123.意地の張り合い
馬車に揺られながら図書館でのことを思い出してため息をついた。
あの後も二人で色々と試したけれども最終的な結論はどうにもならない、だった。
ルイス殿下にフランツ殿下を重ねて好きになったつもりになっても、本人が目の前にいたらどうしようもない。
できるだけ直視せずに過ごすということで話がまとまった。というかそれしか方法がない。
その後はマリアの好きなものを伝えて解散した。
いつもならお父様を待つところだけど、さすがに今日二人きりで馬車に乗るのは避けたかったので言伝を残して一人で屋敷に戻ることにした。
どうせ夜に顔を合わせることになるけど。
屋敷について馬車を降りると、そこには何故かクリスが立っていた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「……どうしているの? 今朝リリーと一緒に帰ったはずだけど」
「ええ、リリー様は無事に寮までお送りいたしました。ご安心ください。私は一度伯爵邸まで戻りこちらに泊まる準備をしてまいりました」
「どうして?」
「それはもちろんお嬢様をお守りするためです」
柔和な笑みは本当にヨハンお兄様にそっくりだ。
血の繋がりってすごいなー。
なんて現実逃避しかけたけどこのまま受け入れるわけにはいかない。
落ち着いてゆっくりと首を横に振る。
「必要ないわ。第一貴方はまだ本調子ではないはずよ。早く帰ってゆっくり休んでちょうだい」
「それはできません。いついかなる時もお嬢様のお傍を離れるなと公爵様から言い付けられておりますので」
「貴方はクラウス公爵家の騎士でも使用人でもないのよ」
「ええ。ですから伯爵夫人にも了承は得ています。お嬢様は私のことはお気になさらずいつも通りお過ごしください」
気にしないなんて無理だしいつも通り過ごせるわけがない。
クリスが怪我をしたのは私達を守るためなのだ。それなのに私のせいで休むこともできないなんて。
というかお父様はどうしてクリスにそんなことをさせるのか。
護衛なら怪我をしていないエリックでもいいし公爵家の騎士はこの屋敷に何十人といるのに。
「今から私は夕食までの時間を部屋で過ごすわ。クリスは夕食の準備ができるまで部屋で休んでなさい」
「でしたらお嬢様の部屋の前で待機しております。何かありましたらすぐにお声かけください」
「……私は部屋で休むように言ったのだけど?」
「ええ。ですが先程申し上げたように私は公爵様からお嬢様のお傍を離れるなと言われておりますので」
先程申し上げたという言葉を強調された。
一分と経ってないのにもう忘れてしまったのかと言いたいらしい。
それを聞いた上で言ってんだよ、バカ。でもクリスは私の言葉なんて聞かないだろうな。
昨日もそうだったから。
「…………今日はどの部屋に泊まるの?」
「昨日と同じ部屋です」
「そう、じゃあ行きましょう」
馬車の前で言い合っていても仕方がない。
私はクリスが泊まる部屋へ向かった。
クリスが泊まるのは二階の端から三つ目の客室だ。
ホールに待機していたサラにお茶を用意するよう指示し、その部屋の扉の前までやってきた。
「開けて」
「お嬢様……まさか本当に部屋に入るおつもりですか?」
「そうよ。何か文句ある?」
「いくらなんでも男性の部屋に入るのは如何なものかと」
「ここはクラウス公爵家の屋敷なの。私がどこに居たっておかしくないでしょう? 誰にも文句は言わせないわ」
「……私は部屋の外で待機しております。お嬢様の気が済むまでゆっくりとお過ごしください」
「私は貴方に部屋で休むように言ったはずだけど? まさか忘れたなんて言わないでしょうね?」
嫌味ったらしく言ってやるとクリスは顔を顰めた。
私の傍を離れないというのなら、私がクリスの部屋に行くまでだ。
正直クリスのことはムカつくけれど、だからといって体調の優れない人を部屋の前に立たせたまま過ごすのは御免だし屋敷内を連れ回したくもない。
その原因が私であるのだから尚更知らんぷりはできない。
それになんと言うか、好きではないはずなのに気になって仕方ないのだ。
近くにいると構いたくなる。でも話したらやっぱりムカつくんだけど。
けれど前に比べるとそこまでムカつかない。
助けてもらったからだろうか。
もしそうなら私は惚れっぽいのか。いやでもクリスと一緒に居たいわけではないし、この気持ちは確実に恋愛感情ではない。
じゃあなんなのかと言われると困るけれど。自分でもよく分からないしちょっと混乱している。
「お嬢様、それはなりません。家族でもない男性と部屋で二人きりなど……」
