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15.嫉妬


 アデルハイトと別れ、私と殿下は馬車に乗って屋敷に向かっている。

 お兄様に用事があるとのことだが、それなら私ではなくお兄様と一緒に帰ればいいのに。

 クラスメイトなんだから。


 わざわざ学年が違う私を待ち伏せして一緒に帰る必要はないはずだ。


 馬車に揺られながら重苦しい空気の車内に息が詰まりそうになる。

 どうしてこうなった。



(気まずい……)


 普段はよく喋る殿下がずっと無言なのだ。

 ちらりと横目で観察するが表情はいつもと変わらない。


 怒っているわけではない……と思う。


「フランツ様、その、私が何か悪いことをしてしまったのでしょうか……?」


 無言であることに加え、いつも馬車では向かい側に座っていた彼が今私の隣に座っている。

 そわそわするなというのが無理だ。

 殿下にも慣れてきたし平常心を保つコツも掴めてきたが、イレギュラーな状況だとどうにもできない。


「……アデルハイト嬢とは仲がいいみたいだね。知らなかったな」

「? 仲がいいというほどではありませんが、親切にしていただいております」


 友達と呼べる仲ではない。

 ただ少し弱みを握られているかもしれなかったりお姫様抱っこされたりした仲だ。

 この関係はなんと言うのだろう。


「そのわりには彼女の横でとても嬉しそうだったけど」


 殿下の表情は変わらない。それでもその言葉には僅かに刺がある。

 これは嫉妬というやつか。

 可愛がっている妹に友達ができて寂しがってるんだろうな。

 なにこれ可愛い。


「……拗ねてらっしゃいます?」

「拗ねてない」

「友人が増えようとも私のフランツ様への気持ちは変わりませんわ」


 何があっても私が殿下を推す気持ちは不変です。

 ええ。推し変などしません。


 それにいくらアデルハイトが美人で魅力的でも所詮はモブ。

 悪役令嬢と絡む要素はないのだ。

 しかし妹をとられそうになって嫉妬するなんて。

 可愛すぎない?

 いや、私は妹じゃないんだけどさ。


「……それは婚約者としての言葉だと受け取ってもいいかな?」


 思いもよらない言葉が返ってきた。


 この先は必ず婚約解消となるため、こちらから殿下に対して直接好意を示す言葉を口にするのは避けていたのだが、まさか本人から問いただされるとは思わなかった。


 やってしまった。


 婚約者としての気持ち。

 それはつまり愛だとか恋だとかの感情ってことだ。


 どう考えてもアウト。アウト過ぎる。


 肯定すれば婚約を解消する障害になり得る。

 否定すれば十二月より前に婚約破棄されるかもしれない。


 だが曖昧に誤魔化せる問いではない。


 そもそも直前の私の言葉が悪かったのだ。

 殿下が可愛すぎて調子にのってしまった。

 しかし後悔してももう遅い。

 どちらか答えなければ。


「……もちろんですわ」

「そうか。安心したよ」


 そういってニヤリと笑った殿下のお顔は、いつもの天使の笑みではなく悪魔の笑みだった。


「つまりマリアは僕の将来の妻となる覚悟ができているんだね」


 いや、できてないですよ?

 十二月過ぎたら婚約解消ですから。


 殿下は楽しげに目を細めて私の頬を優しく撫でる。

 そしてそのまま顔が、殿下の顔がゆっくりと近付いてくる。


 だからそんな必要以上に近付かないでください。心臓が爆発しそうです。

 後ずさるスペースなんてない。

 抵抗するのは……だめだよなぁ。

 私は観念してぎゅっと目を瞑った。


「……着いたよ。行こうか」


 唇に期待した感触はなく、かわりにいつもの調子の殿下の声が耳に届く。


 屋敷に到着したのだ。

 殿下は何事もなかったかのように外に出て手を差し出してきた。


(か、からかわれた……!)


 期待して目を瞑ってしまったことが恥ずかしい。

 顔がひどく熱い。

 きっと私は今真っ赤になっているのだろう。鏡を見なくてもわかる。


「マリア、さぁ手を」


 いつもの天使の微笑み。ああ、美しい。

 美しすぎて穴に入りたい。


 いつまでも殿下を待たせるわけにもいかない。

 私は殿下の顔を見ないようにそっぽを向きながら馬車から降りた。




*****




 あのあと程なくしてお兄様が帰って来た。

 長時間殿下の相手をするのを覚悟していたのでかなり有り難かった。

 精神的に限界だったのだ。


 二人の邪魔にならないように急いで応接室から退室し、軽めの夕食を部屋でとって、今はお風呂に入っている。

 温かい湯に浸かると疲れがとれていく気がする。

 日本人だからだろうか。


 この身体は日本人じゃないけど中身は日本人だからね。


 いつもならサラとメイド二人が世話をしてくれるのだけど、この浴室に今は私一人だけだ。

 冷静になって考え事をしたかった。



(……今日の殿下、なんだかいつもと違ってたな)


 少女漫画のヒーローみたい。

 乙女ゲームのメインキャラなのだからある意味当然なんだけど、そのかっこよさを発揮するのはヒロインであるリリーの前だけでいいはずだ。


 思い出すだけで顔が熱くなる。


 私は大人だし人並みの恋愛経験はあるのだけれど、イケメンにぐいぐい来られたことなんてないからそういうときどういう顔をすればいいのかわからない。


(それに最後にあんなこと言われるなんて……)



『馬車での続きはまた今度、二人きりになったときにね……』


 耳元で囁かれた言葉がいつまでも頭に残っている。


 もともとの私なら別にキスの一度や二度くらいどうってことない。

 そんな初々しい時期はとうの昔に過ぎてしまったのだから。


 でもマリアにそんな経験はない。


 十五歳の何も知らない少女。

 その身体に入っているからこんなにも恥ずかしい気持ちになってしまうのかもしれない。

 

 マリアのファーストキスの相手は殿下になってしまうんだろうか。

 ……それは、殿下を慕っていたマリアにとっては幸福なことなのかもしれない。


(それに殿下がマリアのことを好きになればマリアが死ぬ確率はぐっと低くなる……)


 なんせ殿下のルートは全てがマリアの死につながっているのだ。

 このルートだけは絶対に選ばせてはいけない。


 シナリオ通りに進ませるために十二月以降の婚約解消は必須だと思っていたが、殿下とリリーの出会いのイベントが失敗に終わってしまっている時点でシナリオ通りというのは無理なのではないか。

 そもそも、その婚約解消の部分自体もイベントというわけではなく、その時期になると唐突に婚約解消したという話をヒロインの回想で知らされるだけの軽いものだ。



 どうせなら婚約解消の道を捨てて確実に殿下ルートを潰してしまうのはどうだろう。




 

 今殿下の興味はヒロインであるリリーではなくマリアに向いている。

 からかっていたとはいえ、あんなことを何の気もない女の子にするだろうか。

 マリアが帝都に来たことによって結婚を意識しはじめたのかもしれない。


 それならば私には好都合だ。

 そのまま殿下を誑かしてマリアのことを好きにさせてしまえばいい。

 幸いにもマリアは美人だしスタイルもいい。

 そんな美少女に迫られて嫌がる男なんていない。私だったら絶対嬉しい。


 よし、そうしよう。

 明日からは殿下を全力で誘惑するぞ。

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