129.約束の日4
この冷ややかな空気をどうにかしたい。
何か楽しい話をしないと。
四人で話せる共通の話題。何があるだろう。
……全然思いつかない。
というか全員の趣味嗜好を把握してないから何が良くて何がダメなのかサッパリだ。
こうなったら当たり障りのない話をするしかない。
「あの! えっと……そ、そう言えば夏休みの宿題、想像してたより多くて驚いたのですが、毎年あんなに多いのでしょうか?」
くっそどうでもいい話題だ。一瞬で終わりそう。
「あれ、一年生の宿題ってそんなに多かったっけ?」
フランツ殿下は不思議そうな表情でクリスに尋ねた。
「いや、数学が少し面倒だったくらいで大したことは……。ああ、マリアは薬学のレポートがあるって言ってたな」
唐突すぎてフランツ殿下もクリスも若干戸惑っている。申し訳ないけど他に話題が出てこなかったんだから許してほしい。
許すついでに話を広げてほしい。
「マリアは選択授業で薬学を選んだのか。何故わざわざそんな面倒な科目を選んだんだ?」
ルイス殿下も話に入ってきた。
あれ、ダメだと思ってたけど逆によかったのかも。私の話題になってしまっているのはちょっと想定外だけど。
でも一応四人で会話ができている……気がする。
「えっと……魔法学以外なら何でもいいと思って……あみだくじで適当に……」
私の答えにみんなはなんとも言えない表情になった。
え、薬学って選んじゃダメな科目だったの?
「薬学は選択授業で唯一レポートの提出と長期休暇中の課題がある。他の科目に比べ、やる事も覚えることも多く最も人気のない大変な科目だ」
「決める前に僕かレオに相談してくれてれば教えてあげられたんだけどね」
「魔法学を選べないにしても普通はもう少し確認するもんだとは思うが……まぁ今更言っても仕方ないな」
あれ、これもしかして呆れられてるのか?
でも薬学楽しいよ? 貴族の子は私以外には一人しかいないけど。というか人気が無さすぎてクラス全体で十人しかいないし女子は三人だけの超不人気科目だけど。
魔法学は確か百人越えだから人気は雲泥の差だ。
「マリアは薬学で作ってみたいものは何かあった?」
「そうですね、惚れ薬は面白そうなので作ってみたいと思いました」
「……どうして? 誰に使いたいの?」
「猫に使ってみたくて」
「猫?」
「沢山の可愛い猫に好かれて囲まれたらきっとふわふわして気持ちいいだろうなって」
惚れ薬の効能は一時的なものだという。
それでも王侯貴族に使用されれば甚大な被害をもたらすため使用を禁じられている。
私がその存在を知ったのは薬学の授業で教授が冗談交じりに言及したからだ。
その後惚れ薬に関する法律をくまなく調べたが、制作も所持も違法にはならない。ただ、貴族相手に無断で使えば罪に問われるし、事と次第によっては極刑に処されることもあるらしい。
抜け道どころか本当に取り締まる気があるのか怪しいレベルのガバガバさだ。
気に入らない貴族を排除するために作られた法律なのかもしれない。
まあそんなことはどうでもいい。
少なくとも私は惚れ薬を人間に使う気はないのだから。
罪に問われるのは貴族相手に了承を得ず使った時だけだ。つまり、平民や動物相手にいくら使ったとしても咎められることはない。
だからこそ猫に使ってモフモフハーレムを築きたい。
猫が離れてくれなくて困るわーとか膝から退いてくれなくて重いわーとか言いたい。
読書や勉強の邪魔をされてみたいし撫で撫でを強制されたい。
とにかく猫は憧れだ。
一生に一度でいいから猫にモテたい。猫に囲まれて幸せになりたい。
例えそれが薬を使った紛い物の幸せでも構わない。
こんな異世界に来たんだからそれくらいやったって許されるはずだ。誰かを不幸にするような行為でもないしね。
「貴族相手では罰せられてしまいますが、動物相手に使うことは問題ないはずなんです。でもどうしても教えてもらえなくて……」
時期も悪かった。
一ヶ月かけて薬学の先生を口説いてきたのに、浮気の噂からの婚約解消で完全に拒絶されてしまった。
いやこれは私が悪いんだけど。
何にしても私のモフモフハーレムの夢は露と消えた。
まあこの世界にいるうちは諦めるつもりはないんだけどね。
公爵令嬢としての地位をフル活用していつか夢を叶えたい。
「マリアは猫が好きなんだね。でも仮に惚れ薬が手に入ったとしても複数の猫に同時に使うのはやめた方がいいよ」
「どうしてですか?」
猫が沢山いないとハーレムにならないのに。
一匹だと足りない。もふもふに埋もれられないじゃん。
「もし複数の猫に薬を使えばマリアを取り合って乱闘になるだろう。囲まれてふわふわなんてのはまず有り得ない」
「えっ! そんな……」
ショックだ。
この世界なら長年の夢を叶えられると思ったのに。
仕方ないから猫の餌をポケットに忍ばせて猫をおびき寄せるか。
それで仲良くなれるといいけど。ちょっとおやつあげたくらいじゃ無理な気がする。
猫に詳しくないからよくわからないな。
「沢山の猫と仲良くなりたいならちゃんと正攻法で頑張らないとね」
「そう、ですね……」
しかし今の状態で地域猫と仲良くなるほど通い詰めることはできるだろうか。
猫を探して帝都を歩き回るなんてクリスの小言が酷くなりそう。それに護衛がゾロゾロと着いてきてる状態だと猫が逃げていきそうだ。
「そんなに猫が好きなら屋敷で飼えるよう公爵様に頼んでみろよ。マリアのお願いなら聞いてくれるんじゃないか?」
「ううん。お父様はあまり動物が好きじゃないの。だからやめておくわ」
猫は好きだけどお父様の嫌がることをしたいわけではない。
それにいつかは出ていかなければならない身だ。元の世界に帰れなかったとしても、あの場所にずっといられるわけではない。
「それにしてもマリアは動物が好きなところは昔から変わらないんだね。昔魔獣を飼いたいって泣いてたのを思い出したよ」
「ああ、あの時は本当に大変だったな」
「そ、そんなことありましたっけ……?」
何その話。記憶にないんですけど。
クリスもいた時期なら少なくとも四年以上前の話か。
泣くくらいだからそれなりに幼い頃の出来事だろう。まあ覚えてない、で乗り切れるかな。
「周囲をあんだけ振り回しておいて覚えてないのかよ。夏休みに帰ってきたエリックから魔獣の子どもの話を聞いて、どうしても飼いたいって駄々こねたんだ」
「みんなで説得して諦めてもらったんだけど……あのときは最終的にどうなったんだっけ?」
「おやつの時間になってクッキー食べたら忘れてたな」
「ああ、今より甘いもの好きだったよね……」
「ちょっ、そんな昔の話ここでしなくても……!」
私がやったことではないけれどなんか死ぬほど恥ずかしい。
ルイス殿下もルカも聞いてるのにそんな昔の恥ずかしい話しなくてもいいじゃない。
というかクリスがいる場での昔話は危険だ。確実に記憶に欠落がある期間の話題になる。
ひとつやふたつなら誤魔化せるだろうけどそれが続くと怪しまれてしまう。
何か違う話にしないと。
「マリア」
ルイス殿下に名前を呼ばれた。
振り返るとあの優しげな眼差しで見つめられ心臓が跳ねる。
それが嘘だと理解しているはずなのにこの表情を見るとなんだか居心地が悪くなってしまう。
「俺はもっとお前のことを知る必要があるようだ。マリアの全てを教えてほしい。その全てを受け入れ愛すると約束しよう」
「そっ、そんなことをこんな場所で……言わないで……」
周囲に人がいるのを忘れているわけではないよね。
なんで二人きりみたいな空気出してるんだ。三人の視線が痛い。
あまりの恥ずかしさに早くここから逃げ出したくなってきた。




