119.暴露
いや、ちょっと待って。
私たちの背後には扉しかない。隠れる場所ももちろんない。
なのに扉の開く音なんて一切しなかった。
だから、ルカはいつも私の部屋に来る時と同じように魔法でここに来たのだろう。
「なっ、何でここに……!?」
「それはもちろん、フェルディナントの命令で来た。お前とルイスに婚約を諦めさせるようにするためにな」
「陛下が……」
やっぱり婚約させるつもりはないんだな。
まあ仕方ないか。
陛下からしてみたらまさに青天の霹靂。私の事情を知っている陛下が許すわけもない。
だからこそ許可をとったというルイス殿下にびっくりしたのだけれど。
「先生……。彼女の事情とやらを貴方は知っているのですか?」
先生?!
いや確かにルカは学園の教授だ。卒業生であるルイス殿下と面識があってもおかしくはない。
でも突然こんな場所にあらわれたルカに対して疑問とかないのですか?
なんで平然と話進めてるんです?
情報量が多すぎて処理できないんですけど。
「ああ、全部知ってる。そしてフェルディナントもそれを知っている」
「父上も……? その理由は何なのですか?」
「待って、それは……」
「大丈夫だ」
その事情を話されるのは困る。
でもルカは問題ないというように微笑んだ。
「こいつは身体はマリアだが、中には別の人間の魂が入っている。だから厳密に言えばこいつはマリアではないんだ」
「……それは…………どうしてそんなことに?」
「さあな。それは俺にもわからない。……こいつはマリアではないから、マリアの婚約者であったフランツとは結婚できないんだ」
ルカは大丈夫だと言ってくれたけれど怖かった。
騙したことを、マリアの人生を乗っ取っていることを詰られるのが怖い。
そしてそれをフランツ殿下に話されることが何よりも怖かった。
「…………そのことをフランツは……」
「知らないな」
けれどルイス殿下は怒ることも嫌悪感を露わにすることもなかった。
少しだけホッとした。
彼は私に興味がないようだから、魂が違ったとしてもどうでもいいのかもしれない。
「そう……ですか。では父上があんなに反対していたのはそれが理由ですか?」
「半分はそうだ。もう半分は……弟の元婚約者と婚約したいなんて、すんなり許可する方がおかしいだろう。フランツはまだこいつのことが好きなんだから」
「…………それも事実なのですね」
「ああ。だから本当に婚約したいのならこいつの全てを受け入れることと、フランツを説得することが必要だ」
婚約を諦めさせると言っていたのに、なんかアドバイスしてない?
いいのかな、それ。
てか仲良いんだな。
だからルカはルイス殿下のことを応援してるのだろうか。
ルカが陛下以外の人と親しくしているのが意外だったが、そんな人がいることに少し安心した。
私が思っているほど彼の世界は狭くないのかもしれない。
もっと友人が増えれば私に対する執着も減っていい関係を築けるようになるんじゃないだろうか。
「それと、お前は本当にルイスを選ぶのか?」
「へ?」
突然話を振られてびっくりしてちょっと間抜けな声が出てしまった。
「他人事みたいな顔してるがお前は当事者で、主にお前のせいでややこしくなってるんだからな」
「ご、ごめんなさい。その、えっと……」
仲良いみたいだけどルカにも本当のことは話さないんだよね?
チラリとルイス殿下の方を見ると笑顔を返された。でも目は笑っていない。
「先生、マリアを離していただけますか? 婚約の話を知っているのでしたら、俺がマリアを好きなことも知っているでしょう?」
そういえばずっとルカがくっついたままだった。
どうせ何を言っても離れてくれないからと気にしないようにする習慣がついてしまっている。
さすがに人前でこれはまずい。
もしお父様やお兄様の前でこんなことされたら大惨事だ。
「それは無理だな。婚約のための条件にもう一つ追加だ。俺とこいつの関係も受け入れろ」
「ちょっ、な、何を言って……」
「二人が浮気をしている噂が以前流れていたそうですね。マリアがフランツの気を引くためにやった事だという話だったのですが……浮気は事実だと?」
「まあ、浮気とも言えなくはないな。少なくとも俺はこいつを愛しているし離れる気は無い」
肯定するんじゃない。
あれは浮気だと思うけれど、でもそれを人前で言わないでほしい。
ああ、ルカがルイス殿下のことを応援してると思ったのは勘違いだった。
間違いなく私とルイス殿下の関係を壊しにここへ来たのだ。
どうにかうまく誤魔化したいけど当事者が明言してしまったからもうどうにもならない。
洗いざらい話すにしてもどこからどこまでを話せばいいのか、というか私も自分が置かれている状況をイマイチ理解出来ていないから正しく説明できる気がしない。
それに何を言ったとしても、私がルカを受け入れていたことは事実だ。
「……先生はもっと大人の女性が好みだと思っていました」
「はは、俺が人間の年齢なんて気にすると思うか? 十五歳だろうが三十歳だろうが大差ない」
いや、あるよ?
