126.約束の日
次の日の午後、同じ時間に馬車で皇宮へ向かった。
皇子二人との約束があるからだ。
ドレスはかなり悩んだ。
せっかくだから可愛いと思ってほしい。
もちろん以前のようにエメラルドのアクセサリーをつけていくわけにはいかない。ルイス殿下の瞳も同じ色だから悪い訳ではないけれど、決別すると決めたのだから未練があるような素振りは見せてはいけないのだ。
実際未練が残りまくりなのでせめて外見だけでも変えなければ。
一時間ほど悩んだ末、藍白の生地に紺のレースのついたドレスを選んだ。
これならマリアにも似合うし可愛いと思ってもらえるのではないだろうか。
サファイアのアクセサリーを身につけ、少しだけ大人っぽく見えるよう化粧をしてもらう。
うん、いいかんじ。
今日はフランツ殿下と会えるけれど、でもルイス殿下に合わせたと思われる方がいい。
いつもより大人っぽい雰囲気にしていれば、より歳上のルイス殿下のためだと思ってもらえるだろう。
「昨日より綺麗だな」
目の前に座っているクリスはいつもの調子で褒めてくれた。
やっぱりお世辞だろうか。
でも今日はいつもより可愛い自信あるから本当に思ってくれてるのかもしれない。
まったくそうは見えないけど。
それでも褒められたのは嬉しいから素直に喜んでおこう。
「ありがとう。せっかくだからサラにお願いしてみたの」
「それはフランツのためか?」
「違うわ。私のためよ。お洒落して綺麗になると嬉しいの」
好きな人の隣にいるときには最高に可愛い自分でいたいだけだ。
まあこの身体は私ではないし今日は隣にいることはないだろうけどね。
それでも視界に入るのだから最大限の努力をするべきだ。
とはいっても努力してくれたのはサラで、私ではないけれど。今日の可愛いは全て他人のおかげだ。
「ふーん、お姫様はそう思うんだな」
「それより本当に大丈夫なの? 今朝もまだ熱があったのに……」
昨日色々と確かめてみてわかったことがある。
クリスに対する奇妙な気持ちの正体は、マリアのクリスに対する想いだ。
マリアはクリスのことを家族同然に思っていたようだ。家族同然というか、ずっと弟のような存在だと認識していたらしい。
誕生日はクリスの方が早いし背もずっとクリスの方が高かったからどうしてそんな風に思っていたのかはわからないけれど。
そのマリアの想いに引っ張られるように、私もクリスのことを大切な弟だと思ってしまうらしい。やっかいだ。
「熱があるだけだ。問題は無い。それにお姫様が二人と同時に会うのなら確かめなければならないだろう?」
「私がどっちが好きなのかを?」
「そんなわかりきったことはどうでもいいな。それよりどっちが姫様に相応しいかだよ」
「皇子相手に失礼よ」
「いいんだよ。俺にとっては姫様が一番だからな」
また取ってつけたように一番だと言っているが、それを言う度にクリスの言葉の信頼性が下がっていくんだけど。
「……二人の前でそういう事は言わないでよね」
「はは、姫様はそんなことが気になるんだな。俺は今日はただの護衛だ。傍にいるが会話に混ざることは無いから安心しろ」
皇宮について馬車を降りると、そこには何故かルイス殿下が待っていた。
皇子が出迎えって何事。心の準備が出来ていなかったからちょっと焦ってしまった。
「思ったより早かったな」
「どうしてルイがこんなところにいるの?」
「決まっているだろう。マリアに会いたかったからだ。今日は一段と美しいな」
今日は昨日より演技に磨きが掛かってますね。
キラキラしてる。キラキラしすぎて眩しいくらいだ。
そしてそんな人に恥ずかしい言葉をかけられて私は内心穏やかではない。嘘だとわかってはいても、というかわかっているからこそ恥ずかしさで死にそうだ。
どういう反応が正解なのかがわからない。
「その、人前でそんなこと言われると……」
「恥ずかしがることはない。全て本心からの言葉だ」
いけしゃあしゃあと嘘をつくんじゃない!