「部屋の扉を開けておけばいいでしょう。少しすればサラも来てくれるわ。第一貴方は私の従兄弟だし数年前まで一緒に暮らしていたじゃない」
「今は違います。それにもうそのようなことを言える子どもでもありません」
「私達はまだ子どもよ。結婚もできないし何の地位も権力もない子どもなの。……さあ、いつまで廊下で立ち話するつもり?」
部屋の中に入れるよう催促するとクリスは渋々従ってくれた。
クリスの部屋は殿下がいつも泊まっている部屋よりも狭く、ベッドとテーブルと椅子があるだけのシンプルな部屋だった。なんとなくホテルの部屋みたい。
殿下の部屋にはソファーがあったからクリスの泊まる部屋にもあると思っていた。このシンプルさは想定外だ。
夕食までは四時間弱。あの寛げない椅子で過ごすのはしんどそうだ。
これなら私の部屋に無理やり入れた方がよかったかもしれない。
「お嬢様が過ごすような部屋ではないことがわかりましたか? さあ、お部屋にお戻りください」
呆れ気味のクリスが無性にムカつく。
そんな顔されたら引きたくない。何がなんでも居座ってやる。
「嫌よ。私は夕食までここで過ごすわ」
「…………どうしてお姫様はそう頑固なんだ? こんな何も無い部屋で過ごしたってつまらないだけだろ」
「別に今日はやらないといけないことはないからいいの。考えたいこともあるし。クリスは上着を脱いで早くベッドに横になって」
「は? ……いや、それはまずいだろ。なんで姫様の前で寝なきゃいけないんだ」
「体調が悪い人は大人しく寝てなきゃダメなの。いいから横になって。あ、そのままだと眠り辛いなら着替える? 外で待ってるわよ」
「勝手に話を進めるなよ。俺は寝ない。姫様は自分の部屋に戻る。それでいいだろう」
「ダメだって言ってるじゃない。貴方はゆっくり休むの。私は近くにいるから問題ないでしょう?」
「問題しかねぇよ。俺は姫様の護衛だって言ってんだろ。なんで護衛が護衛対象の目の前で休むんだよ。おかしいだろ」
「私は護衛なんて必要ないって言ってるの。お父様だって傍にいろといってるだけなのでしょう? なら問題ないわ」
「どう考えても問題だらけだ」
「そもそも屋敷の中で護衛なんていらないじゃない。誰も入って来れないし騎士だってたくさんいるわ」
「それだとこの前のときみたいに急に魔獣が現れたときに危ないだろ」
「…………そのときは走って逃げるわ」
そんなことありえないけど。
魔獣がわざわざ人の少ない屋敷の中に入ってくるなんて考えられない。どう考えても人が集まる街の方へ行くに決まっている。
その方が人を食べやすいから。
それに魔獣があんな街中に現れたのだからルカや陛下が何かしら対策を立てているだろう。二度目があるとは思えない。
けれど、もし屋敷の中に魔獣があらわれたのなら……そのときはルカを呼んで助けてもらうつもりだ。
会いにこないでと言った一週間はもう過ぎたのだから次は助けてくれるだろう。
さっきルイス殿下に問い詰められたときに来てくれたくらいだし。
「無茶言うな。姫様が走って逃げられるようなノロマな魔獣は存在しない」
「う、わかってるわよ。でも貴方が万全の体調じゃないのもよくないわ。今のままだと実力を発揮できないでしょ。昨日だって全然休んでないんだから少しは休んで」
「俺は大丈夫だ」
「大丈夫なわけないじゃない。一昨日は死ぬところだったのよ!? 昨日は私が折れたから今日は貴方が折れて」
「折れる折れないの話じゃない。必要があるかどうかだ」
何を言っても聞く気はないらしい。
こうなったら無理矢理にでも言うことを聞かせてやる。
そのとき開けっ放しにしていた扉がノックされた。
「失礼いたします。言い争う声が廊下に響いていらっしゃいますよ」
「サラ……」
そういえばお茶を用意するようお願いしていた。
小さなワゴンにティーポットとカップと焼き菓子が載せられている。
「クリス様、お嬢様を説得するのは難しいので素直に休まれては如何ですか?」
「そういうわけにはいかない。護衛中に横になるなんて何のための護衛だ」
「ベッドで横にならずとも座るだけでも多少は休憩にはなるでしょう。お嬢様はクリス様が無理をされるのを嫌がっております。この部屋では寛げませんので応接室で過ごされてはどうですか?」
確かにここでずっと言い争っていても埒が明かない。
応接室ならクリスが立って待機することなんてないしまだマシか。いやでもできるならしっかり身体を休めてほしいんだけど。
「…………わかった。お嬢様もそれでいいですね?」
よくはないしものすごく不満だったけど他にいい案なんてないから渋々頷いた。