その十五年の差はかなり大きいよ?
「ルイス、本当にこいつのことが好きなら全てを受け入れろ。その上でまだ婚姻を望むのなら……そのときは俺がどうにかしてやる」
そこまで言うとルカは一瞬で居なくなった。
静まり返った図書館に二人きり。
沈黙が痛い。
事実だけを暴露された挙句置いていかれた。
この空気どうしてくれるんだ。
お互い結婚するつもりなんてさらさら無いけれど、さすがに浮気の事実を突きつけられたらルイス殿下も私と婚約しようとは思わないだろう。
彼がどう思っているのかを確認したいのに気まずすぎて顔を見ることができない。
「…………フランツはお前との婚約を解消して正解だな」
ルイス殿下の声は落ち着いていた。
顔を上げると別に怒ってはいないように見えた。実際どう思っているかはわからないけれど。
「怒らないのですか……?」
「怒る? どうして俺が? 俺はお前が誰と関係を持っていようとどうでもいいしお前が誰でも気にしない」
ルイス殿下は小さくため息をついた。
あ、怒ってるんじゃなくて呆れてるんだ。
「ただ、あの人を籠絡した方法は気になるな。何をしたんだ?」
「何もしていません」
「そんなわけないだろう? あの人が簡単に人を好きになるとは思えない」
そう言われても私もなんでそんなことになっているのかはわからない。
ルカは最初は酷かったけど、すぐに態度が軟化した。
「……わかりません。顔がよっぽど好みだったのではないでしょうか」
「顔……? いや、さすがにそれはないだろう」
「でもそれ以外に思い当たることがなくて……。あ、じゃあ身体が好みだったとか……? 何度か襲われたし……」
「襲われ……た……?」
自問自答するように答えながら視線を下に落として記憶を辿る。
血が美味しいんだっけ。
最近は全く飲まないけれど。食欲と性欲が同時に満たせるから便利だったとか?
でも最後までやった事は一度もない。
婚約解消してからは襲われることもなかったから、既成事実を作って無理矢理奪いたかった、みたいな感じだろうか。
あ、でもそれは好かれた理由ではないか。
やっぱり血が美味しかったからかな。
食の好みを恋愛の好きだと勘違いしたのかも。
好きな食べ物を聞いたら私って答えるもんな。
やっぱり最初は恋人っていうか鶏とかウズラみたいな感じだったんだろうか。
家畜へも愛情沸くって聞くし。
なんかそんな感じがしてきた。
さて。自分の中でしっくりくる答えを見つけたのはいいが、それをどう説明すればいいのか。
そういえばルカが突然あらわれたり消えたりしてもルイス殿下は驚かなかったな。
もともと知り合いみたいだったし、もしかしたらルカのことを知っているのかもしれない。
「そういえば、ルイス殿下はあの方のことをどの程度ご存知なのですか?」
顔を上げて尋ねると、ルイス殿下は眉間に皺を寄せ不機嫌そうな顔をしていた。
え、何か変なこと言ってしまったかな。やばい。
「申し訳ございません。私が何か気分を害すようなことを言ってしまったのでしょうか……?」
「いや……大丈夫だ。あの人のことは………………“契約”のことと父上との関係を知っている」
それはつまり秘密にしなければならないこと全てを知っているということだ。
「そうだったのですね……。私は彼の契約者です。もちろん陛下との関係も存じ上げております。…………あの、私が知っていることとこれまでに起こったことの全てをお話させてください」
ルカのあの言葉だけだと余計な誤解をされてしまう。
確かに事実だけど、そこに至るまでに色々あったわけで、それを省略されると私がとんでもない悪女に見えてしまうので困るのだ。
……善良とは言い難いかもしれないけど、でもそこまで悪い人間じゃない。はず。
たぶんいっても小悪党くらいだ。小物の中の小物。ザコ敵くらい。
だから何としてでも私の無害さをアピールしなければならない。




