表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/188

121.噂をすれば



 噂をすれば影がさす、なんて言うけれど、それは日本の諺だからこの世界でもそうならなくてもいいじゃない。





 一週間ぶりだ。

 暫く会わないって決めたはずなのに、いざ目の前にあらわれると嬉しくてたまらない。

 駆け寄りたくなる気持ちをぐっと堪える。


 フランツ殿下は眉間に皺を寄せ少しだけ苦しそうな表情をしていた。

 でも私と目が合った瞬間、ほっとしたように軽く笑った。

 その表情にドキドキしてしまう。

 ダメだとはわかっているけれど、彼のことがやっぱり好きだ。


 ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 そして私たちの2メートルほど手前で止まった。手を伸ばしても絶対に届かない距離。


「マリア……」


 小さな声だけど、それでも名前を呼ばれたことが嬉しい。声を聞くだけでここまで喜べるものなのか。


「お前がここに来るのは珍しいな」


 ルイス殿下に肩を抱き寄せられてハッとする。

 私はルイス殿下の恋人として振る舞わなければならないし、何より今私達は喧嘩中だ。

 一週間ぶりに会えたからって喜んでいる場合じゃない。

 緩んでる顔を引き締めないと。

 

 真面目な顔をして…………あれ、真面目な顔ってどうすればできるんだっけ。

 顔を見られないように慌てて下を向いて両手で顔を覆った。


「兄上……。マリアと婚約したいと父上に願い出たそうですが、どういうおつもりですか?」

「どういうつもりも何もそのままだ。俺はマリアと婚約し結婚する。それ以外に何かあると思うか?」

「それは本気で言っているのですか? マリアは僕の婚約者だったのに」

「今はもう違うだろう。お前とマリアはもう何の関係もない」


 どうしよう。結構な修羅場のはずなのに、フランツ殿下がマリアと口にするだけで口元が緩んでしまう。

 このままじゃ顔をあげられない。

 落ち着け、私。

 にやにやしていい場面じゃない。

 ああ、でもちょっと刺々しい声もいいなぁ。

 普段そんな口調の彼を見ることがないから新鮮だ。


 まあ今も見てはいないけれど。

 俯いているから声しか聞こえない。


「マリアは未だに僕のことが好きなのに、何の関係もないなんてことはないでしょう」

「終わった関係にいつまで拘るつもりだ? そもそもマリアが婚約解消を望んだのだろう?」

「…………だとしても、マリアが好きなのは兄上ではなく僕だ。現に今だってマリアは…………マリア?」


 二人の会話はそこで止まった。

 両手で顔を覆っているから周囲の状況は見えないけれど、二人が私を見ているのがなんとなくわかる。

 早く顔をどうにかしないと。

 あ、そうだ。今は喧嘩中だから怒った顔でもいいんだ。

 眉間に皺を寄せて怒った顔、怒った顔……。

 だめだ、どうしても口元が緩んでしまう。


 とにかく何か言わないと。

 でも何を言っていいかさっぱりわからない。


「わ、私たちはまだ喧嘩中ですからお話することなどありません!」

「喧嘩中……? あ…………うん、そうだったね。……………もしかして今回のことはその喧嘩のせい?」


 確かにタイミング的にはそうだけど、それとこれとは別の話だ。

 別の話だけど…………私が怒ってたのすっかり忘れてたよね、この人。

 私も婚約の話の衝撃で忘れていたから人のことをとやかく言えないけど。


 恐る恐る顔を上げると、フランツ殿下はやや困惑した表情で私を見つめていた。

 目が合ってしまって慌てて視線を逸らす。


「いえ、違うのですが…………もしかして先週のことをもうお忘れになられたのでしょうか?」

「忘れてなんてないよ。でも兄上と婚約するだなんて本気なの? どうしてそんな話になってしまったんだい?」


 どうしてそんな話になってしまったのかなんて私もよくわからない。

 自分で結論を出さずにお父様にすべてを投げたらこんなことになっていた。

 私にとってもメリットがあるから今は積極的に協力するつもりではあるけれど、そもそもルイス殿下がどうして私と解消前提の婚約をするなんて言い出したのかは知らない。


「それは俺がマリアに惚れたからだ。恋人も婚約者もいないから行動に移した。それだけだ」

「…………本当にそれだけのためですか?」

「ああ。もちろんこの婚約はマリアも同意している。お前が何を言おうと変わらない」

「本当に? マリアは僕じゃなくて……兄上を選ぶの?」


 その悲しげな表情に胸が痛んだ。

 違うと言いたい。私が好きなのは貴方なのだと言いたい。


 でもそれは言ってはいけない。


 いつもより距離があってよかった。

 ルイス殿下が私の肩を抱いてくれていてよかった。

 おかげで私は言わなければならない事を言える。


「はい。私は……ルイス殿下と婚約します」


 やっぱり前を向き続けることはできなくて、すぐに俯いてしまったけど。

 お互いこれ以上傷が深くなる前に離れた方がいい。


「…………、そう……僕は本当に振られてしまったね……」


 小さな声だったけど、その言葉ははっきりと聞こえた。


「ずっと……君は僕の隣にいてくれると思っていた。婚約は解消したけれど、君の問題をどうにかすればまた以前のように一緒にいられると……」


 フランツ殿下はそこで言葉を止め、深くため息をついた。


「…………うん、決めた。僕は僕のやりたいように動くことにするよ」

「……え?」


 この場にそぐわない明るい声だった。

 顔をあげると、彼は笑っていた。


「マリアにはずっと振り回されてばかりだし、もう君のことを気にかけて我慢するのは止めることにする。僕は僕の気が済むまで二人の邪魔をすることに決めたよ」

「えっ、な、どうしてそんな……」

「前に会った時には僕のことを好きだと言っていたじゃないか。それがたった一週間で兄上と婚約するだなんて、納得できる方がおかしいだろう?」


 そう言われると確かにそうだけど、そこは男らしくさくっと諦めていただけると嬉しいのですが。


「二人が本当に結婚するつもりなら、僕がどんな邪魔をしたところで決意は揺るがないはずだ」


 婚約する気も結婚する気も無いので無理です。決意が揺らいでしまうのでやめてください。


「兄上もそれでいいですよね?」

「あ、ああ……」


 頷いちゃった!!

 良くないので訂正して!

 私の視線に気付いて今すぐ訂正してください!!


「今日はもう戻るよ。マリア、明日もまた同じ時間にここにおいで。兄上は……来なくても良いですけど、もし来るのでしたらマリアの好きなものを用意しておいてください」


 そう言い残してフランツ殿下は図書館から出て行った。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