133.散歩
三人で敷地内の北側にある薔薇園へ向かう。
クリスの提案で少し遠回りして向かっているが、歩く距離が長くなれば私のダイエットにはいいだろうけどクリスの身体に負担がかかってしまうのではないだろうか。
「本当に大丈夫? 無理してない?」
「大丈夫だ。マリアは心配しすぎだ」
「熱が出てるのに辛くないわけないじゃない」
私がクリスのことを好きになれないのは彼の言動を不快に感じることが多いからだ。
けれどマリアにとってはクリスも大切な家族の一人だった。
元気な時ならいざ知らず、体調が悪いとわかっているのに心配しないなんてことはできない。
どうしても様子を伺ってしまうし手を差し伸べたくなる。
「ただいつもより体温が高いだけだ。それ以外は何も無いんだ。そんなことで寝込んでいたら身体が鈍って動けなくなってしまう」
「発熱は一週間ほど続く。どれだけ安静にしてもそれは変わらない。俺もマリアは心配し過ぎだと思う」
クリスどころかエリックまでそんなことを言うなんて。
頭ではわかっていても心配になる気持ちはどうやったって消えないのだ。
これはマリアの身体のせいだから仕方ない。
もちろんスルーしてもいいんだけど、マリアとして過ごさなければならないのだからこの気持ちに従うべきだ。
「心配するくらいはいいじゃない」
「心配するだけならな」
「確かにクリスを無理やり寝かせるのはやりすぎだ」
「…………エリックは私の味方をしてくれないの?」
「今日は休みの日だからな。クラウス公爵家の騎士ではなくマリアの従兄弟として二人を公平に見ているつもりだ」
エリックは穏やかに笑った。
本当にそうなのだろうか。心無しかクリスに甘くて私に厳しい気がするのだけど。
私の味方してくれてもよくない? クリスは熱があるんだよ?
「そんなふうに睨んでもマリアの味方はしないぞ」
「わかってるわよ。別にエリックに味方してもらう必要なんてないんだから」
視線を前方に戻して足を早める。
こうなったら早歩きしてさっさと散歩を終わらせてやる。
「そこまで必死に歩かなくても……。今日はそんなに沢山食べたのか?」
「これくらいの大きさのケーキを三つ食べてたな」
「それは……明日は甘いものを控えてしっかり運動した方がいいな」
「ちょっと! 私が甘いもの食べ過ぎて太るのが確定したみたいな言い方やめてくれる?! まだ太ってないから! ドレスのサイズだって変わってないんだからね!!」
二人のそのやり取りにたまらず足を止めて声を荒らげた。
確かに今日は食べすぎたかもしれないけど、そんな反応しなくていいじゃない。
せっかく用意してもらったのに殆ど残すのが申し訳なくて、小さめサイズだったこともあってちょっと多めに食べてしまったのだ。
皇子二人に勧められまくったのもある。三つ目を食べてる途中で二つまでにしておけばよかったとちょっと後悔した。
でも一日食べすぎたくらいで人間はそんなに太らない。
「昨日はクッキーとマドレーヌを食べてたし一昨日はパウンドケーキとクグロフ食べてたな。買い物に行った日は大したものは食べてないが、その前は友人が来てるからといってどうせ甘いもの食べまくってたんだろ?」
「うっ……そんなこと…………ある……けど、でもまだそこまで太ってないのよ」
「ドレスが入らなくなってからだと手遅れだろ。夏休みの間は甘いものはなしだな。んでこうやって三人で毎日歩いてればすぐに戻るだろ」
うわぁ、それ嫌だな。
エリックと二人ならなんとか誤魔化せるだろうけどクリスも一緒について来られるのは困る。
皇宮のときのように昔話をされたらボロが出てしまうからだ。
けれどここで拒否すればお洒落より食い気の残念な女の子に思われてしまうんじゃないだろうか。それはそれで嫌だ。
「……他にもっと簡単に痩せられる方法はないの?」
ここは魔法のある世界で惚れ薬なんてとんでもない物があるくらいなのだから、さくっと痩せられるものだってあるんじゃないだろうか。
「そんなのあるわけないだろ。諦めて努力しろ」
「下手に運動して変に筋肉がついても困るし適度に歩くのが一番だろう」
「あー、アデルはいつもそれで悩んでるな。手に豆も作れないし肩や腕に筋肉も付けられないし、ドレスを選ぶのが憂鬱なんだと」
ドレス着た時に肩や背中が厳ついのはさすがに浮いちゃうもんね。アデルのあの筋肉が程よくついた身体は気を使ってるからこそ綺麗なのか。
私にとっては理想の身体だけれど、それでも悩みはあるんだな。
やっぱり思春期の女の子だから他の子と違うところがあるのは気になってしまうのかもしれない。
何にしても痩せるにはこうやって屋敷内を散歩するのが一番よさそうだ。
ちょっとおやつを我慢して頑張って歩けばすぐ痩せるだろう。痩せた後は適当に理由をつけて散歩を辞めてしまえばいい。
昔話をされるのは困るけど、早歩きして会話する暇もないくらいさくっと散歩を終わらせてしまえば問題ない。それに早歩きした方が痩せやすいはずだし。
大丈夫、なんとかなる。
「わかったわ。頑張って歩くことにする」
そうと決まればさっさと歩いてしまおう。
心の中で気合いをいれて薔薇園までの道を再び歩き出した。
「やっと着いた……」
目の前には華やかな薔薇のアーチ。薔薇園の入口だ。
ここまで来るのにどのくらいかかったのだろうか。直線距離だとそうでもないはずだけど、無駄に遠回りさせられたからやたらと遠く感じた。
学園でいつも歩く距離よりかなり長かったんじゃないかな。脚が棒のようだ。
「頑張ったな。少し休んで戻るか?」
「うん、そうする……」
心配していた昔話はされなかった。
というか途中から会話する余裕がなくて無言で歩いた。
たぶんこれからもこんな感じで話をする余裕なんてないだろうな。想定外だったけどこれはこれで好都合だ。
エリックもクリスも私の体力のなさに苦笑している。
いや、私がこんなに疲れているのは二人があっちこっち寄り道したからだからね。
なんで二人して仕方ないなぁみたいな空気出してるんだ。




