろうか。
けれどもうリリーはここにはいない。ここで待たれるのは困る。ルカを呼んだときにエルフと鉢合わせたら目も当てられないから。
なんとかあのエルフにリリーがここにいない事を伝えなければ。
けれど今は何も出来ない。
夜になってもまだ居るようなら会いに行ってみよう。
あの位置は私の部屋のバルコニーからギリギリ確認することができる。
寝るふりしてこっそり抜け出せば誰にもバレないだろう。
お兄様とお父様は今日は遅くなるらしい。
ちょっと安心した。
疲れたからと早めに寝る用意をしてサラをさがらせた。
私の部屋の前には護衛のための騎士が一人立っている。だから音を立てることはできない。
暗い色の服に着替えてブーツを履いた。この格好なら部屋から抜け出すのに支障はない。
前にやったときはワンピースにヒールのある靴でやって大事になってしまった。しかもそれを殿下に見られて……ううん、今はそんなことを思い出してる場合じゃない。
失敗はちゃんと次に活かさないとね。
服だってちゃんと濃色を選んでるから暗闇に紛れて見つかりにくいはずだ。うん、バッチリ。
静かに外へ出てあのエルフが居た木を探す。魔法で視力を強化して目を凝らした。
まだいる……ような気がする。暗くてイマイチ判別できない。
まあ居なかったら居なかったで戻って来ればいい話だし思い切って行ってみよう。
バルコニーの手すりによじ登った。
私はリオンや殿下のように風の魔法を使うことができない。
だからここから飛び降りてあそこに行くことは不可能だけれど、壁伝いに氷の足場を作れば比較的安全に降りることができる。
一度隣の部屋のバルコニーに移動してそこから足場を作っていく。私の部屋から直接降りなかったのは、私の部屋の真下がクリスの泊まっている部屋だからだ。
意味もなく窓を開けて屋敷の壁を見る、なんて行動をクリスがするとは思えなかったけど警戒しておくにこしたことはない。
地面に降りたった後、茂みに隠れながらあの木の下まで移動……すべきなんだけど、どうしても夕方の蛇が出てきたことを思い出してしまって近寄れない。
それに虫も出てきそう。そうなったらもうどうにもならない。
仕方ないのでそのまま堂々とあの木の下まで歩いた。幸いにも誰とも会うことはなかった。
そしてそこにエルフの男は立っていた。夕方見かけた時と同じように木にもたれかかっている。
しかし先程と違って男は俯いていた。
「リリーはここにはもういませんよ」
声を掛けると男は顔をあげた。
眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな、いや、怒った表情をしている。
あ、私やってしまったかもしれない。前に会った時も私のこと無視したもんな。
「あまりにも遅すぎてついに壊れてしまったのかと思ったぞ」
「お待たせしてしまい申し訳ありません。その、先程は無関係の者がいましたので……」
「おかしなことを言う。前もあの人間はいたではないか。どうして前と同じようにできないのだ?」
「あの時とは状況が違いますから」
今はリリーはいないし、何よりあんなタイミングでエルフと話なんてできない。
二人の目には彼は見えてないようだったし、誰もいない場所に向かって話し始めたら流石に頭がおかしくなったと思われてしまう。
「人間はいつもよくわからないことに拘るな。まあいい。……私と同じ髪の女性を探している。心当たりがあれば教えてほしい」
「金髪の女性を……? 該当する方が多くてそれだけではわかりません。他に特徴はありませんか?」
この国は高位貴族に金髪が多い。
皇族である陛下や殿下は勿論、侯爵家や伯爵家の半分は金髪だ。マリアの母親やヨハンお兄様の妻であるお義姉様も金髪だった。
もちろん高位貴族にも黒髪や茶髪はいるけれど、濃い髪色はどちらかというと下位貴族や平民に多い。
「特徴か……。そうだな、彼女は透き通るような青い瞳でその目とよく似たサファイアのネックレスを持っている」
金髪碧眼でサファイアのネックレスなら……いや、大して変わらないな。そんな令嬢たくさん居そう。
「その方の身長や年齢を教えて頂けますか?」
「そんなことも聞かなければならないのか? 身長はお前と同じくらいだ。年齢は835歳」
「は……」
835!?
思わず固まってしまった。
もしかして探してる女性って人間じゃないのか。
「あ、あの、もしかして探されてるのは人間の女性ではないのでしょうか?」
「どうして私が人間を探すなどと思ったのだ? 探しているのはエルフに決まっているだろう」
だって人間である私に聞くんだから人間を探してると思うじゃん!
この会話が噛み合わない感じ、すごく疲れる。
というかなんで一方的に私はこの人の話を聞いてるんだろう。私だって人を探さなければならないのに。
なんか微妙にムカつくな。
「ただの人間である私がエルフの情報を持っているわけがないでしょう。他に伝手があれば貴方に会いにあんな場所へ行くわけがありません」
「だからわざわざこうやって私が訪れてやったのだ。なのにお前はいつまでたっても私に気付かず、気付いた後もすぐにはやって来なかった。失礼だとは思わないか?」
いやいや、意味がわからない。だからってなんだよ。情報持ってないって言ってんじゃん。
しかもなんでこんな上から目線なの?
失礼なのはどっちだ。こっちの世界ではそんなにエルフが偉いのか? 偉いんだろうな。私こっちの人間じゃないからありがたみとか一切感じないけどね!!
思ったことをそのまま言ってやりたいけれど、さすがにそのまま言ったら怒らせてしまう気がする。
だからといって言い返さないなんて選択はしないけど。
「こんな人目につかない場所にいてそれはないでしょう。用があるのでしたら話しかけられるのを待たずに貴方から行動するべきではありませんか?」
「ふむ、それもそうだな。次からはそうするとしよう」
目の前の男は私の言葉に素直に頷いた。
てっきり『何故私がそんなことをしなければならないのだ?』とかいって突っぱねられると思っていたから拍子抜けした。
もしかしたら及び腰にならずに堂々と主張したらお願い聞いてもらえるんじゃないだろうか。
「今後用事があるときには他の者が近くにいないときにお声かけください」
「何故私がお前の都合に合わせなければならないのだ」
あ、これはダメだったのか。
物は試しでちょっと強気に返してみよ。
「私は貴方の奴隷でも召使いでもありませんから。わざわざここへ来たということは私の周囲に探している方がいらっしゃるのでしょう? ですが、私の事情を無視してご自分の都合を押し付けてくるだけの方に協力はできません」
「……わかった。お前の望むとおりにしよう」
私の言葉に怒ることもなく、納得したというような顔をして彼は頷いた。
もしかしたら少しくらいは仲良くなれるかも。
「では探されている方のことをもう少し詳しく教えていただけますか?」




