125.意地の張り合い3
「本当にお姫様は頑固だな。言い出したら聞かないしどうでもいいことに拘る。もう子どものようなわがままを言う歳でもないだろう」
「私はただ貴方に休めと言っているだけなのよ。貴方を心配することがそんなにいけないことなの?」
「……護衛を心配する令嬢なんて聞いた事ないな。護衛は命を懸けて守るのが仕事だ」
十五歳の子どもが何を言ってるんだか。クリスはまだ学生で騎士ではない。
殿下から護衛するように言われているだろうけど、命をかけないといけないような危険なんてないから学生を護衛にしているのだ。
いやまあ、一昨日実際に命懸けで助けてもらったわけだけど。
それはそれ、これはこれ。
あれは偶然だ。あんな事が毎回起こるわけではない。
とはいえクリスは数年後には正式な騎士になる。彼の決意を学生だからという理由で頭ごなしに否定するのはよくないだろう。
「だとしても今じゃなくていいでしょ。何も護衛が嫌だと言ってるわけではないのよ」
「今じゃなきゃいけない理由があるんだよ」
「そんな理由あるわけないじゃない」
「あるさ。姫様はフランツを振ってルイス殿下と婚約しようとしてるんだろう?」
「………………なんで知ってるの?」
「昨日の夜公爵様に聞いた。だから俺は姫様の護衛兼間者ってわけだ」
「それ、私に言っていいの?」
「駄目に決まってるだろう。だから姫様は俺が話したことは秘密にしといてくれ。じゃないと俺は公爵様に怒られてしまう」
怒られればいいのに。
いや、ダメだけど。怒るなんて軽く言ってるけどクリスにとってクラウス公爵家との繋がりは重要だ。
関係を悪化させるようなことはできない。
「……つまり私の本意を聞き出すために傍にいるってことね」
「護衛のためだよ。公爵様の頼みは別問題。俺は俺のお姫様を守るためにここにいる」
どうせまたお姫様が一番好きだとかふざけた事を言い出すのだろう。
めんどくさいからスルーしよ。
「なんでクリスなの? その役目ならお兄様でもいいし、護衛を兼ねるならエリックでもいいじゃない」
「レオナルドもエリックもフランツ寄りだからな。お姫様の周囲であの二人のどちらにも肩入れしてなくてそれなりに立ち回れるのが俺しかいないんだよ」
確かにクリスは婚外子ではあるけれど私やお兄様と同じくあの二人とは再従兄弟だ。ルイス殿下と面識があるかどうかは定かではないが、その髪の色を見れば素性は明らかだ。
皇族である二人に多少言い返したとしても大きな問題にはならないだろう。
それがお父様の意向なら尚更。
「で、お姫様は本気でルイス殿下と婚約するのか?」
「……うん、そうしたいと思ってる」
「フランツのことはどうするんだ?」
「距離を置こうと思ってるわ」
「けど明日会うんだろ?」
「…………そこまでもう知ってるのね」
クリスは通信用の魔道具持ってるだろうからそれで聞いたのだろうか。
明日会うと決まってまだ数時間しか経っていないのに。
「俺はお姫様が選んだなら誰でもいいとは思ってるけど、さすがに皇族を弄ぶのは感心しないな。おまけに近くにいる男を手当り次第誘惑するのもやめた方がいい」
「………………誘惑してない」
心当たりがありすぎる。
クリスはどこまで知っているのだろうか。
「はは、それなら余計にタチが悪いな。立場的に姫様を拒むことはできないんだ。もう少し離れてやるといい」
「う……次から気をつけるわ」
そういえばクリスはあまり私に近寄ってこない。
もしかしてこれが本来の正しい男女の距離感なのかも。
やばいな。いつもはその距離の半分くらいしかない。
「そうそう、明日は俺も姫様と一緒に皇宮について行くから。もちろん姫様がルイス殿下やフランツと話したことは全て公爵様に報告する」
「えっ!?」