騙されないとわかっているから言ってるんだろうけどそれが余計にタチが悪い。
「そこにいるのは……」
「彼は……私の護衛です」
「クリスティアン・フォン・ビスマルクと申します。公爵様よりマリア様のお傍から離れぬよう命じられております。私のことはいないものとしてお過ごしください」
ルイス殿下はクリスがいる意味を察したようで小さくため息をついた。
「好きにするがいい。見られて困るような事は何もない」
そのままいつもの図書館へ向かう。
ルイス殿下は私のために紅茶とケーキを用意してくれたようだった。
昨日伝えた通りだ。
ついでにルイス殿下に尋ねてみると甘いものは得意ではないんだそう。
フランツ殿下は一緒にケーキ食べてくれるといいな。
クリスはどうだろう。昔は一緒に甘いものを食べていたけれど、今も甘いものが好きなのかはわからない。
無理強いしたくはないけど一緒に食べてくれないかな。
男性三人に囲まれて一人でケーキ食べるのはちょっときつい。
というか一週間くらい前に太ったかどうかで喧嘩したばかりなのにフランツ殿下の目の前でケーキを食べるのは良いのだろうか。
これだから太るんだと呆れられるだろうか。
いやでもマリアの好きなものだしな。
事前にケーキを食べることをわかっていたからお昼は少なめにしてもらっていた。
もちろんクリスは小言を言っていたけど全て聞き流した。
だってせっかく用意してもらったケーキを全然食べられなかったら勿体ないじゃない。皇宮で食べるケーキは美味しいのだ。
もちろん公爵邸で食べるのも美味しいけど、ちょっと系統が違うケーキがいつも出てくる。どちらかと言うと皇宮で食べるケーキの方が好きなのだ。
図書館の扉が警備の騎士の手によって開かれる。
あ、そういえばここ、皇族とその許可を得た人しか入れないじゃん。
クリスは私の傍を離れないというけれど、流石にここに無断で入るわけにはいかないだろう。それにまだ体調も万全ではない。
扉の前で立って待つのは負担になってしまう。
「ねぇ、ルイ。クリスも一緒に入ってもいいかしら?」
クリスの目的は私たちの監視だ。
許可を貰わない方がいいのはわかっているけれど放っておくわけにはいかない。どうにかルイス殿下を説得しなければ。
ルイス殿下は私の顔を一度見た後にクリスの方へ視線を向けた。
「お嬢様、私は陛下にここへの立ち入りを許可されておりますのでご心配なく」
そう言ってクリスが懐から一枚の紙を出した。
そこには私の付き添いのために皇宮内の全ての場所へ入ることを許可する旨が書かれていた。
もちろん陛下のサイン付きで。玉璽まで押印されているそれは間違いなく本物だ。
「まあそんなところだとは思っていたが……。皇宮内全域の立ち入り許可を出すとは、よっぽど俺達の邪魔をしたいようだな」
「邪魔立てするつもりなど毛頭ございません。私はマリア様をお守りするためにお供するのですから」
実際にクリスが命じられているのは私の言動をお父様に報告することだ。
邪魔しろとまでは流石に言われていないだろう。けれどこの先ずっとクリスがついてまわるのなら私はルイス殿下と二人きりになることができない。それはお互い好きな振りをし続けなければならないという事だ。
しんどすぎるな、それ。
憂鬱になりつつも歩を進めラウンジまでたどり着いた。
そこには何故かルカがいた。
いやもう下がるテンションがないんですけど。
「なんだ、すごい顔してるな。俺が居るのがそんなに不思議か?」
「うん、そう……かも。どうしているの?」
「ただの雑用係だ。ここに入ることのできる人間は限られているからな」
テーブルの上にはケーキスタンドに乗った小さなケーキとフルーツゼリー、シュガーポット、クリーマー、そして小さなお花がかざられている。
これを用意してくれたんだろうか。
確かにそんなのは皇子がやることではないもんな。
でもだからといってルカが来なくてもいいのに。
話がややこしくなる気配しかない。
「それにしても今日はいつもと雰囲気が違うな。そんなにフランツに会えるのが嬉しかったのか?」
「ち、違うわ。今日はそんな気分だっただけ」
「そうか。似合ってるし俺は今の雰囲気の方が好みだ」
「ありがとう……」
ルカのために着飾ったわけではないけれど、その言葉は単純に嬉しい。
つい口元が緩んでしまう。
「そうやって喜ぶのはいいが、俺がお前たちの婚約を諦めさせろと命令されているのを忘れるなよ」
そういえば昨日そんなことを言っていたな。
そしてフランツ殿下も私たちの仲を邪魔するためにやってくると。
クリスは邪魔するつもりはないけど監視役だから迂闊なことは口に出来ない。
クリスはルカのことを知らないからヴォルフ侯爵と呼ばなければならなくて、フランツ殿下とクリスは私の事情を知らなくて、三日前にクリスを助けたのはリリーじゃなくてルカになっていて、あれ、ルカって私と浮気の噂あったじゃん。
皇子二人は事情を知ってるけどクリスは知らないからここにいたことをお父様に知られたら大変なことになるのでは。
しかもさっき親しげに会話してしまった。やばい。
これどう立ち回ればいいんだろう。
これまで更新日を決めていましたが、次話からは不定期更新になります。




