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132.従兄弟



「暫くは宿題を進めたり読書や刺繍をして過ごそうと思うの」


 隣に座るエリックに話しかけた。

 といってもお互いに一人がけのソファーに座っているし間に小さなテーブルも置かれているからしっかり距離はとれている。


 昨日クリスの看病をする際にサラが用意してくれたものだ。

 今朝まではひとつしかなかったソファーは皇宮から戻った頃には二つに増やされていた。これは私がお願いしておいたものだ。

 エリックが座る場所が必要だったからだ。


「それだと身体に悪いから少し歩いた方がいい。毎日北側の薔薇園まで一緒に散歩しよう。往復すればそれなりの運動になるだろう」

「でもエリックに迷惑かけちゃうわ」

「問題ない。もともと俺が帝都に来たのはマリアのためだ。だからマリアの傍にいることが俺の仕事でもある」

「そっか。ならお願いするわね」


 今日は偶然おやすみの日だったらしく、いつものクラウス公爵家の騎士としてではなくマリアの従兄弟として接してくれている。

 マリアの記憶では何度か見ていたけれど実際に私がエリックとこうやって話すのは初めてだ。


 エリックは私がマリアに憑依した前後を知っている数少ない人物だ。

 幸いにも私がマリアになって一週間も経たないうちに魔獣討伐の仕事で遠征に行ったみたいだったから私とはそんなに関わっていない。

 向こうではずっと殿下がそばに居てくれたしこっちに来てからもなるべく深く関わらないようにしていた。

 しかしずっと避け続けるわけにもいかないため、思い切ってお願いをすることにしたのだ。



 優しく微笑みを返してくれたエリックを見ると、なんとなくほっとするというか嬉しくなるというかそんな気持ちが湧いてくる。


 エリックはいつもマリアに優しかった。

 けれど彼のマリアに対する態度は従兄弟としてのそれとは少し異なる。

 ずっと近くにいたはずなのにどこか他人行儀で、誰よりも優しいのに誰よりもマリアに興味が無い。


 マリアはエリックのことを実の兄のように慕っていたようだからその温度差が少し悲しい。

 けれどその無関心さは私にとっては都合が良かった。


「今から早速行くか? 今日は皇宮で甘いものを食べてきたんだろう?」

「あ、このままだと太るって言いたいのね。酷いわ。ちゃんとお昼少なめにしたのよ?」

「食事の代わりにケーキを食べるのはよくない。バランス良く食べないと体調を崩すことになる。太りたくないなら食べた分動くといい」

「それはそうだけど……。うん、わかったわ。じゃあ今から行きましょう」


 散歩は面倒だが少しでも動いた方がいいのは確かだ。

 それに夕食までまだ時間はある。ずっとこの部屋にいるのはそれはそれで辛いし。

 私は目の前のベッドで横になっている――いや、上半身は起こしているから座っているのか――クリスに目を向けた。


「クリスは私とエリックが散歩している間はしっかり寝てるのよ」


 けれどクリスは不満気な表情で首を横に振った。


「嫌だ。俺もついて行く」

「ダメよ。治るまでしっかり休まないと。何のためにエリックにお願いしたのかわからなくなるじゃない」


 クリスが何を言っても私の傍を離れようとしないことはわかっていた。

 だから今朝サラ経由でこっそりエリックにお願いしていたのだ。

 クリスを休ませるためにできるだけ傍にいてほしいと。



 クリスが傍を離れないのも休まないのも私の護衛のためという理由だ。

 だからエリックにお願いすることでその理由を使えなくしたのだけど、クリスは思いのほか意地っ張りですぐに起き上がろうとする。


「俺は公爵様からマリアの傍を離れるなと言われている。マリアがこの部屋から出るなら俺もついて行かなければならない」

「それは私の護衛のためでしょ。今回はエリックが傍に居てくれるから大丈夫よ」

「嫌だ。俺がマリアの傍にいたいんだ」


 真顔でそんなことを言われても困る。

 その言葉をエリックも聞いてるんだけど恥ずかしくないの?

 ……恥ずかしくないんだろうな。馬車の中で言ってたもんな。

 手元にガムテープがあれば口を塞いでやるのに。この世界にはどうしてガムテープがないんだ。


「私はクリスにゆっくり休んでてもらいたいわ。早く元気になってほしいから。体調が戻ったら三人でお出かけしましょう」

「それじゃ駄目だ。俺から離れないでくれ」

「でも……」


 左手を握られて縋るように見つめられる。

 なんでそんなに必死なんだ。


 あ、そうか、クリスは私の婚約のことを探らないといけないんだっけ。

 いつも好きだと言ってくるときは誠実さの欠片も感じないペラッペラな言葉なのに、今回はやけに真剣だ。

 それだけお父様のお願いはクリスにとって重要なものなのかもしれない。



 というか皇子二人を巻き込んでる時点で国の行く末を左右する問題であることは間違いない。そう考えるとクリスの態度は仕方ないのかも。

 でもエリックとはその話をするつもりはないんだけど。


 困り果ててしまって助けを求めるようにエリックへ視線を向けた。


「それならクリスも連れていけばいい。熱があるといっても歩けるんだろう? それにオルトロスの毒は安静にしていたからといって治るものではないからな」


 穏やかな笑顔でそう言われてしまったら何も言い返せない。

 エリックは私とクリスが対立していたらクリスの肩を持つんだな。覚えておこう。


「……わかったわ。でもクリスは護衛じゃないからね」


 渋々了承して念を押すとクリスは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

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