「話す時はちゃんと考えて話せよ? まあいざとなったら誤魔化してやるけど。俺は姫様の味方だからな。褒めてくれてもいいんだぜ?」
「…………また頭を撫でてほしいの?」
「そんな嫌そうな顔しなくてもいいだろ。俺は姫様のことがこんなに好きなのに、全然振り向いてもらえないなんて切ないな」
「何を言ってるんだか。好きだというのならもう少しそれらしい態度をしたら?」
クリスの私に対する態度は殿下やルカ、リオンとは全く違う。
近寄ってこないし触れられることもない。
必要以上に話しかけてくるけれど、いつも半分くらい嫌味が入っている。
それにリオンやアデルと同じく春からずっと護衛だったのにクリスが私の前にあらわれたのはたった三回だった。私を嫌っているアレクより少ない。
一番好きだと言っているけれどそれを信じられる要素が何一つないのだ。
「それらしい態度、ね。フランツみたいに姫様の気持ちを無視して迫ればいいのか?」
「そんなふうに言わないでよ。別に気持ちを無視されてはいないんだから」
「姫様はあいつに何されても許すもんな」
「そんなことない……と思う」
確かについ許しちゃうことは多いけど、でも怒る時は怒っている……はず。
「まあ姫様がそれを望んでるなら……俺はそうするだけだな」
クリスは立ち上がって私の隣に移動した。
びっくりして離れようとしたけど腕を掴まれて抱き寄せられた。
なんでこんなことになってるんだ。
好きでもない人に抱きしめられてもまったく嬉しくない。
距離をとろうとクリスの胸元を押し返すが腕に力を込められてより密着してしまった。
「ちょっと、なんでいきなりこんなことするのよ」
「態度で表せといったのは姫様だろ。フランツみたいにこうやって迫れば少しは俺の言葉を信じる気になるか?」
信じるかどうかの前にまずここに至るまでの関係性を築くところからはじめてよ。
抱きしめられているからクリスの体温を感じる。暑い。こんな真夏に人にくっつくなんて何を考えているのか。
あれ、なんか……熱い。
これくっついているからじゃなくてクリスが熱いんだ。
そういえば一昨日の夜熱が出ていたっけ。
「クリス……」
「ん? なんだ?」
顔を上げて目を合わせる。表情からは何もわからない。
手を伸ばしてクリスの額に触れた。
熱い。
明らかに平熱ではない。
「熱があるわ……」
「ああ、オルトロスの毒の後遺症らしい。病気じゃないから姫様には伝染らない。安心しろ」
「そうじゃない! なんで熱があるのに動き回ってんのよ!?」
「それは俺が姫様を守りたかったから」
「馬鹿なこと言わないで。病人に守られたくなんてないわ」
「これは病気じゃない」
「熱があるんだから同じよ。部屋に戻るわよ」
「俺の部屋に行っても寝ないからな」
「病人らしくするなら看病してあげるし頭も撫でてあげるわよ」
「…………そんなんで言うこと聞くわけないだろ」
そう言われると思った。
でもクリスはほんの少しだけ嬉しそうな顔して言葉に詰まった。
やっぱり甘えたいのかな。甘える相手間違ってるけど。
小さくため息をついてクリスの背中に手を回して離れないように力を込めた。
「言うこと聞かないなら大声出してサラを呼ぶわ。抱き合ってる姿をサラに見られてお父様に報告されたくないわよね?」
「……それ本気で言ってるのか?」
「もちろんよ。これを見られるのが嫌なら私を突き飛ばしてもいいけど……それはそれで問題ね。どうする?」
「どうするって……」
「あら、迷う余地があるのね。もっと過激な内容の方が好みだった? 襲われてあげようか? それとも襲われる方が好き?」
「な、何を言ってるんだ! そんなこと……」
「それならどうすべきかわかるわよね?」
クリスは顔を歪め悔しげに私の提案を受け入れた。




